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そして今気づきましたが話数がずれていましたね、これが五話です。
あれから一週間が経過した。
世界は変わらない。
街頭ビジョンでは今日も「討伐成功!」の文字が躍り、スポンサー名が流れ、笑顔の魔法少女が編集された映像の中で手を振っている。
子どもたちは変身ポーズを真似をする。
大人たちは安心したように拍手する。
魔法少女管理庁は相変わらず「希望」を語り。
民衆は相変わらず「勝利」を消費していた。
あなたには、その全部がまだ気に入らなかった。
納得なんて一つもできない。
でも、変わったこともある。
あなた自身が、力を手に入れた。
アーク由来の異常な力。
未登録で正体不明。
危険かもしれない。
そんなことはどうでもいい。
重要なのは――届くことだった。
今まで届かなかった場所へ、手が届く。
止められなかったものを、止められる。
助けられなかったものを、助けられるかもしれない。
その可能性を、あなたは手に入れてしまった。
だから、あなたは止まらない。
「三件目、反応消失を確認」
プリンが淡々と言う。
あなたは返事もしない。
目の前では、アークの残骸が黒い粒子になって崩れていた。
廃ビルの壁が半壊している。
地面には巨大な亀裂。
空気には、まだピンク色の魔力残滓が漂っていた。
ハート型になりかけて慌てて消える。
「きっしょ……」
「制御は向上しています」
「そこじゃねえ」
あなたは顔をしかめながら血を払う。
返り血ではなく、自分の血だ。
脇腹が浅く裂けている。
でも、気にならなかった。
そんなものより、もっと別の熱が身体の奥で燃えている。
高揚感。
万能感。
怒り。
衝動。
今まで何もできなかった人間が“できる側”へ回ってしまった時。
どうなるか、答えは単純だった。
止まれない。
あなたはアーク反応を見つけては向かい現れては殴り、殺し、潰し、叩き壊していた。
管理庁より早く、魔法少女の出動より先に。
ある時は人気のない工場地帯で。
ある時は高速道路の高架下で。
ある時は海沿いのコンテナヤードで。
あなたは“ノクス”として現れ、アークを殺して消える。
未確認魔法少女。
正体不明。
管理庁未登録。
SNSでは既に名前が広がり始めていた。
『ピンクの新世代』
『違法魔法少女』
『野良魔法少女』
『ノクス』
好き勝手呼ばれている。
全部どうでもよかった。
歓声にも興味はない。
称賛にも興味はない。
ただ、アークがいる。
魔法少女が傷つく。
それが許せないから、先に殺す。
あまりにもシンプルだった。
「……ノクス」
プリンが少しだけ低い声を出す。
「なんだ」
「戦闘回数が増加しています」
「そうだな」
「休息を推奨します」
「無理」
即答。
プリンが黙る。
あなたは空を見る。
どこかでまた裂け目が開く気がした。
まだ足りない。
もっと速くなれる。
もっと強くなれる。
もっと先に行ける。
そんな感覚がずっと身体の奥にあった。
まるで、今まで押さえつけられていたものが、一気に解放されたみたいに。
あなたは拳を握る。
骨が鳴る。
その感覚すら、少し心地よかった。
「次はどこだ」
プリンが数秒沈黙する。
そして小さく答えた。
「……第五区画」
あなたは笑う。
自分でも気づかないうちに。
戦うことに。
届くことに。
世界へ抗えることに。
少しずつ、酔い始めていた。
*
魔法少女管理庁――中央第零庁舎。
会議室の中央に、巨大な戦闘記録映像が投影されている。
未登録魔法少女、識別名仮称“ノクス”。
『直近七日間の確認戦闘数、二十七』
『全ての戦闘で単独撃破』
『魔力量、第三世代平均を大幅超過』
『なお依然として所属不明、どの育成機関にも籍はありません』
