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――さらに、一週間。
世界は変わらない。
今日も街頭ビジョンでは魔法少女が笑っている。
今日も民衆は歓声を上げる。
今日も誰かが傷つき、
誰かが消費されている。
何も変わらない。
でも、あなたは変わってしまった。
アークを殺している。
来る日も来る日も。
出現情報を拾っては向かい、殴り、潰し、破壊する。
最初は苦戦していた。
避けるので精一杯だった。
でも今は違う。
身体はもう魔力の使い方を覚え始めている。
踏み込み、加速、衝撃、魔力制御。
最短距離で敵を壊す方法を、
身体が勝手に理解していく。
強くなっている。
はっきりわかるくらいに。
そして、それが楽しかった。
「……っ」
アークの顔面を殴り抜く。
骨が砕ける感触。
魔力が弾ける。
巨大な身体が吹き飛ぶ。
崩壊、破裂、消滅。
ピンク色の残光。
あなたは荒い息を吐いた。
心臓がうるさい。
血が熱い。
高揚している。
理解してしまう。
ああ、自分は今、嬉しいのだ。
力がある。
殴れる。
変えられるかもしれない。
納得できなかったものへ、ようやく手を伸ばせる。
それが、たまらなく嬉しい。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
壊れた街、煙、アークの残骸。
その中心で、あなたは立っていた。
止まらない。止まれない。
もう無力じゃない。
だから、戦える。
殴れる、壊せる、救えるかもしれない。
その感覚が、脳を焼くみたいに気持ちいい。
そして、どこかで理解もしている。
これは危険だ。
このまま行けば、きっと壊れる。
でも、そんなことより、今はこの力を使いたかった。
「……次」
あなたはスマホに映る、
次のアーク出現情報を見る。
「管理庁の監視網から拝借してきました」
「さらっとヤバいこと言うな」
「効率重視です」
そんなやり取りも、もう日常だった。
疲労、痛み、睡眠不足。
全部無視してあなたは次の戦場へ向かおうとした。
――その瞬間。
後ろから、
ぐいっと首根っこを掴まれた。
「はい、強制終了です」
「うおっ!?」
聞き覚えのある声に振り返る。
そこには。
白を基調にした上品なブレザー。
淡い青のリボンタイ。
青い髪。
怒った顔のルミナが立っていた。
「三日連続徹夜」
「重傷二回」
「食事ゼリー飲料だけ」
「説明してください」
「なんでバレてんだよ……」
「なんでバレてんだよ……」
あなたは思わず顔をしかめた。
ここ数日、ルミナは姿を見せていなかった。
理由は知らない。
ただ、あの一週間と少し。
毎日のように家へ来ていた時より、最後に見た彼女は少し顔色が良くなっていた。
笑うことも増えていたし、ちゃんと寝れている感じもした。
だから、無事ならそれでいいかくらいに思っていたのだ。
なのに。
「……まさか監視してたのか?」
ジト目でルミナを見る。
ルミナは少し視線を逸らした。
「監視というか……」
「というか?」
「情報提供を受けてました」
「誰から」
ルミナは沈黙。
あなたも沈黙。
そして同時に、
ゆっくり視線が下へ向く。
あなたのスカートの影。
そこでもぞもぞしていたプリンが、ぴたりと固まった。
「…………」
「プリン?」
「はい」
「お前かァ~~~~!!」
あなたは即座に掴みにいった。
しかしぷるんっ、と回避。
プリンはルミナの後ろへ隠れる。
「裏切ったな!!」
「語弊があります」
「あるか!!」
「わたしは契約者の健康を気遣っただけです」
「管理アプリかお前は!!」
するとプリンがしゅん、と耳を垂らした。
「……だって」
「?」
「最近のあなた、明らかに無理してましたし」
「……」
「三日寝ない」
「食事適当」
「重傷放置」
「魔力枯渇寸前まで戦闘継続」
「契約者として非常に心配でした」
ぷるぷる震えながら言う。
「死なれたら嫌ですし……」
「……う」
