転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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少しだれてますかね。もっとテンポよく書きたいですね。

評判・感想お待ちしております。
展開の希望や性癖の開示もお待ちしております。


第六話

 ――さらに、一週間。

 

 世界は変わらない。

 

 今日も街頭ビジョンでは魔法少女が笑っている。

 

 今日も民衆は歓声を上げる。

 

 今日も誰かが傷つき、

 誰かが消費されている。

 

 何も変わらない。

 

 でも、あなたは変わってしまった。

 

 アークを殺している。

 

 来る日も来る日も。

 

 出現情報を拾っては向かい、殴り、潰し、破壊する。

 

 最初は苦戦していた。

 

 避けるので精一杯だった。

 

 でも今は違う。

 

 身体はもう魔力の使い方を覚え始めている。

 

 踏み込み、加速、衝撃、魔力制御。

 

 最短距離で敵を壊す方法を、

 身体が勝手に理解していく。

 

 強くなっている。

 

 はっきりわかるくらいに。

 

 そして、それが楽しかった。

 

「……っ」

 

 アークの顔面を殴り抜く。

 

 骨が砕ける感触。

 

 魔力が弾ける。

 

 巨大な身体が吹き飛ぶ。

 

 崩壊、破裂、消滅。

 

 ピンク色の残光。

 

 あなたは荒い息を吐いた。

 

 心臓がうるさい。

 

 血が熱い。

 

 高揚している。

 

 理解してしまう。

 

 ああ、自分は今、嬉しいのだ。

 

 力がある。

 

 殴れる。

 

 変えられるかもしれない。

 

 納得できなかったものへ、ようやく手を伸ばせる。

 

 それが、たまらなく嬉しい。

 

「……はは」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 

 壊れた街、煙、アークの残骸。

 

 その中心で、あなたは立っていた。

 

 止まらない。止まれない。

 

 もう無力じゃない。

 

 だから、戦える。

 

 殴れる、壊せる、救えるかもしれない。

 

 その感覚が、脳を焼くみたいに気持ちいい。

 

 そして、どこかで理解もしている。

 

 これは危険だ。

 

 このまま行けば、きっと壊れる。

 

 でも、そんなことより、今はこの力を使いたかった。

 

「……次」

 

 あなたはスマホに映る、

 次のアーク出現情報を見る。

 

「管理庁の監視網から拝借してきました」

 

「さらっとヤバいこと言うな」

 

「効率重視です」

 

 そんなやり取りも、もう日常だった。

 

 疲労、痛み、睡眠不足。

 

 全部無視してあなたは次の戦場へ向かおうとした。

 

 ――その瞬間。

 

 後ろから、

 ぐいっと首根っこを掴まれた。

 

「はい、強制終了です」

 

「うおっ!?」

 

 聞き覚えのある声に振り返る。

 

 そこには。

 

 白を基調にした上品なブレザー。

 淡い青のリボンタイ。

 青い髪。

 

 怒った顔のルミナが立っていた。

 

「三日連続徹夜」

 

「重傷二回」

 

「食事ゼリー飲料だけ」

 

「説明してください」

 

「なんでバレてんだよ……」

 

「なんでバレてんだよ……」

 

 あなたは思わず顔をしかめた。

 

 ここ数日、ルミナは姿を見せていなかった。

 

 理由は知らない。

 

 ただ、あの一週間と少し。

 

 毎日のように家へ来ていた時より、最後に見た彼女は少し顔色が良くなっていた。

 

 笑うことも増えていたし、ちゃんと寝れている感じもした。

 

 だから、無事ならそれでいいかくらいに思っていたのだ。

 

 なのに。

 

「……まさか監視してたのか?」

 

 ジト目でルミナを見る。

 

 ルミナは少し視線を逸らした。

 

「監視というか……」

 

「というか?」

 

「情報提供を受けてました」

 

「誰から」

 

 ルミナは沈黙。

 

 あなたも沈黙。

 

 そして同時に、

 ゆっくり視線が下へ向く。

 

 あなたのスカートの影。

 

 そこでもぞもぞしていたプリンが、ぴたりと固まった。

 

「…………」

 

「プリン?」

 

「はい」

 