映像の中で、ピンク色の魔力が夜空を染める。
可愛いし、派手、目立っている。
なのに、その戦い方だけが異質だった。
映像の中でノクスは、倒れかけた鉄骨を片手で支えながら避難誘導をしている。
その最中にもアークの攻撃が飛ぶ、彼女の背中を裂き、血が噴き出る。
だが、彼女は振り返らない。
避難が終わった瞬間、ようやくアークを殴り飛ばした。
そして、何より。
『見世物じゃねえぞ!!』
戦闘記録に残された怒声が会議室へ響く。
職員たちがざわつく。
「感情制御が甘いですね」
「未熟です」
「教育を受けていない可能性が高い」
「しかし戦闘能力は危険域です」
「保護対象か、監視対象か判断が――」
議論が飛び交う。
その中で、一人だけ黙っている女性がいた。
第三世代統括責任者。
黒髪を後ろでまとめたスーツ姿の女性は、静かに映像を見ている。
その横顔には、感情がほとんど浮かばない。
だが、彼女だけは理解していた。
あの目を、ノクスの目を。
世界を睨みつけるような視線。
納得していない人間の目。
――昔、自分もしていた。
秋葉は第一世代だった。
まだ“魔法少女”という存在が希望でも英雄でもなく、ただの消耗品だった時代。
スポンサーもなかった、歓声も少なかった。
あったのは悲鳴と混乱だけ。
だから最初は、みんな怒っていた。
どうして子どもが戦うのか。
どうして自分たちなのか。
どうして誰も止めないのか。
でも、世界は止まらなかった。
アークは現れ続け、少女たちは死に続けた。
やがて人々は慣れ、社会はシステムを作った。
管理し、運営し、消費し、安定させた。
そして魔法少女たちも“そういうもの”として戦うようになっていった。
秋葉も、その一人だった。
抗うことをやめた。
正確には――抗っても変わらないと知ってしまった。
だから今は、管理する側にいる。
少しでも壊れる子を減らすために。
せめて死ぬ順番を遅らせるために。
「柴咲統括?」
職員の声で、秋葉は意識を戻す。
「対象の危険度指定をどうされますか」
秋葉は少しだけ黙った。
映像の中で。
ノクスが、アークへ真正面から突っ込んでいく。
ピンク色のハートを撒き散らしながら。
その姿は滑稽なくらい“魔法少女”なのに。
目だけは、ひどく反抗的だった。
まるで、こんな世界は認めないと言っているみたいに。
秋葉は小さく息を吐く。
「……危険ですね」
「戦力として、ですか?」
「いいえ」
一拍。
「いつか”壊れる”」
会議室が静まる。
ほとんどの職員は意味を理解できない。
だが秋葉には分かっていた。
あの子はまだ、この世界に慣れていない。
だから怒れるし、否定できる。
だから無茶をする。
そして、そういう子ほど一番壊れやすい。
「監視は継続」
秋葉は静かに言う。
「接触は急がなくていいです」
「ですが未登録個体ですよ?」
「ええ」
「なら――」
「今、管理しようとすると逆効果です」
秋葉は断言した。
「この子は従わない」
それは確信だった。
昔の自分が、そうだったから。
理不尽に怒っていた頃の自分に、少し似ているから。
秋葉は映像を見る。
ノクスの目。
あの、世界に噛みつくみたいな視線。
そしてほんの少しだけ。
誰にも気づかれない程度に。
苦く笑った。
「……面倒な子が出てきたものね」
*
会議室には、まだノクスの戦闘映像が流れていた。
ピンク色の魔力が夜空を塗りつぶし。
未熟で、無茶で、それでも誰かを庇いながら戦う姿。
職員たちは引き続き分析を続けている。
「戦闘パターンに統一性がありません」
「独学でしょうか」
「それにしては出力が異常すぎる」
「感情連動型……?」
「未登録個体としては危険度が――」
そのとき、柴咲秋葉がふと資料の端へ視線を向けた。
小さな接触履歴、そこに記載された名前。
第三世代所属――ルミナ。