その言い方が妙にしおらしくて。
あなたは強く出れなくなった。
「いや……その……」
「あとルミナさん、止めるの上手いので」
「お前完全に保護者扱いしてるだろ」
「事実です」
「否定しろ!!」
ルミナが横で小さく吹き出す。
「ふふっ……」
「笑うな」
「だって……」
彼女は肩を震わせながら、
少し困ったように笑った。
「ノクス、本当に放っておくと無茶するので」
「……」
否定できない。
あなたが黙ると、
ルミナは少しだけ真面目な顔になった。
「……心配したんです」
その声は小さかった。
「連絡も返さないし」
「毎日どこかで戦ってるし」
「怪我してても平気そうにするし」
一歩近づく。
青い瞳が真っ直ぐこちらを見る。
「だから今日こそ捕まえようって、思ってました」
「……捕獲対象みたいに言うな」
「実際そうです」
「お前までかよ」
ただ、理由はわかった。
プリンが心配していたのも、ルミナが動いていたのも。
理解はできる。
「……まあ」
あなたは頭を掻いた。
「そこまで言われると、文句言いづらいんだけど」
プリンがほっとしたようにぷるんと揺れる。
「理解ある契約者で助かります」
「調子乗るな」
「ぷぇ」
軽くデコピン、それからあなたはルミナを見る。
「で?」
「……?」
「どうやって“捕獲”するつもりだったんだよ」
ルミナがぴくっとする。
あなたは続けた。
「そろそろ管理庁に連れてくのか?」
「未登録魔法少女確保しましたー、みたいな」
「ち、違います!」
ルミナが慌てて否定する。
「そういうんじゃなくて……!」
「じゃあなんだよ」
「……」
急に黙る、視線が泳ぐ、耳が少し赤い。
嫌な予感がした。
「……おい」
「その」
ルミナは妙に気まずそうに口を開く。
「あなたと、一緒に住もうかなって……」
「……………………は?」
数秒、思考が止まった。
風が吹く。
壊れた建物の隙間を、静かに抜けていく。
「……え?」
「だ、だから!」
ルミナが真っ赤になる。
「管理です!」
「健康管理!」
「生活管理!」
「戦闘制限!」
「あとちゃんと寝かせます!」
「なんで同棲に至るんだよ!?」
「秋葉さんがそうした方がいいって……!」
「誰だよ秋葉さん!!」
「第三世代統括です!」
「上司案かよ!!」
情報量が多い、頭が痛い。
すると横からプリンが補足する。
「非常に合理的判断です」
「お前は黙れ」
「ノクス単独行動時、生活の破綻が確認されています」
「分析するな」
「ルミナさんなら食事も作れます」
ルミナが固まった。
「え」
「以前ノクスの家で料理していましたよね」
「ぷ、プリンっ!?」
「なんでそんなとこだけ覚えてんだ!」
あなたも赤くなる。
ルミナは完全にしどろもどろだった。
「ち、違っ、あれはその、冷蔵庫の中身が酷くて……!」
「ゼリー飲料とエナジードリンクだけでした」
「言うなァ!!」
プリンは容赦がなかった。
ルミナは真っ赤なまま、
それでも小さくあなたを見る。
「……でも」
一瞬だけ。
少し不安そうな顔。
「嫌……ですか」
「……」
その顔はずるいと思った。
あなたは思わず視線を逸らす。
「いや……その……」
断りづらすぎる。
あなたは頭を抱えた。
一緒に住む、同棲、管理。
情報量が多い。
「……」
いや待て落ち着け。
まず問題点を整理しろ。
一番最初に浮かぶのは、当然性別問題だった。
だが。
「……まあ、そこはギリなんとか……」
あなたはぼそっと呟く。
現在のあなたは、完全に女の子の姿だ。
しかも、まだ一度も変身解除していない。
というか解除方法がわからない。
以前それをプリンへ聞いたことがあった。
『戻し方?』
『おう』
『知りません』
『殴るぞ』
あの時は本気で殴ろうと思った。
プリンはその後、
“理論上は解除可能と思われます”だの、
“現在調査中です”だの、
完全に後付けみたいなことを言っていた。
信用はしていない。
つまり現状、あなたは社会的にも肉体的にも、ほぼ女の子として生活している。
