夢だ。
あなたは、それをすぐに理解した。
何度も見た。
忘れたことなんて、一度もない。
耳を裂くような爆発音。
熱。
煙。
崩れ落ちる建物。
悲鳴。
倒れていく人間。
伸ばされた手。
届かなかった声。
全部、鮮明だった。
夢なのに、匂いまで思い出せる。
焦げた空気。
血の臭い。
焼けた鉄。
肺が潰れそうな熱。
あなたは走っている。
何かを叫んでいる。
でも音が遠い。
景色だけが異様にはっきりしている。
誰かを助けようとしていた。
必死に。
夢の中のあなたは、迷いなく動いていた。
怖かったはずだ。
死にたくなかったはずだ。
それでも止まらなかった。
ヒーローになりたかったからか。
誰かを救いたかったからか。
そんなもの、もう分からない。
ただ――見捨てたくなかった。
その感情だけは、今でも残っている。
視界が揺れる。
熱で世界が歪む。
伸ばした手。
掴めなかった何か。
そして、顔。
救えなかった誰かの顔。
泣いていたのか。
笑っていたのか。
もう曖昧なのに。
その瞬間だけ、心臓に焼き付いている。
あなたは夢の中で歯を食いしばる。
助けられなかった。
間に合わなかった。
何もできなかった。
それだけが、ずっと残っている。
場面が切り替わる。
白い天井。
病院。
静かな機械音。
夢の中のあなたは、ぼんやり天井を見上げていた。
身体が重い。
喉が乾いている。
でも、それより先に。
理解してしまう。
助からなかったのだと。
自分ではない。
“誰か”が。
夢の中のあなたは、声を出そうとする。
けれど喉が動かない。
白い天井だけが視界に広がる。
その光景を。
あなたは今でも覚えている。
*
あなたは勢いよく目を開けた。
「――っ!!」
呼吸が荒い。
胸が痛いほど上下する。
全身が汗でびっしょりだった。
嫌な熱が肌に張り付いている。
夢。
また、あの夢だ。
爆発音。
倒れる人間。
白い天井。
そして――救えなかった誰かの顔。
あなたは荒い呼吸のまま額を押さえる。
「……は、ぁ……」
心臓がうるさい。
少しずつ。
少しずつ現実感が戻ってくる。
薄暗い天井。
見慣れた部屋。
自宅だ。
そこで、あなたは一気に意識を覚醒させた。
「……っ、待て」
最後の記憶。
アーク。
廃工場。
わき腹を裂かれる感覚。
ルミナ。
プリン。
あなたは反射的に起き上がろうとして――
「い゛っっ……!?」
脇腹に激痛が走った。
傷は塞がっている。
でも痛みは普通に残っていた。
「くそっ……!」
そこでようやく、自分が服を着替えさせられていることに気づく。
「は???」
誰だ。
誰がやった。
いや待て。
それより。
ルミナは!?
プリンは!?
あなたの脳内で警報が鳴り始める。
飛び起きようとして――
その瞬間。
自分の右手が、何かに掴まれていることに気づいた。
「……?」
視線を落とす。
そこには。
ベッドに突っ伏すようにして眠っている少女がいた。
青い髪。
見慣れた顔。
ルミナ。
彼女は椅子に座ったまま、あなたの手を握って眠っていた。
長い睫毛。
静かな寝息。
疲れ切った顔。
けれど、どこか安心したみたいに力が抜けている。
あなたの思考が、数秒止まる。
そして。
「うわぁぁぁぁぁっっっ!?!?」
叫んだ。
全力で。
ルミナの肩がびくっと跳ねる。
「ひゃっ!?」
彼女も飛び起きた。
数秒。
二人で固まる。
あなたはベッドの上。
ルミナは椅子。
手は繋がったまま。
沈黙。
そして。
「……」
「……」
あなたの顔がみるみる赤くなる。
「な、なんでいるんだよ!?」
ルミナも完全に目が覚めたらしく、慌てて手を離した。
「ち、違っ、これは……!」
「いや違わなくない!?」
「だってあなた倒れて……!」
「それは知ってる!!」
混乱。
脳が追いつかない。
何がどうなってる。
なんでルミナが家にいる。
なんで手を握ってた。
なんでこんな近い。
あなたが混乱していると。