「……ああ」
秋葉は小さく呟く。
「そういえば」
職員たちが顔を上げる。
「ルミナだけは、何度か接触しているんでしたね」
空気が少し変わる。
「はい。現場遭遇率が高く」
「一週間で確認済み接触が五回」
「ただし詳細報告は曖昧です」
「本人も“敵意は感じない”と」
秋葉は少しだけ考える。
ルミナ。
第三世代の中核。
優秀で、安定していて、感情制御も高水準。
だからこそ逆に、危うい子だった。
壊れないように“魔法少女”を続けているタイプ。
そんな彼女が、ここ一週間。
ノクスとの接触を繰り返している。
偶然にしては多い。
そして、秋葉は先日の映像を思い出す。
ビル街で吹き飛ばされたルミナ。
その後、ノクスが異常なほど強引に戦闘を終わらせた記録。
……あれは、守ろうとしていた。
秋葉は静かに目を細める。
「接触制限ですが」
会議室が静まる。
「ルミナのみ許可します」
「え?」
「統括?」
数人が驚いた顔をする。
「ですが危険性は未確定で――」
「だからです」
秋葉は淡々と返す。
「無理に管理側が接触すると、警戒される可能性が高い」
「現状、唯一まともに会話できているのがルミナなら、その関係性を維持した方がいい」
職員たちが頷き始める。
合理的判断。
管理庁らしい判断。
だが秋葉の中には、それだけではない感情もあった。
ノクスは危ういし、ルミナも危うい。
だからこそ、あの二人はお互いを放っておけない気がした。
「他職員、及び他魔法少女による積極接触は禁止」
「監視は継続」
「ルミナ経由で情報を回してください」
秋葉はそう締めくくる。
会議終了の空気が流れる。
椅子が引かれ。
資料が閉じられ。
職員たちが動き始める。
その中で秋葉は静かに立ち上がった。
「統括、どちらへ?」
「少し現場確認を」
それだけ答える。
そして会議室を後にする。
自動ドアが閉まる直前。
最後にもう一度だけ、ノクスの映像が目に入った。
アークへ向かって飛び込む、ピンク色の少女。
その目はやはり。
世界に喧嘩を売っているみたいだった。
*
魔法少女管理庁、その上階。
一般人が立ち入ることのない、静かなラウンジフロア。
床は磨き抜かれた黒石。壁一面はガラス張りで、夜の都市が見下ろせる。
その一角にあるカフェスペース。
柴咲秋葉は一人、コーヒーを飲んでいた。
高級豆特有の深い香り、静かなジャズ、落ち着いた照明。
魔法少女管理庁は金回りが良い。
スポンサー、配信、広告、魔力運用
“魔法少女”という存在は、今や巨大産業だった。
秋葉は窓の外を見る。
巨大な電光掲示板。
そこでは今日も、魔法少女の戦闘映像が流れていた。
『第三世代魔法少女・ステラ、アーク討伐成功!』
『応援ありがとうございました!』
『今週の人気ランキング更新!』
歓声、拍手、SNSのコメント。
街はいつも通り回っている。
「……」
秋葉は目を細めた。
八年前、突如アークは現れた。
人類は崩壊寸前まで追い込まれ、世界は恐怖に包まれた。
そして同時に、魔法少女が現れた。
希望、英雄、救世主。
秋葉自身もその一人だった。
ひたすら戦った。
眠れず、傷だらけになって、仲間を失って。
それでも戦った。
人類を守るために。
そして、最後に現れた“最強のアーク”。
それを倒した、一人の魔法少女。
秋葉は静かに思い出す。
あの背中を。
誰より強く、誰より優しく、誰より壊れていた少女を。
彼女は世界を救った。
全部終わらせて。
そして、託して死んだ。
――秋葉、後はお願いね。
「……なのに」
秋葉は小さく呟く。
出来上がった世界はなんだ。
笑顔を強制される少女たち。
疲弊していく魔法少女。
歓声に慣れてしまった民衆。
命懸けを娯楽として消費する空気。
誰も悪気がないまま、歪んでしまった世界。
秋葉はその中で生きてきた。