「お前かァ~~~~!!」

 

 あなたは即座に掴みにいった。

 

 しかしぷるんっ、と回避。

 

 プリンはルミナの後ろへ隠れる。

 

「裏切ったな!!」

 

「語弊があります」

 

「あるか!!」

 

「わたしは契約者の健康を気遣っただけです」

 

「管理アプリかお前は!!」

 

 するとプリンがしゅん、と耳を垂らした。

 

「……だって」

 

「?」

 

「最近のあなた、明らかに無理してましたし」

 

「……」

 

「三日寝ない」

 

「食事適当」

 

「重傷放置」

 

「魔力枯渇寸前まで戦闘継続」

 

「契約者として非常に心配でした」

 

 ぷるぷる震えながら言う。

 

「死なれたら嫌ですし……」

 

「……う」

 

 その言い方が妙にしおらしくて。

 

 あなたは強く出れなくなった。

 

「いや……その……」

 

「あとルミナさん、止めるの上手いので」

 

「お前完全に保護者扱いしてるだろ」

 

「事実です」

 

「否定しろ!!」

 

 ルミナが横で小さく吹き出す。

 

「ふふっ……」

 

「笑うな」

 

「だって……」

 

 彼女は肩を震わせながら、

 少し困ったように笑った。

 

「ノクス、本当に放っておくと無茶するので」

 

「……」

 

 否定できない。

 

 あなたが黙ると、

 ルミナは少しだけ真面目な顔になった。

 

「……心配したんです」

 

 その声は小さかった。

 

「連絡も返さないし」

 

「毎日どこかで戦ってるし」

 

「怪我してても平気そうにするし」

 

 一歩近づく。

 

 青い瞳が真っ直ぐこちらを見る。

 

「だから今日こそ捕まえようって、思ってました」

 

「……捕獲対象みたいに言うな」

 

「実際そうです」

 

「お前までかよ」

 

 ただ、理由はわかった。

 

 プリンが心配していたのも、ルミナが動いていたのも。

 

 理解はできる。

 

「……まあ」

 

 あなたは頭を掻いた。

 

「そこまで言われると、文句言いづらいんだけど」

 

 プリンがほっとしたようにぷるんと揺れる。

 

「理解ある契約者で助かります」

 

「調子乗るな」

 

「ぷぇ」

 

 軽くデコピン、それからあなたはルミナを見る。

 

「で?」

 

「……?」

 

「どうやって“捕獲”するつもりだったんだよ」

 

 ルミナがぴくっとする。

 

 あなたは続けた。

 

「そろそろ管理庁に連れてくのか?」

 

「未登録魔法少女確保しましたー、みたいな」

 

「ち、違います!」

 

 ルミナが慌てて否定する。

 

「そういうんじゃなくて……!」

 

「じゃあなんだよ」

 

「……」

 

 急に黙る、視線が泳ぐ、耳が少し赤い。

 

 嫌な予感がした。

 

「……おい」

 

「その」

 

 ルミナは妙に気まずそうに口を開く。

 

「あなたと、一緒に住もうかなって……」

 

「……………………は?」

 

 数秒、思考が止まった。

 

 風が吹く。

 

 壊れた建物の隙間を、静かに抜けていく。

 

「……え?」

 

「だ、だから!」

 

 ルミナが真っ赤になる。

 

「管理です!」

 

「健康管理!」

 

「生活管理!」

 

「戦闘制限!」

 

「あとちゃんと寝かせます!」

 

「なんで同棲に至るんだよ!?」

 

「秋葉さんがそうした方がいいって……!」

 

「誰だよ秋葉さん!!」

 

「第三世代統括です!」

 

「上司案かよ!!」

 

 情報量が多い、頭が痛い。

 

 すると横からプリンが補足する。

 

「非常に合理的判断です」

 

「お前は黙れ」

 

「ノクス単独行動時、生活の破綻が確認されています」

 

「分析するな」

 

「ルミナさんなら食事も作れます」

 

 ルミナが固まった。

 

「え」

 

「以前ノクスの家で料理していましたよね」

 

「ぷ、プリンっ!?」

 

「なんでそんなとこだけ覚えてんだ!」

 