部屋の隅から、のんびりした声がした。
「起きましたか」
プリンだった。
ソファの上でぷるんと揺れている。
あなたは即座に指差す。
「お前ぇぇぇぇ!!」
「はい」
「何した!?」
「搬送です」
「説明になってねえ!!」
あなたはベッドの上で半身を起こしたまま、プリンを睨みつける。
「なんで家にいるんだよ!? なんでルミナいるんだよ!? なんで俺寝てたんだよ!?!?」
「順番に説明します」
「今すぐしろ!!」
プリンはぷるんと揺れた。
「まず、あなたは気絶しました」
「それは知ってる!」
「次に、ルミナがあなたを運びました」
「なんで!?」
「恩があるので」
ルミナが気まずそうに視線を逸らす。
「……べ、別に良いでしょ?」
「良くないだろ!」
あなたは即座にツッコむ。
「なんで敵地みたいなもんに単独で来てんだよ!? 危機感どうした!?」
「敵地……?」
ルミナがきょとんとする。
「あなたの家ですよね……?」
「そうだけど!!」
正論で返されると弱い。
あなたが頭を抱えていると、プリンが淡々と続けた。
「なお、止血と応急修復は私が実施しました」
「……お前が?」
「はい」
プリンは少しだけ胸を張るように揺れる。
「褒めても構いません」
「調子乗るなバカマスコット」
「正式名称はプリンです」
「知らん」
即答。
ルミナが二人を交互に見る。
その顔は、完全に混乱していた。
「……えっと」
恐る恐る口を開く。
「二人って、どういう関係なんですか?」
空気が止まる。
あなたとプリンが同時に視線を逸らした。
「……」
「……」
「なんで逸らすんですか」
ルミナの声が真顔になる。
まずい。
非常にまずい。
あなたは咳払いした。
「こ、こいつはその……」
「営業担当です」
「営業職かよ!! 噓つくな!!」
反射でツッコむ。
プリンは真顔だった。
「嘘ではありません。契約締結業務を担当しています」
「言い方!!」
ルミナが完全に困惑している。
「契約……?」
「あっいや違っ」
「はい。契約しました」
「お前は黙れ!!」
あなたは思わず枕を投げた。
プリンがぴょこんと避ける。
「暴力です」
「うるさい!!」
脇腹が痛む。
「い゛っ……!」
あなたが顔をしかめると、ルミナが即座に立ち上がった。
「だ、大丈夫ですか!?」
距離が近い。
青い髪が揺れる。
あなたは反射で身を引こうとして、さらに傷が痛んだ。
「いっっっだ!?」
「動かないでください!」
「お前も近い!!」
「心配してるんです!」
即答だった。
その勢いに、あなたの方が止まる。
ルミナははっとしたように口を閉じた。
「……あ」
顔が赤くなる。
視線が泳ぐ。
「その……」
言葉に詰まる。
あなたも、急に何を言えばいいか分からなくなった。
沈黙。
妙に静かになる部屋。
その空気を。
プリンが、のんびり壊した。
「なお、ルミナはあなたが起きるまで約七時間ここにいました」
「七時間!?」
あなたが叫ぶ。
ルミナも叫ぶ。
「ぷ、プリン!?」
「事実です」
「言わなくていいです!!」
ルミナの顔が真っ赤になる。
あなたの脳が処理を拒否する。
「いや待て七時間!? 何してた!?」
「……見てました」
「何を!?」
「あなたを」
「なんで!?」
「心配だったので……」
最後だけ小さかった。
あなたは言葉に詰まる。
ルミナは完全に俯いていた。
耳まで赤い。
プリンが静かに補足する。
「あと三回くらいあなたの額に触れて熱を確認していました」
「やめろ情報追加ァ!!」
あなたは頭を抱えた。
なんだこれ。
なんなんだこの空間。
命懸けで戦った翌日に発生していい空気じゃない。
すると。
ルミナが、小さな声で言った。
「……だって」
あなたがそちらを見る。
彼女は視線を逸らしたまま、ぽつりと続けた。
「あなた、無茶するから」
その一言で。
あなたの頭の中にあった騒音が、一瞬だけ静かになった。
「……」
ルミナは視線を合わせない。