もう長い、だから諦めてもいる。
世界はそう簡単に変わらない。
この仕組みは止まらない。
魔法少女たちも、結局はこのシステムの中でしか生きられない。
そう思っていた。
けれど、脳裏に浮かぶピンク色の魔力。
未登録の魔法少女、ノクス。
そしてあの目だ。
怒り、拒絶、反抗。
“見世物じゃねえぞ”
あの叫び。
秋葉は思い出す。
あれはただの正義感ではない。
あの目は、世界そのものに喧嘩を売っていた。
「……困った子が出てきたわね」
苦笑する。
でも、ほんの少しだけ嬉しかった。
その時。
「秋葉さん」
声がして、秋葉が顔を上げる。
そこにはルミナが立っていた。
白を基調にした上品なブレザー。
袖には細い銀ライン。
淡い青のリボンタイ。
紺色の膝丈スカート。
それはもう上品な制服姿だった。
青い髪は丁寧に整えられ、
星型の小さな髪留めが静かに光っている。
そして相変わらず、
背筋は真っ直ぐだった。
立ち姿だけで、
“優秀な魔法少女”だとわかってしまうほどに。
だが秋葉は気づく。
この一週間で、
彼女が少し変わったことに。
表情が柔らかい。
以前より周囲を見ている。
そして何より。
どこか落ち着かない。
「遅れてすみません」
「いいのよ」
秋葉は微笑む。
「座りなさい」
ルミナは素直に座った。
秋葉は彼女を見る。
魔法少女たちをずっと見てきたからわかる。
疲弊、諦め、感情の摩耗。
少女たちは変わり、壊れる。
だからこそ、逆に“変わり始めた”時もわかる。
「……最近、少し楽しそうね」
ルミナが固まった。
「え」
「顔に出てる」
「そ、そんなこと……」
「ある」
即答。
ルミナが視線を逸らす。
わかりやすい。
秋葉はコーヒーを一口飲んだ。
「未登録の子と、何度か接触してるんでしょう?」
ルミナの肩が跳ねる。
「……監視されてたんですか」
「仕事だから」
秋葉は淡々と言う。
「安心しなさい。報告は止めてる」
「……え」
「接触許可も出しておいた」
ルミナが目を見開く。
「どうして……」
秋葉は少しだけ窓の外を見る。
ネオン、歓声、魔法少女。
それから静かに言った。
「あなた、あの子と会ってから」
「少しだけ“自分で考える顔”をするようになったから」
ルミナが息を呑む。
秋葉は微笑した。
「悪い変化じゃないわ」
秋葉は一呼吸置いた。
カップを静かにソーサーへ戻す。
「あなたが楽しそうになったのは良いことよ」
ルミナは少しだけ視線を下げる。
「……はい」
「でも」
秋葉の声色が少し変わった。
「ノクスの方は、どうかしらね」
ルミナが顔を上げる。
秋葉は窓の外を見ながら続けた。
「ここ一週間の出現記録、確認したわ」
「討伐数が異常に多い」
「しかも単独行動ばかり」
淡々とした言葉。
だがその内容は重かった。
「未登録だから当然、管理庁の支援も受けてない」
「連携もない」
「休息記録もない」
「……まるで」
一拍。
「壊れる前提で動いてるみたい」
ルミナの指先が小さく震えた。
秋葉はさらに続ける。
「それに、調べても何も出てこない」
「所属不明」
「身元不明」
「過去の魔力記録なし」
「戸籍データにも一致なし」
静かな声。
「極端な話」
「今のノクスは“この世に存在していない人間”とほぼ同じよ」
「……」
ルミナは黙って聞いていた。
驚きはない。
むしろ、どこか納得してしまっていた。
思い返す、あの部屋。
生活感はあったけれど、女の子の部屋ではなかった。
服も、家具、空気も。
どこかちぐはぐだった。
それにあの日、泊まった夜。
家族の気配が何もしなかった。
同居人も、生活音も、誰かの痕跡も。
まるで最初から、一人で生きているみたいだった。
「……」
ルミナは唇を少し噛む。
秋葉はその反応を見る。
「心当たり、あるみたいね」
「……少しだけ」