だから、ルミナと同居しても一応ギリギリ問題はない。
あなたの精神衛生以外は。
「……」
ちらっとルミナを見る。
白いブレザー、整った姿勢、お嬢様みたいな雰囲気。
そして今は、
顔を真っ赤にしてこちらを見ている。
「……」
妙に意識してしまう。
というか、最近距離感が近かった。
前から若干怪しかったが、ここ数日は特におかしい。
やたら家へ来るし、食事を作るし、怪我を見るし、寝不足だと怒るし、普通に世話を焼いてくる。
しかも、物理的な距離も近い。
顔とか近い。
そのたびに、あなたはなぜか変な緊張をしてしまう。
「……」
いや待て、何考えてんだ俺。
思考を振り払うように頭を振る。
すると。
「……嫌、でしたか」
ルミナが不安そうに聞いてきた。
その顔は反則だと思った。
あなたは思わず視線を逸らす。
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ」
「圧が強いなお前!?」
ルミナがじりっと距離を詰める。
プリンが横で頷く。
「外堀は既に埋まっています」
「お前ほんと何なんだよ!?」
あなたは迷った。
正直問題しかない。
未登録魔法少女、正体不明、変身解除不能、管理庁案件。
しかも同居相手は、現役トップクラスの魔法少女。
冷静に考えれば、絶対ややこしくなる。
「……」
でも、あなたはルミナを見る。
青い髪、真っ直ぐな背筋、整った制服姿。
相変わらず綺麗だと思う。
けれど今、彼女の目にあるのは。
“魔法少女ルミナ”の目じゃなかった。
応援されるための笑顔でも、期待に応えるための仮面でもない。
ただ、一人の女の子の目だった。
不安そうで、でもどこか期待していて、あなたを見ている目。
「……」
その目を見てしまうと、断れるわけがなかった。
あなたは甘い。
結局、困っている人間を放っておけない。
泣きそうな顔をされると弱い、そういう人間だった。
「……はぁ」
長いため息、観念したように頭を掻く。
「好きにしろよ……」
「……!」
ルミナの目がぱっと開かれる。
「た、ただし!」
あなたは慌てて付け足した。
「変な期待すんなよ!」
「へ、変なって……!?」
「そ、そういうアレじゃないからな!」
「わ、私だってしてません!!」
真っ赤になりながら叫ぶルミナ。
声が裏返っていた。
完全に動揺している。
すると横で、プリンがしみじみ頷く。
「契約成立ですね」
「言い方ァ!!」
「ぷぇっ」
軽く叩かれて転がるプリン。
ルミナはそんな様子を見ながら、小さく笑った。
「……ふふ」
なんだその顔。
妙に嬉しそうで。
安心したみたいに笑うから。
あなたはまた、少しだけ調子が狂うのだった。
――話は決まったな。
その瞬間だった。
ぐいっ。
「うおっ!?」
ルミナが急に距離を詰めてきた。
近い、近すぎる。
反射的に後ずさろうとしたが、背中が瓦礫に当たる。
逃げ場がない。
「ちょ、おま――」
顔が近い、青い髪、整った睫毛。透き通るみたいな瞳、白い肌。
普段はクールに見えるのに、こうして間近で見ると年相応の女の子っぽさが妙に強かった。
「……」
思わず見惚れる、その瞬間。
「まず説教です」
「はい?」
空気が変わった。
ルミナの目が据わる。
「脇腹の傷」
「まだ治りきってませんよね」
「いやまあこれは――」
「魔力疲労も蓄積してます」
「……」
「睡眠不足」
「栄養不足」
「あと無茶しすぎです」
「反論の隙がねえ」
ルミナは容赦がなかった。
一歩、さらに距離を詰める。
「三日前、右肩脱臼しましたよね」
「なんで知ってんの!?」
「プリンです」
「お前ェ!!」
プリンがぷるんと揺れる。
「共有済みです」
「共有するなァ!!」
すると、ルミナがすぅっと目を細めた。
「ノクス」
「……はい」
「これからは私の許可なしに単独戦闘禁止です」
「いや待て」
「夜更かし禁止」
「いやだから」
「食事はちゃんと取る」
「人の話を聞け」
「重傷を隠したら怒ります」