ただ、自分の膝の上で指をぎゅっと握っていた。
「急に出てくるし」
小さな声。
「いきなり庇うし」
少し震えている。
「最後なんて、避けられたのに」
あなたは反射的に言い返そうとして。
止まった。
避けられた。
それは事実だ。
あの一撃。
まともに踏み込んだのは、自分の意思だった。
ルミナを戦わせたくなかった。
あのぼろぼろの状態で、また前に立たせたくなかった。
だから、無理やり終わらせた。
あなたが黙っていると、ルミナがぽつりと続ける。
「……死ぬかと思ったんです」
その声は、戦場で聞いたどの声より弱かった。
あなたは思わずそちらを見る。
ルミナは俯いたままだった。
「あなたが」
静かな部屋。
その言葉だけが、やけに鮮明に響く。
あなたは喉の奥が詰まる感覚を覚える。
何か言わないといけない気がした。
でも、うまく出てこない。
「……悪かった」
やっと出た言葉は、それだった。
ルミナが少しだけ目を見開く。
たぶん、もっと軽く返されると思っていたのだろう。
あなたは頭を掻いた。
「その……」
言葉を探す。
「お前来るって聞いて」
「……はい」
「また無理して戦う気なんだろうなって思って」
ルミナの肩が少し揺れる。
「なんか、それが」
あなたは顔をしかめる。
うまく説明できない。
「嫌だった」
ルミナが、ゆっくり顔を上げた。
青い瞳が、まっすぐこちらを見る。
あなたは少しだけ視線を逸らす。
「……お前、ボロボロだっただろ」
「魔法少女なので」
「そういうのだよ」
思わず強く返してしまう。
ルミナが少しだけ息を呑む。
あなたはそのまま続けた。
「なんでそんな当たり前みたいに言うんだよ」
「……」
「痛いのも、怖いのも、死にそうなのも」
前世の夢が頭をよぎる。
倒れる人間。
白い天井。
救えなかった誰か。
あなたは眉を寄せる。
「慣れるなって言っただろ」
部屋が静かになる。
ルミナは、何も言わない。
でも、その目だけが少し揺れていた。
プリンが空気を読まずに言った。
「なお、あなたも大概です」
「うるさい」
「あなたは初戦闘で自爆気味の相打ちを実施しました」
「言い方」
「客観評価です」
プリンはぷるんと揺れる。
「ルミナだけを注意する資格は薄いかと」
「ぐっ……」
正論。
最悪だ。
あなたが顔をしかめると、ルミナが小さく吹き出した。
「ふふ……」
小さい笑い声。
戦闘中の営業スマイルじゃない。
本当に、自然に漏れた笑いだった。
あなたは少し目を丸くする。
ルミナも、自分で笑ったことに驚いたみたいに瞬きをした。
「……ごめんなさい」
「いや」
あなたは少しだけ肩の力を抜く。
「別にいいけど」
するとルミナは、少し迷ったあと。
小さく言った。
「……でも」
「?」
「来てくれて、うれしかったです」
今度こそ、あなたは完全に黙った。
ルミナは恥ずかしそうに視線を逸らす。
「その……」
「誰かが助けに来るなんて、思ってなかったので」
あなたの胸の奥が、少しだけ痛んだ。
それは傷の痛みじゃない。
もっと別のものだった。
あなたは言葉を探す。
でも、その前に、プリンが静かに言った。
「なお、あなたはルミナを“お姫様抱っこ”していました」
「ぶっ――!!」
あなたが盛大にむせる。
ルミナが固まる。
「……え?」
「落下保護時および搬送時、非常に丁寧に保持していました」
「プリン!!!!」
あなたが叫ぶ。
ルミナの顔が一瞬で真っ赤になる。
「えっ、あ、あれってそういう……!?」
「違う!! 緊急対応!!」
「でも大事そうに抱えていました」
「実況するなァ!!」
ルミナが両手で顔を覆う。
「~~~~っ!!」
耳まで赤い。
あなたも死ぬほど恥ずかしい。
プリンだけが満足そうにぷるんと揺れていた。
*
あなたとルミナの叫びが重なったあと。
部屋には、気まずすぎる沈黙が落ちた。
プリンだけが満足そうにぷるぷるしている。
絶対あとで説教だ。