ルミナは小さく答えた。
「でも、悪い子じゃないんです」
「知ってる」
秋葉は即答した。
「映像を見ればわかる」
あの怒り、あの戦い方。
あれは承認欲求で戦う人間じゃない。
むしろ逆だ、歓声を嫌っている。
期待を拒絶している。
それなのに戦っている。
だから危うい。
秋葉は静かに言った。
「……あの子、多分」
「止まる方法を知らないわよ」
「――っ」
ルミナは勢いよく顔を上げた。
「でも……!」
思わず声が出る。
秋葉は静かに彼女を見る。
ルミナは言葉に詰まった。
何を言いたいのか、
自分でもうまくわからない。
助けられて、嬉しかった。
あの日、落ちていく自分を抱きかかえてくれた。
怒ってくれた。
“見世物じゃねえぞ”って。
あんな風に言ってくれた人は、初めてだった。
だから、ノクスが傷つくのは嫌だった。
危ない戦い方を見ると、胸がざわついて、苦しくなる。
でも。
「……戦うのは、正しいことのはずです」
ルミナはぽつりと呟いた。
「私たちは魔法少女で」
「ノクスも、未登録でも魔法少女で」
「だったら……戦うのは当然で……」
言いながら、どんどんわからなくなる。
当然だ。
それはずっと、疑ったことがなかった言葉。
怖くても、痛くても、嫌でも、魔法少女だから戦う。
それが当たり前だったのに。
ノクスを見ていると、
その“当たり前”が揺れる。
戦っている彼女を見ると、不安になる。
止まってほしいと思ってしまう。
でも、それはおかしいことだ。
魔法少女なのだから、戦うのは正しいことだ。
「……わからないんです」
ルミナは小さく俯いた。
「私、何に悩んでるのかも……わからなくて」
秋葉は何も言わなかった。
ただ静かに聞いている。
ルミナは自分の手を見つめた。
細い指、何度も傷ついてきた手。
魔法少女の手。
「ノクスは、変なんです」
ぽつり。
「怒るんです」
「みんなが普通に受け入れてることに」
「見て見ぬふりしてることに」
ルミナは思い出す。
観衆を怒鳴った姿。
傷だらけで戦う姿。
あの反抗的な目。
「……あんな人、見たことなくて」
秋葉はそこで、
少しだけ笑った。
「でしょうね」
「え?」
「ああいう子は、この世界だと珍しいもの」
秋葉はコーヒーを飲む。
少し冷めていた。
「大抵は、慣れるのよ」
「……」
「諦めるとも言うけど」
静かな言葉だった。
ルミナは息を呑む。
秋葉は窓の外を見る。
電光掲示板、広告、笑顔の魔法少女。
それから小さく言った。
「でもあの子は、まだ諦めてない」
「だから危ないの」
秋葉はルミナを真っ直ぐ見た。
先ほどまでの柔らかい空気が消える。
「……このままだと、あの子はすぐ死ぬわ」
ルミナの肩が跳ねた。
秋葉は淡々と続ける。
「確かに強い」
「出力も異常」
「戦闘適応も早い」
「一週間前とは別人レベルで動けるようになってる」
それは事実だった。
ノクスは強くなっている。
最初は避けるだけで精一杯だった。
けれど今は違う。
アークの動きを読み、最短で懐に入り、一撃で粉砕する。
魔力制御も上達していた。
以前みたいに空をピンク色へ染め上げることも減った。
それでも、秋葉は静かに言う。
「でも、あの子」
「自分を守る気がなさすぎる」
ルミナは言い返せなかった。
嫌になるほど理解している。
ノクスは基本、近接戦闘しかしない。
危険を避けない、むしろ踏み込む。
最短で倒すために。
だから毎回重傷を負う。
腕、脇腹、背中。
戦闘記録を見るたび、ルミナの胸は嫌な感じにざわついた。
あの子は、痛みに鈍い。
いや、違う。
“自分が傷つくことを軽く見ている”。
そんな感じだった。
「……」
ルミナはあの日を思い出す。
アークの爪を、わざと掠めた瞬間。
血が噴き出したのに、
眉一つ動かさなかった。
ただ、倒すことだけ見ていた。