「…………はい」
気づけば。
完全に押し負けていた。
というか。
なぜか逆らえない。
ルミナは細いし、
見た目も上品なお嬢様なのに。
妙な圧がある。
凛としていて。
怒る時はしっかり怒る。
そして何より。
あなたを真っ直ぐ見てくる。
そのせいで、
妙に罪悪感を刺激されるのだ。
「返事」
「……はい」
ルミナが満足そうに頷く。
まるで。
完全に躾け終わったみたいな顔だった。
横でプリンが感心したように言う。
「見事な調教――」
「その単語を使うな!!」
あなたは真っ赤になった。
ルミナも数秒遅れて意味を理解し、
耳まで赤くなる。
「ぷ、プリン!!」
「事実確認です」
「やめろォ!!」
結局。
その後。
あなたはルミナに首根っこを掴まれるような勢いで連行され。
まるで子犬みたいに、
大人しく家へ向かうことになった。
*
家へ着いた頃には、もう夕方になっていた。
どうやら、家の前が騒がしい。
「……なんか嫌な予感するんだけど」
玄関前であなたは呟く。
すると、タイミングを見計らったように、一台の大型搬送車が止まった。
「お届け物でーす」
「……は?」
次々と運び込まれていく段ボール。
家具、生活用品、衣類ケース、やたら上質そうな寝具。
あなたは呆然と立ち尽くした。
「ちょっと待て」
「なんでこんな本格的なんだよ!?」
ルミナが少し視線を逸らす。
「……準備、してました」
「いつから!?」
「三日前くらいから……」
「三日前!?」
つまり、あなたが三日徹夜でアークを殴り続けていた頃。
この子は、本気で同棲準備をしていたらしい。
情報量が多い。
さらに運び込まれる箱の中には。
「待てその炊飯器高くない!?」
「冷蔵庫も変わってません!?」
「生活環境改善は重要です」
「なんで業者みたいなこと言うんだよ!」
ルミナは真顔だった。
本気で住む気だ。
あなたは頭を抱えた。
すると横で、プリンがぷるぷる震えながら言う。
「いやぁ、懐かれてますねぇ」
「うるせえ」
「完全に巣作りフェーズです」
「その言い方やめろ!!」
あなたは思わずプリンを掴んだ。
ぷにっとした。
「ぷぇぇ」
「誰のせいでこうなってると思ってんだ!」
「半分くらいノクスの自業自得です」
「否定できねえのが腹立つ!」
すると、ルミナが小さく吹き出した。
「ふふ……」
「笑うなよ……」
「だって」
彼女は少し困ったように笑う。
「なんだか、家族みたいで」
「……」
その言葉に、あなたは一瞬だけ黙った。
家族。
その響きが、少しだけ胸に引っかかる。
でも、悪い気はしなかった。
だから余計に、調子が狂う。
ただ、そこでふとあなたは疑問に思った。
「……そういや」
「?」
「お前の家族、大丈夫なのか」
同棲、しかもほぼ押しかけ。
普通なら親が止める。
というか、まず許可が必要な案件だ。
あなたがそう聞くと、ルミナは少しだけ目を伏せた。
「……大丈夫です」
「いやでも」
「本当に」
静かな声だった。
どこか、慣れているみたいな声。
あなたは少し眉をひそめる。
ルミナは数秒黙ってから、ぽつりと話し始めた。
「私、母しかいないんです」
「……」
「でも」
一拍。
「魔法少女になってすぐ、いなくなりました」
空気が静かになる。
運び込み作業の音だけが遠くで響いていた。
「失踪……ってやつです」
ルミナは淡々と言った。
「今も見つかってません」
「……」
あなたは言葉に詰まる。
何か言おうとした。
大丈夫か、とか。
辛くなかったのか、とか。
でも、その前に。
ルミナが小さく笑った。
「まあ」
「母は、たぶん私のこと嫌いだったので」
「……は?」
思わず声が漏れる。
ルミナはどこか他人事みたいに続けた。
「だから大丈夫です」
「別に、珍しい話でもないですし」
その笑い方が、妙に引っかかった。
感情を押し込める時の笑い方だと、なんとなくわかってしまった。
あなたは少し黙る。
胸の奥が、じわっと嫌な感じにざわついた。
嫌いだったから大丈夫?