 あなたも赤くなる。

 

 ルミナは完全にしどろもどろだった。

 

「ち、違っ、あれはその、冷蔵庫の中身が酷くて……!」

 

「ゼリー飲料とエナジードリンクだけでした」

 

「言うなァ!!」

 

 プリンは容赦がなかった。

 

 ルミナは真っ赤なまま、

 それでも小さくあなたを見る。

 

「……でも」

 

 一瞬だけ。

 

 少し不安そうな顔。

 

「嫌……ですか」

 

「……」

 

 その顔はずるいと思った。

 

 あなたは思わず視線を逸らす。

 

「いや……その……」

 

 断りづらすぎる。

 

 あなたは頭を抱えた。

 

 一緒に住む、同棲、管理。

 

 情報量が多い。

 

「……」

 

 いや待て落ち着け。

 

 まず問題点を整理しろ。

 

 一番最初に浮かぶのは、当然性別問題だった。

 

 だが。

 

「……まあ、そこはギリなんとか……」

 

 あなたはぼそっと呟く。

 

 現在のあなたは、完全に女の子の姿だ。

 

 しかも、まだ一度も変身解除していない。

 

 というか解除方法がわからない。

 

 以前それをプリンへ聞いたことがあった。

 

『戻し方?』

 

『おう』

 

『知りません』

 

『殴るぞ』

 

 あの時は本気で殴ろうと思った。

 

 プリンはその後、

 “理論上は解除可能と思われます”だの、

 “現在調査中です”だの、

 完全に後付けみたいなことを言っていた。

 

 信用はしていない。

 

 つまり現状、あなたは社会的にも肉体的にも、ほぼ女の子として生活している。

 

 だから、ルミナと同居しても一応ギリギリ問題はない。

 

 あなたの精神衛生以外は。

 

「……」

 

 ちらっとルミナを見る。

 

 白いブレザー、整った姿勢、お嬢様みたいな雰囲気。

 

 そして今は、

 顔を真っ赤にしてこちらを見ている。

 

「……」

 

 妙に意識してしまう。

 

 というか、最近距離感が近かった。

 

 前から若干怪しかったが、ここ数日は特におかしい。

 

 やたら家へ来るし、食事を作るし、怪我を見るし、寝不足だと怒るし、普通に世話を焼いてくる。

 

 しかも、物理的な距離も近い。

 

 顔とか近い。

 

 そのたびに、あなたはなぜか変な緊張をしてしまう。

 

「……」

 

 いや待て、何考えてんだ俺。

 

 思考を振り払うように頭を振る。

 

 すると。

 

「……嫌、でしたか」

 

 ルミナが不安そうに聞いてきた。

 

 その顔は反則だと思った。

 

 あなたは思わず視線を逸らす。

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

「じゃあ」

 

「圧が強いなお前!?」

 

 ルミナがじりっと距離を詰める。

 

 プリンが横で頷く。

 

「外堀は既に埋まっています」

 

「お前ほんと何なんだよ!?」

 

 あなたは迷った。

 

 正直問題しかない。

 

 未登録魔法少女、正体不明、変身解除不能、管理庁案件。

 

 しかも同居相手は、現役トップクラスの魔法少女。

 

 冷静に考えれば、絶対ややこしくなる。

 

「……」

 

 でも、あなたはルミナを見る。

 

 青い髪、真っ直ぐな背筋、整った制服姿。

 

 相変わらず綺麗だと思う。

 

 けれど今、彼女の目にあるのは。

 

 “魔法少女ルミナ”の目じゃなかった。

 

 応援されるための笑顔でも、期待に応えるための仮面でもない。

 

 ただ、一人の女の子の目だった。

 

 不安そうで、でもどこか期待していて、あなたを見ている目。

 

「……」

 

 その目を見てしまうと、断れるわけがなかった。

 

 あなたは甘い。

 

 結局、困っている人間を放っておけない。

 

 泣きそうな顔をされると弱い、そういう人間だった。

 

「……はぁ」

 

 長いため息、観念したように頭を掻く。

 

「好きにしろよ……」

 

「……!」

 

 ルミナの目がぱっと開かれる。

 

「た、ただし!」

 