「普通、あの戦い方はできないわ」
秋葉は低く言った。
「怖いもの」
「死ぬのって」
ルミナは息を呑む。
秋葉は続ける。
「でもあの子“自分が壊れる”ことへの恐怖が薄い」
「だから危険なの」
ルミナの胸が苦しくなる。
ノクスはいつも、怒っていた。
世界に、観衆に、システムに。
でも、もしかしたら。
一番の怒りの矛先は、自分自身なのではないか。
そんな考えが浮かんでしまった。
「……私」
ルミナは小さく呟く。
「止めた方が、いいんでしょうか」
秋葉は少し黙った。
それから静かに答える。
「多分、止まらないわよ」
「……」
「あなたもわかってるでしょう?」
ルミナは何も言えない。
わかっている。
あの目を見たから。
ノクスは止まらない。
力を手に入れてしまった。
ずっと納得できなかった世界へ、
ようやく手を伸ばせるようになった。
だから、きっともう止まれない。
ルミナは俯いた。
青い髪が影を落とす。
どうしたらいいのかわからない。
きっと止まらない。
ノクスの目を見ればわかる。
あれは、何かを諦めた人間の目じゃない。
逆だ。
納得できないから、噛みついている目だ。
だから、止めろと言って止まるような子じゃない。
でも、苦しい。
傷だらけで戦う姿を見るたび、胸がざわつく。
死ぬかもしれないと思うたび、息が苦しくなる。
「……どうすれば」
小さく漏れる。
秋葉はその姿を静かに見ていた。
それから。
「それでも止めたい?」
ルミナが顔を上げた。
秋葉は真面目な顔だった。
「え……」
「止めたいんでしょう?」
ルミナは言葉に詰まる。
止めたい。
でも、止めてしまったらあの子は苦しむ。
戦ってる時のノクスは、危ういのに。
どこか生きている感じがした。
だからわからない。
何が正しいのか。
「……方法、あるんですか」
ルミナは恐る恐る聞いた。
すると、秋葉はさらっと言った。
「一緒に住んで管理しなさい」
「…………はい?」
空気が止まる。
ルミナの思考も止まる。
秋葉はコーヒーを飲みながら続けた。
「生活管理、健康管理、戦闘制限、睡眠確認、食事、あと暴走抑制」
「まあいわゆる同棲ね」
「ど、同棲!?」
ルミナが真っ赤になる。
秋葉は涼しい顔だった。
「別に変な意味じゃないわよ」
「で、でも……!」
「あなた、もう半分くらい通ってるでしょう」
「っ」
図星だった。
ルミナが固まる。
秋葉はため息をつく。
「いい? あの子に今必要なのは」
「“戦う理由”じゃなくて」
「“帰る理由”なの」
ルミナが息を呑む。
秋葉は静かに続ける。
「放っておくと、あの子」
「本当に戦うことしかなくなるわよ」
秋葉は冗談を言っている顔ではなかった。
本気だ。
ルミナはそれを察する。
「……」
自然と考えてしまう。
確かにそれならと。
ノクスに無理をさせずに済むかもしれない。
最近の彼女は異常だった。
出現したアークを片っ端から潰している。
単独で、休みもろくに取らず。
そのせいで、周辺区画の魔法少女たちの出勤頻度まで下がっていた。
本来なら危険な事態だ。
たった一人へ依存する戦力構造は、崩れた瞬間に全て終わる。
でも現場は助かってしまっている。
だから誰も止められない。
「私が一緒に動けば……」
ルミナはぽつりと呟く。
秋葉は黙って聞いている。
「戦闘を分担できます」
「ノクス、近接しかやらないから……私が後衛支援に回れば被弾も減らせるし」
「活動区域も調整できます」
「……あと」
一瞬迷って。
「強制的に休ませることも、できるかもしれません」
秋葉が小さく頷いた。
ルミナはさらに考える。
最近、自分は何日もノクスの様子を見に行っている。
怪我してないか、ちゃんと寝てるか、無茶してないか。
そんなことばかり気になっていた。
そして、ノクスは今のところそれを拒否していない。