しかも長時間。
あなたがそんなことを考えていると、ルミナがこほん、と小さく咳払いした。
「……そ、その」
「なんだよ」
ルミナは少し視線を泳がせる。
どこか迷っている顔だった。
「一つ……聞いてもいいですか?」
「内容による」
「あなたって」
一拍。
「……女の子、ですよね?」
あなたの思考が止まる。
心臓が跳ねた。
「は?」
ルミナは慌てて手を振る。
「い、いや、その! 変な意味じゃなくて!」
「十分変だろ!!」
「だ、だって!」
ルミナはあなたを指差す。
「見た目は完全に女の子ですし!!」
「うるさい!!」
「でも部屋は男の人の部屋で!!」
あなたの動きが止まる。
ルミナは困惑したまま続けた。
「服も男性物しかないし……」
視線が、あなたの着ているオーバーサイズシャツへ向く。
それだけで羞恥がぶり返した。
「しかも、その……」
「言うな」
「サイズ感が……彼シャツみたいというか……」
「言うなぁぁぁ!!」
あなたは頭を抱えた。
なんでこんな地獄みたいな会話になってるんだ。
するとルミナが、少しだけ真面目な顔になる。
「あと……」
「……?」
「あなたの声」
どきり、とした。
「最初に会った時の、あの人に少し似てる気がして」
空気が止まる。
コンビニ。
あの夜。
ルミナを支えた時。
あなたの脳裏に、一瞬で記憶が蘇る。
まずい。
かなりまずい。
あなたは反射的に咳払いした。
「あー……気のせいじゃないか?」
「でも」
「ほら、変身すると声変わるとかあるだろ」
「ありますけど……」
「あと今ちょっと喉やってるし」
「喉……」
「戦闘で」
「そ、そうですよね!」
押し切った。
割と勢いで。
ルミナは納得しかけている。
よし。
いける。
あなたは畳みかけた。
「そもそも男が魔法少女になるわけないだろ」
その瞬間。
プリンがぽつりと言った。
「理論上は可能です」
「黙れ!!」
全力ツッコミ。
プリンはぷるんと揺れる。
「事実の提示ですが」
「今それ言うな!!」
あなたは必死に誤魔化す。
「こいつ変なことばっか言うから気にすんな!」
「は、はい……?」
ルミナは少し混乱しながらも頷いた。
どうやら完全には疑っていない。
助かった。
あなたは心の底から安堵する。
――危なかった。
本当に危なかった。
しかし。
ルミナはまだ少しだけあなたを見ていた。
じーっと。
「……なんだよ」
「いえ」
「だからなんだよ」
ルミナは少しだけ笑う。
「なんとなく」
「?」
「あの人に似てるなって思って」
その言葉に。
あなたは、一瞬だけ言葉を失った。
胸の奥が少しだけ変な音を立てる。
でも、今それを言うわけにはいかなかった。
だからあなたは、わざとぶっきらぼうに言う。
「気のせいだろ」
ルミナは小さく笑った。
「……そうかもしれません」
あなたは再び布団から顔を出した。
「……で」
「はい?」
「今の俺、どういう扱いなんだ」
それは確認しておきたかった。
ルミナは少し真面目な顔になる。
「現在は――“正体不明の未登録魔法少女”です」
「……ふーん」
あなたは思ったより冷静だった。
ルミナが少し意外そうな顔をする。
「あまり驚かないんですね」
「むしろ好都合だ」
「え?」
あなたは天井を見上げる。
管理庁。
スポンサー。
人気投票。
応援。
歓声。
戦う少女たち。
全部、頭の中に浮かぶ。
「登録されたら、そっち側に入れられるだろ」
あなたは低く言った。
「“魔法少女”っていうシステムの中に」
ルミナが少しだけ黙る。
あなたは続けた。
「管理されて」
「期待されて」
「笑えって言われて」
「戦えって言われる」
部屋が静かになる。
あなたは拳を握った。
「……ああいうの、嫌なんだよ」
吐き捨てるみたいな声だった。
「俺は別に、拍手されたくて戦ったわけじゃない」
「ヒーロー扱いされたいわけでもない」
思い出す。
街頭ビジョン。
歓声。
“ルミナ出動!”