 あなたは慌てて付け足した。

 

「変な期待すんなよ!」

 

「へ、変なって……!?」

 

「そ、そういうアレじゃないからな!」

 

「わ、私だってしてません!!」

 

 真っ赤になりながら叫ぶルミナ。

 

 声が裏返っていた。

 

 完全に動揺している。

 

 すると横で、プリンがしみじみ頷く。

 

「契約成立ですね」

 

「言い方ァ!!」

 

「ぷぇっ」

 

 軽く叩かれて転がるプリン。

 

 ルミナはそんな様子を見ながら、小さく笑った。

 

「……ふふ」

 

 なんだその顔。

 

 妙に嬉しそうで。

 

 安心したみたいに笑うから。

 

 あなたはまた、少しだけ調子が狂うのだった。

 

 ――話は決まったな。

 

 その瞬間だった。

 

 ぐいっ。

 

「うおっ!?」

 

 ルミナが急に距離を詰めてきた。

 

 近い、近すぎる。

 

 反射的に後ずさろうとしたが、背中が瓦礫に当たる。

 

 逃げ場がない。

 

「ちょ、おま――」

 

 顔が近い、青い髪、整った睫毛。透き通るみたいな瞳、白い肌。

 

 普段はクールに見えるのに、こうして間近で見ると年相応の女の子っぽさが妙に強かった。

 

「……」

 

 思わず見惚れる、その瞬間。

 

「まず説教です」

 

「はい?」

 

 空気が変わった。

 

 ルミナの目が据わる。

 

「脇腹の傷」

 

「まだ治りきってませんよね」

 

「いやまあこれは――」

 

「魔力疲労も蓄積してます」

 

「……」

 

「睡眠不足」

 

「栄養不足」

 

「あと無茶しすぎです」

 

「反論の隙がねえ」

 

 ルミナは容赦がなかった。

 

 一歩、さらに距離を詰める。

 

「三日前、右肩脱臼しましたよね」

 

「なんで知ってんの!?」

 

「プリンです」

 

「お前ェ!!」

 

 プリンがぷるんと揺れる。

 

「共有済みです」

 

「共有するなァ!!」

 

 すると、ルミナがすぅっと目を細めた。

 

「ノクス」

 

「……はい」

 

「これからは私の許可なしに単独戦闘禁止です」

 

「いや待て」

 

「夜更かし禁止」

 

「いやだから」

 

「食事はちゃんと取る」

 

「人の話を聞け」

 

「重傷を隠したら怒ります」

 

「…………はい」

 

 気づけば。

 

 完全に押し負けていた。

 

 というか。

 

 なぜか逆らえない。

 

 ルミナは細いし、

 見た目も上品なお嬢様なのに。

 

 妙な圧がある。

 

 凛としていて。

 

 怒る時はしっかり怒る。

 

 そして何より。

 

 あなたを真っ直ぐ見てくる。

 

 そのせいで、

 妙に罪悪感を刺激されるのだ。

 

「返事」

 

「……はい」

 

 ルミナが満足そうに頷く。

 

 まるで。

 

 完全に躾け終わったみたいな顔だった。

 

 横でプリンが感心したように言う。

 

「見事な調教――」

 

「その単語を使うな!!」

 

 あなたは真っ赤になった。

 

 ルミナも数秒遅れて意味を理解し、

 耳まで赤くなる。

 

「ぷ、プリン!!」

 

「事実確認です」

 

「やめろォ!!」

 

 結局。

 

 その後。

 

 あなたはルミナに首根っこを掴まれるような勢いで連行され。

 

 まるで子犬みたいに、

 大人しく家へ向かうことになった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 家へ着いた頃には、もう夕方になっていた。

 

 どうやら、家の前が騒がしい。

 

「……なんか嫌な予感するんだけど」

 

 玄関前であなたは呟く。

 

 すると、タイミングを見計らったように、一台の大型搬送車が止まった。

 

「お届け物でーす」

 

「……は?」

 

 次々と運び込まれていく段ボール。

 

 家具、生活用品、衣類ケース、やたら上質そうな寝具。

 

 あなたは呆然と立ち尽くした。

 

「ちょっと待て」

 

