それはそうと、1話で逆転される女♂
時間は深夜。
窓の外では、眠らない街の光が静かに瞬いていた。
あなたは一人、リビングの窓際に立っている。
ルミナは泣き疲れたあと、恥ずかしそうに「……おやすみなさい」と言って寝室へ逃げていった。
あれからだいぶ時間も経っているし、もう寝ている頃だろう。
「……」
あなたは夜景を見つめながら、これからのことを考える。
ルミナは変わった。
最近は笑うようになった。
前みたいな、壊れそうな笑顔じゃなくて。
ちゃんと年相応に笑う瞬間が増えた。
それは、きっと良いことだ。
でも、世界は何も変わっていない。
アークは消えていない。
むしろ、最近は数が増えている。
出現頻度も、被害も、魔法少女たちの負担も。
全部、悪化している。
「……」
あなたが考え込んでいると。
テーブルの上から、プリンがぴょこんと揺れた。
「最近は増えていますね」
「うおっ」
思わず振り返る。
「急に会話入ってくんな」
「考えていたでしょう」
「……心読んだ?」
「相棒ですから」
プリンがドヤ顔っぽく胸を張った。
ちょっとうざい。
「いや絶対読んだだろ今」
「読んでません」
「間が怪しい」
「阿吽の呼吸です」
「便利な言葉で誤魔化すな」
あなたが半目になると、プリンはぷるんと笑うように揺れた。
「しかし事実です」
「アーク出現率はこの数週間で増加傾向」
「特に夜間出現が増えています」
「……」
「今の魔法少女戦力では、いずれ限界が来ます」
静かな声だった。
ふざけているようで。
時々プリンは、妙に現実を突きつけてくる。
あなたは窓の外へ視線を戻した。
「……止まんねえな」
「はい」
「世界も」
「俺もな」
プリンは少しだけ黙る。
それから。
「止まる気、あります?」
「……ないな」
即答だった。
あなた自身、もう理解している。
力を手に入れてしまった。
守れなかったものへ手を伸ばせる可能性を。
無力じゃなくなった実感を知ってしまった。
だから、止まれない。
止まりたくない。
「ルミナさんは止めたがっていますけどね」
「だろうな」
「どうします?」
「……どうもしない」
あなたは小さく笑う。
「心配させるのは悪いけど」
「俺はたぶん、戦うのやめられねえよ」
その目は、夜景の光を映しながらどこか危うく燃えていた。
「あなたが戦闘狂なのはさておき」
「誰がだ」
「自覚がないのが一番危険です」
「うるせえ」
あなたが眉をひそめると、プリンは気にした様子もなく話を続けた。
「それより」
「わたしの能力について、少し説明しておきます」
「能力?」
「はい」
プリンは静かに揺れる。
「わたしは“寄生型アーク”です」
「……寄生型、そういえばそうだったな」
プリンは頷く。
「通常の寄生型アークは、他のアークへ寄生して生存します」
「同族に?」
「はい」
「アーク同士で魔力や情報を共有し、増殖するタイプですね」
「気持ち悪」
「わたしも本来ならそのはずでした」
プリンは少しだけ間を置く。
「ですがわたしは、寄生ができなかった」
「……そうだったな」
「特異個体です」
静かな声だった。
「他のアークへ接続できない」
「拒絶される」
「だから」
「わたしはアーク側からも異物なんです」
あなたは少し黙る。
プリンは続けた。
「当然、敵対視されます」
「普通のアークは、わたしを見つけ次第排除しようとする」
「だからわたしは」
「先に気づく必要があった」
「……」
「生き残るために」
その言葉は妙に淡々としていた。
当たり前のことを話すみたいに。
「結果として」
「わたしはアークの位置や魔力反応を感知できるようになりました」
「それがスマホの通知か」
「はい」
最近、プリンはスマホへ直接アーク出現情報を表示するようになっていた。
管理庁の情報網より早い時すらある。
「……便利すぎるだろ」
「生存本能です」
「切実だな」
「実際、死活問題でしたので」
プリンはさらりと言う。
あなたは窓へ寄りかかったまま、小さく息を吐いた。
「……お前も大変だったんだな」
すると。
プリンが少しだけ止まった。
「……」
「なんだよ」
「いえ」
どこか不思議そうに揺れる。
「普通はまず警戒すると思っていました」
「お前のこと?」
「はい」
「アークですし」
「寄生型ですし」
「危険存在ですし」
「……まあ」
あなたは頭をかく。
「最初は意味わかんなかったけど」
「でも、お前が力をくれたのは事実だろ」
「……」
「俺、ずっと無力だったからさ」
窓の外を見る。
届かなかったもの。
救えなかったもの。
どうにもできなかった現実。
「だから」
「力をくれたことには感謝してる」
プリンは黙っていた。
しばらくして。
小さく揺れる。
「……契約者は変です」
「お前にだけは言われたくねえ」
「普通はもっと疑います」
「今さらだろ」
あなたは少し笑う。
「俺も十分イレギュラーだ」
その言葉に、プリンはどこか納得したように静かに揺れていた。
「それで?」
あなたは窓際にもたれたまま続ける。
「わざわざその話したってことは」
「理由あるんだろ」
プリンは黙ってこちらを見た。
その沈黙だけで、空気が少し変わる。
「……あります」
静かな声、さっきまでの軽口が消えていた。
あなたは目を細める。
「何だ」
プリンは数秒言葉を選ぶように揺れた。
そして。
「近いうちに」
「非常に強力なアークが来ます」
部屋の空気が止まる。