そんなわけあるか。
でも、ルミナ自身がそう納得しようとしているのがわかるから。
あなたは一瞬、何を言えばいいかわからなくなった。
「……母親の話」
ルミナがこちらを見る。
「聞かせてくれないか」
真っ直ぐ言った。
ルミナは少し目を見開く。
数秒、静かな沈黙。
それから彼女は、ふっと小さく息を吐いた。
「……その前に」
「?」
「まず家事をちゃんとしましょう」
「は?」
話の流れが急に変わった。
あなたがぽかんとしていると、ルミナは呆れたように部屋を見回す。
「部屋、荒れてます」
「うっ」
「洗濯物も溜まってます」
「うっ」
「あと冷蔵庫」
「やめろ」
「ゼリー飲料しか入ってませんでした」
「そこはもう触れるな!!」
ルミナは完全に主婦目線だった。
「こういう環境で真面目な話しても落ち着きません」
「理屈はわかるけど!」
「だからまず生活環境を整えます」
きっぱり言い切られる。
さらに。
「それと」
ルミナがじっとこちらを見る。
「今日は絶対出勤しないこと」
「うっ」
「安静にする」
「……」
「戦闘禁止です」
「いやでもアークが出たら――」
「禁止です」
ぴしゃり。
完全に言い切られた。
その目が妙に真剣で、あなたは思わず言葉に詰まる。
「……」
「約束できますか」
逃がさないみたいな視線。
あなたはしばらく抵抗しようとした。
でも、結局。
「……わかったよ」
しぶしぶ頷く。
するとルミナが、
少しだけ安心したように息を吐いた。
「なら、話します」
「……おう」
そうして、二人の奇妙な同棲生活が本格的に始まった。
まず部屋の掃除。
「なんでこんなエナジードリンクの缶あるんですか」
「戦果」
「ゴミです」
「ひどくない?」
容赦なく袋へ突っ込まれる。
さらに。
「服、洗います」
「えっ」
「それ、脱いでください」
「いや自分で――」
「徹夜常習犯に家事能力は期待してません」
「辛辣!」
そして、気づけば。
あなたはキッチンで皿を洗い、ルミナが隣で料理をしていた。
夕焼けが部屋へ差し込む。
鍋の音。
包丁の音。
漂う匂い。
「……」
なんだこれ。
妙に。
落ち着く。
ルミナも、どこか自然だった。
エプロン姿で、当たり前みたいに隣へ立っている。
それが妙に似合っていて、あなたは思わず見てしまう。
「……なんですか」
「いや別に」
「今、変なこと考えました?」
「考えてねえよ」
即答。
するとルミナが少し疑うような目を向けてきた。
「……本当に?」
「本当だって」
そんなやり取りをしながら、二人は並んで家事をこなしていく。
まるで、ずっと前からこうしていたみたいに。
妙に生活感が完成していた。
その様子を、テーブルの上からプリンがじーっと見ている。
「……なんだよ」
あなたが気づいて声をかけると、プリンはぷるんと震えた。
「いえ」
「契約者が非常に従順だなと」
「は?」
「わたしが何度健康管理を提案しても聞かなかったのに」
「それはお前の言い方が機械的なんだよ」
「しかしルミナさんの言うことは素直に聞いています」
「……」
「まるで犬です」
「誰が犬だ」
すると、ルミナが小さく吹き出した。
「ふふ……」
「笑うなって」
「でもちょっとわかります」
「お前も言うの!?」
プリンはむすっとしたように揺れる。
「わたしは契約直後から睡眠と栄養を推奨していました」
「聞かなかったな」
「ですがルミナさんが言うと聞きます」
「……」
「差別では?」
「知らねえよ」
あなたはそっぽを向く。