「なんでこんな本格的なんだよ!?」

 

 ルミナが少し視線を逸らす。

 

「……準備、してました」

 

「いつから!?」

 

「三日前くらいから……」

 

「三日前!?」

 

 つまり、あなたが三日徹夜でアークを殴り続けていた頃。

 

 この子は、本気で同棲準備をしていたらしい。

 

 情報量が多い。

 

 さらに運び込まれる箱の中には。

 

「待てその炊飯器高くない!?」

 

「冷蔵庫も変わってません!?」

 

「生活環境改善は重要です」

 

「なんで業者みたいなこと言うんだよ!」

 

 ルミナは真顔だった。

 

 本気で住む気だ。

 

 あなたは頭を抱えた。

 

 すると横で、プリンがぷるぷる震えながら言う。

 

「いやぁ、懐かれてますねぇ」

 

「うるせえ」

 

「完全に巣作りフェーズです」

 

「その言い方やめろ!!」

 

 あなたは思わずプリンを掴んだ。

 

 ぷにっとした。

 

「ぷぇぇ」

 

「誰のせいでこうなってると思ってんだ!」

 

「半分くらいノクスの自業自得です」

 

「否定できねえのが腹立つ!」

 

 すると、ルミナが小さく吹き出した。

 

「ふふ……」

 

「笑うなよ……」

 

「だって」

 

 彼女は少し困ったように笑う。

 

「なんだか、家族みたいで」

 

「……」

 

 その言葉に、あなたは一瞬だけ黙った。

 

 家族。

 

 その響きが、少しだけ胸に引っかかる。

 

 でも、悪い気はしなかった。

 

 だから余計に、調子が狂う。

 

 ただ、そこでふとあなたは疑問に思った。

 

「……そういや」

 

「?」

 

「お前の家族、大丈夫なのか」

 

 同棲、しかもほぼ押しかけ。

 

 普通なら親が止める。

 

 というか、まず許可が必要な案件だ。

 

 あなたがそう聞くと、ルミナは少しだけ目を伏せた。

 

「……大丈夫です」

 

「いやでも」

 

「本当に」

 

 静かな声だった。

 

 どこか、慣れているみたいな声。

 

 あなたは少し眉をひそめる。

 

 ルミナは数秒黙ってから、ぽつりと話し始めた。

 

「私、母しかいないんです」

 

「……」

 

「でも」

 

 一拍。

 

「魔法少女になってすぐ、いなくなりました」

 

 空気が静かになる。

 

 運び込み作業の音だけが遠くで響いていた。

 

「失踪……ってやつです」

 

 ルミナは淡々と言った。

 

「今も見つかってません」

 

「……」

 

 あなたは言葉に詰まる。

 

 何か言おうとした。

 

 大丈夫か、とか。

 

 辛くなかったのか、とか。

 

 でも、その前に。

 

 ルミナが小さく笑った。

 

「まあ」

 

「母は、たぶん私のこと嫌いだったので」

 

「……は?」

 

 思わず声が漏れる。

 

 ルミナはどこか他人事みたいに続けた。

 

「だから大丈夫です」

 

「別に、珍しい話でもないですし」

 

 その笑い方が、妙に引っかかった。

 

 感情を押し込める時の笑い方だと、なんとなくわかってしまった。

 

 あなたは少し黙る。

 

 胸の奥が、じわっと嫌な感じにざわついた。

 

 嫌いだったから大丈夫?

 

 そんなわけあるか。

 

 でも、ルミナ自身がそう納得しようとしているのがわかるから。

 

 あなたは一瞬、何を言えばいいかわからなくなった。

 

「……母親の話」

 

 ルミナがこちらを見る。

 

「聞かせてくれないか」

 

 真っ直ぐ言った。

 

 ルミナは少し目を見開く。

 

 数秒、静かな沈黙。

 

 それから彼女は、ふっと小さく息を吐いた。

 

「……その前に」

 

「?」

 

「まず家事をちゃんとしましょう」

 

「は?」

 

 話の流れが急に変わった。

 

 あなたがぽかんとしていると、ルミナは呆れたように部屋を見回す。

 

「部屋、荒れてます」

 

「うっ」

 