あの音。
あの空気。
あれが嫌だった。
だから。
「未登録のままでいい」
「そっちの方が楽だ」
あなたはそう言った。
ルミナは少し驚いた顔をしていた。
そして、小さく視線を落とす。
「……変ですね」
「何が」
「普通、魔法少女になったら」
一拍。
「認められたいって思う人が多いので」
その声は静かだった。
経験談みたいだった。
あなたは少しだけ目を細める。
「お前は?」
「……え?」
「認められたかったのか」
ルミナが止まる。
言葉に詰まる。
少しだけ困ったように笑った。
「どうでしょう」
曖昧な返事。
でも。
少しだけ間を置いてから、ぽつりと続ける。
「……誰かに、“頑張ったね”って言ってほしかったのかもしれません」
その言葉は妙に小さかった。
あなたは一瞬だけ黙る。
その笑い方が、少しだけ危うく見えたからだ。
でもルミナはすぐにいつもの顔へ戻る。
「変な話ですよね」
「……別に」
あなたはぶっきらぼうに返した。
それ以上は聞かなかった。
聞くべきじゃない気がした。
だから代わりに言う。
「俺は嫌だ」
「“魔法少女だから”って理由で戦うのは」
ルミナが小さく目を見開く。
「……」
「俺は、俺が許せないから戦う」
「それだけで十分だ」
その言葉は、少し乱暴で。
でも妙に真っ直ぐだった。
ルミナはしばらく黙っていた。
それから、小さく笑う。
「……やっぱり、あの人に似てます」
「まだ言うのか」
「なんとなくです」
あなたは小さくため息をついた。
すると横で、プリンがぷるんと揺れる。
「なお未登録状態の維持には注意が必要です」
「現実に戻すな」
「魔力が派手すぎます」
「うっ」
「あと口上もかなり目立ちます」
「それ考えたのお前だろ!!」
即ツッコミだった。
プリンは悪びれない。
「印象形成は重要です」
「営業職か!!」
「認知度は生存率に影響します」
「だからってあんなキラキラしたやつあるか!!」
あなたの脳裏に蘇る。
『――ひ、人々の夜を照らす、愛と反逆のトワイライト・ブレイカー……!!』
「うわぁぁぁ思い出した!!」
あなたは布団へ顔を埋めた。
死にたい。
ルミナがとうとう吹き出す。
「ふふっ……」
「笑うなよ……」
「だって」
ルミナは肩を震わせながら言う。
「未登録でいたいのに、やってることが派手すぎるんですもん」
「うるさい……」
あなたは枕へ顔を押しつける。
しかしその姿を見ながら。
ルミナは少しだけ、安心したように笑っていた。
あなたはルミナが笑う姿をみて、少し安心した。
そして、それじゃあ、と。
あなたは布団から半身だけ起こし、頭をかいた。
「……泊まってけよ」
「……えっ」
ルミナの肩がぴくっと跳ねる。
あなたはできるだけ平静を装いながら続けた。
「いや、時間見ろよ」
時計はとっくに深夜を回っていた。
外ではまだ討伐番組の再放送が流れているらしく、遠くで歓声みたいな音が聞こえる。
「今から帰すの、普通に危ないだろ」
「で、でも……」
ルミナは明らかに動揺していた。
耳が少し赤い。
あなたはそこで、妙なことを考える。
――なんでこいつこんな恥ずかしそうなんだ。
いや、そりゃまあ異性の家に泊まるのは普通そうか。
でも今の自分は。
あなたは自分の身体を見る。
ピンク髪。
華奢な身体。
どう見ても少女。
つまり。
「……大丈夫だ」
「な、何がですか」
「今の俺、完全に魔法少女だから」
「はい?」
「犯罪感が薄い」
「どういうことですか!?」
即ツッコミだった。
ルミナが顔を真っ赤にする。
プリンが横でぷるんと揺れる。
「法的判定は不明です」
「お前は黙ってろ」
「はい」
素直だ。
素直なのが腹立つ。
あなたはため息をつきながら立ち上がる。
まだ少し身体が重い。
けれど動けないほどではない。
「ほら」
クローゼットを開ける。
適当にシャツを引っ張り出してルミナへ投げた。
「着替えろ」
「え」
「制服ボロボロだろ」
実際、ルミナの戦闘服はかなり傷んでいた。
ところどころ裂け、煤け、血の跡まで残っている。
ルミナはシャツを受け取ったまま固まる。
「……男物」
「他にねえよ」
「そ、それはそうですけど……」
視線が泳ぐ。
あなたは首をかしげた。
「なんだよ」
「い、いえ……」
ルミナはシャツを胸元でぎゅっと抱えた。