するとプリンが、じぃーっと見上げてきた。
「……むぅ」
「なんだその顔」
「別に」
「絶対なんかあるだろ」
ぷるぷる。
少し不満げに震える。
「わたしだって心配していたのに」
「……」
「なのに契約者、わたしの言うこと全然聞かないですし」
どこか拗ねた声だった。
「ルミナさんにはすぐ捕まりますし」
「捕まってねえ」
「完全に首輪付きです」
「その表現やめろ!!」
ルミナがまた吹き出す。
「ぷ、プリン……っ」
「事実確認です」
「事実でもやめろ!」
あなたが抗議すると、
プリンはさらに不満そうに揺れた。
「わたしには反抗的なのに……」
「……お前、もしかして嫉妬してんのか?」
ぴたり、プリンが固まる。
「……」
「えっ」
ルミナも止まる。
数秒沈黙。
そして、プリンはぷいっとそっぽを向いた。
「知りません」
「図星じゃねえか」
「契約者がチョロすぎるのが悪いです」
「なんで俺が怒られてんだよ!?」
そんなこんなで。
掃除、洗濯、料理、食器洗い。
諸々の家事が一通り終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「……疲れた」
あなたはソファへ倒れ込む。
すると。
「まだです」
ルミナが真顔で言った。
「えっ」
「お風呂」
「…………」
空気が止まり、あなたの思考も止まる。
そうだった。
同居だからつまり。
風呂問題がある。
「……」
「……」
妙に気まずい沈黙。
ルミナも流石に少し顔が赤かった。
視線が泳いでいる。
「じ、時間ずらせば問題ありません」
「そ、そうだな」
「先入りますか」
「い、いや先どうぞ」
「……」
「……」
変な譲り合いが始まった。
結局かなりぎこちない空気のまま、なんとか乗り越えた。
ちなみに、あなたは風呂の間ずっと妙に落ち着かなかった。
ルミナの気配があるだけで、変に意識してしまう。
なんなら、シャンプーの匂いとか残ってて困る。
「……」
落ち着け俺、何考えてんだ。
そうやって自分に言い聞かせながら、なんとか平静を装って出てきたところで。
テーブルの上のプリンが、にやぁっと揺れた。
「意識してました?」
「してねえ」
「お風呂長かったです」
「うるせえ!!」
「あと顔赤いです」
「殺すぞ」
プリンは楽しそうだった。
ルミナも。
「……っ」
タオルを抱えたまま、恥ずかしそうに視線を逸らしている。
耳が赤い、完全に意識していた。
でも、彼女は小さく咳払いすると気持ちを切り替えるように座り直した。
「……約束でしたね」
「あ」
母親の話。
あなたも姿勢を正す。
部屋が少し静かになった。
プリンも空気を読んだのか、今度は黙っている。
ルミナは少しだけ目を伏せた。
それから。
「……昔のお母さんは、優しかったんです」
ぽつり。
ゆっくりと話し始める。
「普通の人でした」
「よく笑って」
「よく抱きしめてくれて」
「私、お母さんの隣が好きだったんです」
その声は穏やかだった。
懐かしむみたいに。
でも、少しずつ影が混ざっていく。
「でも」
「八年前に、世界が変わった」
アーク、崩壊、混乱。
そして。
「お父さんが死んで」
空気が少し重くなる。
「魔法少女が必要になって」
「……私に適性があるって、わかったんです」
そこで、ルミナの指先が少しだけ強く握られた。
「お母さんは、変わりました」
「……」
「急に厳しくなって」
「勉強も」
「訓練も」
「全部」
まるで別人みたいだった、と。
ルミナは小さく笑った。
「怖かったです」