「洗濯物も溜まってます」

 

「うっ」

 

「あと冷蔵庫」

 

「やめろ」

 

「ゼリー飲料しか入ってませんでした」

 

「そこはもう触れるな!!」

 

 ルミナは完全に主婦目線だった。

 

「こういう環境で真面目な話しても落ち着きません」

 

「理屈はわかるけど!」

 

「だからまず生活環境を整えます」

 

 きっぱり言い切られる。

 

 さらに。

 

「それと」

 

 ルミナがじっとこちらを見る。

 

「今日は絶対出勤しないこと」

 

「うっ」

 

「安静にする」

 

「……」

 

「戦闘禁止です」

 

「いやでもアークが出たら――」

 

「禁止です」

 

 ぴしゃり。

 

 完全に言い切られた。

 

 その目が妙に真剣で、あなたは思わず言葉に詰まる。

 

「……」

 

「約束できますか」

 

 逃がさないみたいな視線。

 

 あなたはしばらく抵抗しようとした。

 

 でも、結局。

 

「……わかったよ」

 

 しぶしぶ頷く。

 

 するとルミナが、

 少しだけ安心したように息を吐いた。

 

「なら、話します」

 

「……おう」

 

 そうして、二人の奇妙な同棲生活が本格的に始まった。

 

 まず部屋の掃除。

 

「なんでこんなエナジードリンクの缶あるんですか」

 

「戦果」

 

「ゴミです」

 

「ひどくない?」

 

 容赦なく袋へ突っ込まれる。

 

 さらに。

 

「服、洗います」

 

「えっ」

 

「それ、脱いでください」

 

「いや自分で――」

 

「徹夜常習犯に家事能力は期待してません」

 

「辛辣!」

 

 そして、気づけば。

 

 あなたはキッチンで皿を洗い、ルミナが隣で料理をしていた。

 

 夕焼けが部屋へ差し込む。

 

 鍋の音。

 

 包丁の音。

 

 漂う匂い。

 

「……」

 

 なんだこれ。

 

 妙に。

 

 落ち着く。

 

 ルミナも、どこか自然だった。

 

 エプロン姿で、当たり前みたいに隣へ立っている。

 

 それが妙に似合っていて、あなたは思わず見てしまう。

 

「……なんですか」

 

「いや別に」

 

「今、変なこと考えました?」

 

「考えてねえよ」

 

 即答。

 

 するとルミナが少し疑うような目を向けてきた。

 

「……本当に?」

 

「本当だって」

 

 そんなやり取りをしながら、二人は並んで家事をこなしていく。

 

 まるで、ずっと前からこうしていたみたいに。

 

 妙に生活感が完成していた。

 

 その様子を、テーブルの上からプリンがじーっと見ている。

 

「……なんだよ」

 

 あなたが気づいて声をかけると、プリンはぷるんと震えた。

 

「いえ」

 

「契約者が非常に従順だなと」

 

「は?」

 

「わたしが何度健康管理を提案しても聞かなかったのに」

 

「それはお前の言い方が機械的なんだよ」

 

「しかしルミナさんの言うことは素直に聞いています」

 

「……」

 

「まるで犬です」

 

「誰が犬だ」

 

 すると、ルミナが小さく吹き出した。

 

「ふふ……」

 

「笑うなって」

 

「でもちょっとわかります」

 

「お前も言うの!?」

 

 プリンはむすっとしたように揺れる。

 

「わたしは契約直後から睡眠と栄養を推奨していました」

 

「聞かなかったな」

 

「ですがルミナさんが言うと聞きます」

 

「……」

 

「差別では?」

 

「知らねえよ」

 

 あなたはそっぽを向く。

 

 するとプリンが、じぃーっと見上げてきた。

 

「……むぅ」

 

「なんだその顔」

 

「別に」

 

「絶対なんかあるだろ」

 

 ぷるぷる。

 

 少し不満げに震える。

 

「わたしだって心配していたのに」

 

「……」

 

「なのに契約者、わたしの言うこと全然聞かないですし」

 

 どこか拗ねた声だった。

 

「ルミナさんにはすぐ捕まりますし」

 

「捕まってねえ」

 

「完全に首輪付きです」

 