ぶっきらぼうではあるし、文句も言う。
でも、帰れとは言わなかった。
むしろ、どこか安心しているように見える時すらあった。
「……」
ルミナの胸が少しだけ熱くなる。
秋葉はそんな彼女を見て、ふっと笑った。
「顔に出てるわよ」
「っ!」
ルミナが慌てて顔を逸らす。
「ち、違います……!」
「何が?」
「そ、そういうんじゃ……」
「私は何も言ってないけど」
「~~~っ!」
完全に墓穴だった。
秋葉は珍しく少し楽しそうに笑う。
それから静かに言った。
「まあ、真面目な話」
「あなたなら、あの子を止められるかもしれない」
ルミナが動きを止める。
「少なくとも」
「“帰る場所”くらいにはなれるんじゃない?」
――帰る場所。
その言葉が、
ルミナの頭の中でゆっくり反響する。
帰る場所。
つまり、戦いが終わったあとに戻ってくる場所。
安心できる場所。
誰かが待っている場所。
「……」
ルミナの思考が、
なぜか妙な方向へ滑り始める。
一緒に住む、帰ってくる。
食事管理、生活管理、寝不足なら怒る。
怪我したら手当てする。
深夜に帰宅。
『ただいま』
『おかえり、ルミナ』
――そこでなぜか。
ソファにぐったりしているノクスが頭に浮かんだ。
ぶかぶかのシャツ姿。
疲れ切った顔。
それなのに、自分が近づくと少し安心したみたいに力を抜く。
『また無茶したんですか』
『……してねえ』
『脇腹』
『うっ』
図星。
観念したノクスを、ルミナが無理やりソファへ座らせる。
『動かないでください』
『いや自分ででき――』
『できてません』
ぴしゃり。
そして、傷の手当て。
近い距離、シャツを少し捲る。
鍛えられているのに、妙に綺麗な身体。
白い肌、残る傷跡。
思わず指先で触れてしまう。
『っ……』
ノクスが小さく肩を震わせた。
『痛いですか?』
『……ちげえ』
『?』
顔を上げる。
するとノクスが、やけに赤い顔で視線を逸らしていた。
『お前、距離近……』
『え』
そこで初めて気づく。
ほとんど抱き込むみたいな体勢。
逃げ場のない距離。
しかもノクスは妙に押しに弱い。
強く言われると黙る。
押されると赤くなる。
なんならちょっとしおらしくなる。
ルミナの胸がどくんと跳ねた。
『……ノクス』
『な、なんだよ』
呼ぶだけで、びくっとする。
視線が泳ぐ。
逃げたいのに逃げられないみたいな顔。
それが妙にかわいく見えてしまって。
ルミナは無意識に、さらに距離を詰めていた。
『お、おい……近……』
『じっとしてください』
『いやそういう問題じゃ――』
言葉が途切れる。
気づけば。
鼻先が触れそうなくらい近かった。
ノクスの顔が真っ赤だった。
呼吸は浅く、視線が揺れる。
――押し倒したら、この子どうなるんだろう。
そんな考えが、一瞬頭をよぎる。
ルミナの手が、
無意識にノクスの頬へ伸びる。
『っ……』
逃げない。
逃げられないのかもしれない。
それがまた、
変に煽ってきて。
あと少しで、
唇が触れそうになって――
「……あなた今、完全に襲う寸前まで想像してたわね」
「っ!!!!??!?」
現実に引き戻された。
ルミナが椅子から飛び上がる。
「ち、違っ、ちが、あの、これは……!」
「顔真っ赤よ」
「~~~~~っ!!」
耳まで爆発していた。
秋葉は呆れ果てた顔でコーヒーを飲む。
「重症ね……」
「秋葉さんのせいです!!」
「私は同棲しろって言っただけなんだけど」
「言い方が悪いんです!!」
ルミナは羞恥で死にそうだった。
だが秋葉は、そんな彼女をどこか嬉しそうに見ていた。
この子が、誰かをこんな風に想って、悩んで、顔を真っ赤にしている。
それが、少しだけ救いみたいに見えた。
ルミナはエッチな子です。
18は欲しいか?
-
よこせ
-
いらぬ
-
どちらでも