「怒られるのも」
「期待されるのも」
「出来損ないって言われるのも」
「全部」
でも。
「……それでも」
少しだけ、彼女の表情が柔らかくなる。
「魔法少女になれた時だけは」
「すごく、褒めてくれたんです」
その瞬間を、今でも覚えているみたいに。
「頑張ったねって」
「偉いって」
「抱きしめてくれて」
「……嬉しかった」
小さな声だった。
あなたは黙って聞いている。
「だから私」
「頑張れたんです」
「怖くても」
「苦しくても」
「お母さんが見てくれてるならって」
「ちゃんと褒めてもらえるならって」
そして。
「初陣に出ました」
ルミナの声が少しだけ揺れる。
「……怖かったです」
「死ぬかと思いました」
小さく笑う。
「実際、怪我もして」
「血まみれで帰って」
「ボロボロで」
「それでも」
「”頑張ったね”って言ってほしくて」
あなたの胸がざわつく。
「でも」
ルミナは静かに続けた。
「お母さん、そんな私を見て」
「すごく苦しそうな顔したんです」
「……」
「それから、一週間後」
「いなくなりました」
失踪。
その言葉が、静かに部屋へ落ちる。
「最後の会話は覚えてます」
ルミナはゆっくり息を吐く。
そして、少しだけ苦しそうに笑った。
『どうせ死ぬ』
『お前は弱い』
『そんな弱さじゃ、すぐ死ぬ』
『今すぐやめろ』
部屋が静まり返る。
あなたは無意識に拳を握っていた。
ルミナは続ける。
「……悲しくて」
「わからなくて」
「だから訴えたんです」
あの日の自分を思い出すみたいに。
「私はずっと怖かったって」
「でも」
「お母さんがいてくれたから頑張れたって」
「褒めてくれるのが嬉しくて」
「だから頑張ったんだって」
そこで、ルミナの声が止まる。
少し沈黙してから。
彼女は小さく呟いた。
「そしたらお母さん」
「……すごく絶望した顔したんです」
「そのまま、いなくなりました」
静寂。
ルミナは笑っていた。
でも、その笑顔は。
――泣きそうなくらい、寂しかった。
「……」
その顔を見た瞬間だった。
気づけば、あなたは動いていた。
「……え」
ルミナの身体を、そっと抱き寄せる。
細い、軽い。
こんなに小さい身体で、ずっと戦ってきたのかと。
あなたは今さら実感してしまう。
アークと戦って、傷ついて、期待されて、笑って、壊れそうになっても立ち続けて。
そんなことを、この小さな身体で続けていたのだ。
ルミナが固まる。
「ノ、ノク――」
あなたは何も言わず、頭を撫でた。
ゆっくり、優しく、何度も。
「……」
何を言えばいいのか、わからなかった。
だから、ただ。
今までルミナが欲しかったものを、与えるみたいに。
抱きしめる。
頭を撫でる。
何度でも、何度でも。
「……頑張ったな」
ルミナの肩が小さく震える。
「怖かったよな」
「……っ」
「ずっと、一人だったんだな」
ルミナが、あなたの服をぎゅっと掴む。
あなたはさらに抱き寄せた。
「でも」
静かに告げる。
「これからは俺が隣にいる」
「……」
「寂しくさせない」
「……っ」
「ちゃんと笑わせる」
「だから」
あなたは少しだけ力を込めた。
「もう、そんな顔すんな」
ルミナの呼吸が止まる。
数秒。
静寂。
そして。
「……っ、ぅ……」
小さな嗚咽が漏れた。
ルミナは顔を伏せたまま、あなたへしがみつく。
まるで、ずっと堪えていたみたいに。
あなたは何も言わない。
ただ、優しく抱きしめ続けた。
18は欲しいか?
-
よこせ
-
いらぬ
-
どちらでも