「その表現やめろ!!」

 

 ルミナがまた吹き出す。

 

「ぷ、プリン……っ」

 

「事実確認です」

 

「事実でもやめろ!」

 

 あなたが抗議すると、

 プリンはさらに不満そうに揺れた。

 

「わたしには反抗的なのに……」

 

「……お前、もしかして嫉妬してんのか?」

 

 ぴたり、プリンが固まる。

 

「……」

 

「えっ」

 

 ルミナも止まる。

 

 数秒沈黙。

 

 そして、プリンはぷいっとそっぽを向いた。

 

「知りません」

 

「図星じゃねえか」

 

「契約者がチョロすぎるのが悪いです」

 

「なんで俺が怒られてんだよ!?」

 

 

 

 そんなこんなで。

 

 掃除、洗濯、料理、食器洗い。

 

 諸々の家事が一通り終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 

「……疲れた」

 

 あなたはソファへ倒れ込む。

 

 すると。

 

「まだです」

 

 ルミナが真顔で言った。

 

「えっ」

 

「お風呂」

 

「…………」

 

 空気が止まり、あなたの思考も止まる。

 

 そうだった。

 

 同居だからつまり。

 

 風呂問題がある。

 

「……」

 

「……」

 

 妙に気まずい沈黙。

 

 ルミナも流石に少し顔が赤かった。

 

 視線が泳いでいる。

 

「じ、時間ずらせば問題ありません」

 

「そ、そうだな」

 

「先入りますか」

 

「い、いや先どうぞ」

 

「……」

 

「……」

 

 変な譲り合いが始まった。

 

 結局かなりぎこちない空気のまま、なんとか乗り越えた。

 

 ちなみに、あなたは風呂の間ずっと妙に落ち着かなかった。

 

 ルミナの気配があるだけで、変に意識してしまう。

 

 なんなら、シャンプーの匂いとか残ってて困る。

 

「……」

 

 落ち着け俺、何考えてんだ。

 

 そうやって自分に言い聞かせながら、なんとか平静を装って出てきたところで。

 

 テーブルの上のプリンが、にやぁっと揺れた。

 

「意識してました?」

 

「してねえ」

 

「お風呂長かったです」

 

「うるせえ!!」

 

「あと顔赤いです」

 

「殺すぞ」

 

 プリンは楽しそうだった。

 

 ルミナも。

 

「……っ」

 

 タオルを抱えたまま、恥ずかしそうに視線を逸らしている。

 

 耳が赤い、完全に意識していた。

 

 でも、彼女は小さく咳払いすると気持ちを切り替えるように座り直した。

 

「……約束でしたね」

 

「あ」

 

 母親の話。

 

 あなたも姿勢を正す。

 

 部屋が少し静かになった。

 

 プリンも空気を読んだのか、今度は黙っている。

 

 ルミナは少しだけ目を伏せた。

 

 それから。

 

「……昔のお母さんは、優しかったんです」

 

 ぽつり。

 

 ゆっくりと話し始める。

 

「普通の人でした」

 

「よく笑って」

 

「よく抱きしめてくれて」

 

「私、お母さんの隣が好きだったんです」

 

 その声は穏やかだった。

 

 懐かしむみたいに。

 

 でも、少しずつ影が混ざっていく。

 

「でも」

 

「八年前に、世界が変わった」

 

 アーク、崩壊、混乱。

 

 そして。

 

「お父さんが死んで」

 

 空気が少し重くなる。

 

「魔法少女が必要になって」

 

「……私に適性があるって、わかったんです」

 

 そこで、ルミナの指先が少しだけ強く握られた。

 

「お母さんは、変わりました」

 

「……」

 

「急に厳しくなって」

 

「勉強も」

 

「訓練も」

 

「全部」

 

 まるで別人みたいだった、と。

 

 ルミナは小さく笑った。

 

「怖かったです」

 

「怒られるのも」

 

「期待されるのも」

 

「出来損ないって言われるのも」

 

「全部」

 

 でも。

 

「……それでも」

 

 少しだけ、彼女の表情が柔らかくなる。

 

「魔法少女になれた時だけは」

 

「すごく、褒めてくれたんです」

 