その仕草が妙に女の子っぽくて、あなたは逆に困る。
いや待て、困るのはこっちじゃない。
なんで自分が男物シャツ渡してドキドキしてるんだ。
意味が分からない。
あなたは頭を抱えたくなる。
プリンがぼそっと言う。
「なおサイズ感的にかなり煽情的になるかと」
「実況すんな」
「事実です」
「黙れ」
ルミナがさらに赤くなる。
「……き、着替えてきます」
「おう」
逃げるように別室へ向かうルミナ。
その背中を見送りながら、あなたは深く息を吐いた。
「……なんだこれ」
「青春イベントですか?」
「違う」
即答。
数分後。
戻ってきたルミナを見て、あなたは固まった。
「…………」
オーバーサイズのシャツ。
細い脚。
袖から少しだけ覗く白い指。
髪をほどいたせいで、いつもの“第三世代のエース”感がかなり薄れている。
というか、普通に年頃の女の子だった。
ルミナも気まずそうに視線を逸らす。
「……み、見ないでください」
「いや無理だろ」
「無理って言わないでください!」
プリンがぷるぷる震える。
「非常に健康的な反応です」
「お前ほんと黙れ」
あなたは額を押さえる。
心臓がうるさい。
なんなんだこれ。
戦闘中より緊張するんだけど。
ルミナも落ち着かないのか、視線をあちこち泳がせていた。
ただ、ふと部屋の隅に視線を向けたあと、小さく止まる。
棚に置かれた古いマグカップ。
読みかけの本。
雑に積まれた生活用品。
そこにあるのは、普通の生活だった。
ヒーローでも。
魔法少女でもない。
誰かの日常。
ルミナは少しだけ目を細める。
「……なんか、不思議です」
「何が」
「ノクスさんって」
一瞬、あなたの心臓が止まりかける。
「……普通なんですね」
あなたは内心で安堵した。
バレてない。
あのコンビニの男と、ノクスが同一人物だとは思われていない。
ルミナの中では“ノクス”は突然現れた謎の魔法少女のままだ。
あなたは咳払いする。
「そりゃ普通だろ」
「でも、もっとこう……」
「こう?」
「ミステリアスな秘密組織とか……」
「なんでだよ」
「だって未登録であんな強くて」
ルミナは少し困ったように笑う。
「もっと特別な人かと思ってました」
あなたは少しだけ黙った。
特別、そんなものではない。
ただ、見ていられなかっただけだ。
でも、その言葉は飲み込む。
「……普通だよ」
代わりにそう返す。
ルミナは小さく頷いた。
「はい」
その返事は、なぜか少しだけ嬉しそうだった。
そして、その夜。
あなたは全然眠れなかった。
隣の部屋にルミナがいる。
その事実だけで脳が落ち着かない。
しかも今の自分は魔法少女形態。
余計に脳が混乱する。
「……寝れねえ」
「ルミナも寝ていません」
プリンがぼそっと言う。
「なんで分かる」
「気配です」
耳を澄ます。
確かに隣から、わずかに寝返りの音がする。
あなたは天井を見上げた。
そして隣の部屋では。
ルミナが布団を頭まで被りながら、じっと天井を見つめていた。
眠れない理由は分かっている。
隣の部屋に、ノクスがいるからだ。
今日会ったばかりの、正体不明の未登録魔法少女。
無茶苦茶で、怒ってばかりで。
なのに、自分を助けるために迷わず傷ついた子。
ルミナは布団を少しだけ握る。
(……変なの)
そう思う。
自分は今まで“守られる側”になったことなかった。
魔法少女だから。
強いから。
みんなに期待される側だから。
だから、誰かが自分のために怒ってくれて。
誰かが自分を死なせたくないって顔をして。
誰かの家で、こうして普通に休ませてもらっていることが。
なんだか、妙に落ち着かなかった。
でも同時に、胸の奥が少しだけ温かかった。
安心している。
そう気づいてしまう。
今まで、こんな感覚は一度もなかった。
戦闘が終わっても、歓声を浴びても、勝利を祝われても。
心はずっと、張りつめたままだったのに。
今は違う。
静かだった。
安心すると思えた。
それが少しだけ、嬉しい。
ルミナは小さく目を閉じる。
(……ほんと、変)
そう思いながら。
結局。
ドキドキしすぎて、一睡もできなかった。
評価・感想お待ちしております。
また、掲示板回については試しに書いて良い感じだったら投稿します。
18は欲しいか?
-
よこせ
-
いらぬ
-
どちらでも