 その瞬間を、今でも覚えているみたいに。

 

「頑張ったねって」

 

「偉いって」

 

「抱きしめてくれて」

 

「……嬉しかった」

 

 小さな声だった。

 

 あなたは黙って聞いている。

 

「だから私」

 

「頑張れたんです」

 

「怖くても」

 

「苦しくても」

 

「お母さんが見てくれてるならって」

 

「ちゃんと褒めてもらえるならって」

 

 そして。

 

「初陣に出ました」

 

 ルミナの声が少しだけ揺れる。

 

「……怖かったです」

 

「死ぬかと思いました」

 

 小さく笑う。

 

「実際、怪我もして」

 

「血まみれで帰って」

 

「ボロボロで」

 

「それでも」

 

「”頑張ったね”って言ってほしくて」

 

 あなたの胸がざわつく。

 

「でも」

 

 ルミナは静かに続けた。

 

「お母さん、そんな私を見て」

 

「すごく苦しそうな顔したんです」

 

「……」

 

「それから、一週間後」

 

「いなくなりました」

 

 失踪。

 

 その言葉が、静かに部屋へ落ちる。

 

「最後の会話は覚えてます」

 

 ルミナはゆっくり息を吐く。

 

 そして、少しだけ苦しそうに笑った。

 

『どうせ死ぬ』

 

『お前は弱い』

 

『そんな弱さじゃ、すぐ死ぬ』

 

『今すぐやめろ』

 

 部屋が静まり返る。

 

 あなたは無意識に拳を握っていた。

 

 ルミナは続ける。

 

「……悲しくて」

 

「わからなくて」

 

「だから訴えたんです」

 

 あの日の自分を思い出すみたいに。

 

「私はずっと怖かったって」

 

「でも」

 

「お母さんがいてくれたから頑張れたって」

 

「褒めてくれるのが嬉しくて」

 

「だから頑張ったんだって」

 

 そこで、ルミナの声が止まる。

 

 少し沈黙してから。

 

 彼女は小さく呟いた。

 

「そしたらお母さん」

 

「……すごく絶望した顔したんです」

 

「そのまま、いなくなりました」

 

 静寂。

 

 ルミナは笑っていた。

 

 でも、その笑顔は。

 

 ――泣きそうなくらい、寂しかった。

 

「……」

 

 その顔を見た瞬間だった。

 

 気づけば、あなたは動いていた。

 

「……え」

 

 ルミナの身体を、そっと抱き寄せる。

 

 細い、軽い。

 

 こんなに小さい身体で、ずっと戦ってきたのかと。

 

 あなたは今さら実感してしまう。

 

 アークと戦って、傷ついて、期待されて、笑って、壊れそうになっても立ち続けて。

 

 そんなことを、この小さな身体で続けていたのだ。

 

 ルミナが固まる。

 

「ノ、ノク――」

 

 あなたは何も言わず、頭を撫でた。

 

 ゆっくり、優しく、何度も。

 

「……」

 

 何を言えばいいのか、わからなかった。

 

 だから、ただ。

 

 今までルミナが欲しかったものを、与えるみたいに。

 

 抱きしめる。

 

 頭を撫でる。

 

 何度でも、何度でも。

 

「……頑張ったな」

 

 ルミナの肩が小さく震える。

 

「怖かったよな」

 

「……っ」

 

「ずっと、一人だったんだな」

 

 ルミナが、あなたの服をぎゅっと掴む。

 

 あなたはさらに抱き寄せた。

 

「でも」

 

 静かに告げる。

 

「これからは俺が隣にいる」

 

「……」

 

「寂しくさせない」

 

「……っ」

 

「ちゃんと笑わせる」

 

「だから」

 

 あなたは少しだけ力を込めた。

 

「もう、そんな顔すんな」

 

 ルミナの呼吸が止まる。

 

 数秒。

 

 静寂。

 

 そして。

 

「……っ、ぅ……」

 

 小さな嗚咽が漏れた。

 

 ルミナは顔を伏せたまま、あなたへしがみつく。

 

 まるで、ずっと堪えていたみたいに。

 

 あなたは何も言わない。

 

 ただ、優しく抱きしめ続けた。

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