「……強力って?」
「今までの個体とは比較になりません」
「は?」
「少なくとも」
「通常の第三世代魔法少女では対処困難です」
あなたの表情が少し変わる、今の主力。
管理庁の中核、その基準を超えるということだ。
「……なんでわかる」
「感知しています」
プリンは即答した。
「ずっと」
「近づいてきている巨大な魔力反応を」
その声には、珍しく緊張が混ざっていた。
「普通のアークではありません」
「おそらく、かなり古い個体です」
「古い?」
「はい」
「それに……」
プリンが少し言い淀む。
「わたしは、あれを知っています」
「……は?」
あなたが眉をひそめる。
プリンは一瞬、何かを言いかけた。
「名称は――」
そこで止まる。
「……いえ」
「まだ伏せます」
「なんでだよ」
「あなたが余計に突っ込むので」
「信用ねえなあ!?」
「実績があります」
即答だった。
あなたはぐっと詰まる。
否定できない。
「ただ」
プリンは真面目な声へ戻る。
「これは危険です」
「今までとは違う」
「あなたでも無傷では済みません」
「……」
「むしろ」
プリンはじっとこちらを見る。
「死ぬ可能性があります」
夜の部屋が静まり返る。
でも、あなたは少しだけ目を細めた。
「そうか」
「反応が軽い」
「いや」
あなたは窓の外を見る。
「止めなきゃいけねえだろ」
「……」
「こんなのが街に来たら」
「また誰か死ぬ」
静かな声だった。
でも、その奥には妙な執念が燃えている。
プリンは少しだけ黙る。
「だからあなたは危ないんです」
「?」
「自分が壊れる前提で動くので」
あなたは苦笑する。
「今さらだろ」
「今さらです」
プリンは即答した。
その声音には、少しだけ心配が混ざっていた。
あなたはふと、プリンへ視線を向けた。
いつもより落ち着きがない。
微妙に揺れ方が硬い。
「……なあ」
「なんですか」
少し間を置いて。
あなたは正直に口を開く。
「最近アークが増えたのって」
「お前のせいか?」
空気が止まった。
プリンが固まり、あなたは続ける。
「最初に戦った鳥のアーク」
「あいつ、俺らの魔力見て妙に興奮してただろ」
あの異様な反応。
獲物を見つけた以上の、執着みたいな熱。
「最初は」
「単純に魔力が多いからかと思った」
「でも違った」
あなたはこの数週間を思い返す。
戦闘、アーク、殺し合い。
「魔力制御はもうできてる」
「無駄に漏らしてるわけじゃない」
「なのに」
「異様に反応する個体が多い」
それは偶然にしては多すぎた。
「それに」
あなたは静かに続ける。
「アークが増え始めたのって」
「そもそも俺が魔法少女になってからだろ」
プリンは答えない、沈黙。
あなたは小さく息を吐く。
「理由まではわからねえ」
「でも」
「疑う理由には十分だ」
静かな夜、プリンはしばらく黙っていた。
やがて。
「……はい」
小さく、認める声。
「無関係ではありません」
あなたは目を細める。
「やっぱりか」
「ただ」
プリンはすぐ続けた。
「わたしは、あなたを騙すつもりはありませんでした」
「……」
「巻き込むつもりも」
「利用するつもりも」
「本当に、なかった」
その声はあまりにも弱々しい。
「理由はあります」
「アークが集まる理由も」
「私が狙われる理由も」
「全部」
「……でも、言えないのか」
プリンは静かに揺れた。
「まだ」
「はい」
短い返答。
それ以上は踏み込めない空気だった。
あなたは少しだけ考える。
普通なら怒るべきなのかもしれない。
騙されていると責めてもいい。
実際、危険は増えた。
ルミナも巻き込まれている。
だけど。
「……ふーん」
あなたは肩をすくめた。
プリンが少し驚いたように揺れる。
「怒らないんですか」
「完全に嘘ついてた感じじゃねえし」
「……」
「それに」
あなたは窓の外を見る。
「お前、わりと顔に出るからな」
「出てません」
「今もめちゃくちゃ気まずそうだぞ」
「気のせいです」
「絶対違う」
プリンは少し黙る。
そして。
「……契約者は甘いです」
「知ってる」
あなたは苦笑した。
「でも」
「お前が隠してる理由くらいはわかる」
「?」
「今言ったら、俺が止まらなくなるんだろ」
プリンが止まった。
図星だった。
「……本当に」
「変なところで鋭いですね」
「褒め言葉として受け取っとく」
深夜の静かな部屋。
窓の外では、街の光がまだ消えていない。
そして、近づいてくる何かを思いながら。
あなたは静かに目を細めていた。
そして、しおらしく黙り込んでいるプリンを見て、ふっと口元を緩める。
「……なんか」
「落ち込んでるお前、可愛いな」
「は?」
プリンがぴたりと止まった。
「いや、だって」
「いつも偉そうなのに、今めちゃくちゃしおらしいし」
「そんなことありません」
「あるある」
あなたは笑いながら、
ひょいとプリンを抱き寄せた。
「……!?」
「よしよし」
「な、何を」
そのまま頭を撫でる。
優しく。
くしゃくしゃと。
プリンが完全に硬直した。
「契約者」
「なんですかこれは」
「愛でてる」
「やめてください」
「嫌です」
「即答……」
しかも、あなたはちょっと楽しんでいた。
「お前、こういうの弱いんだな」
「契約者が距離感おかしいからです。私はアークです」
「今さらだろ」
「今さらです」
認めた。
しかも少しテンパっているのか、妙に声が機械的になっている。
「感情処理が追いついていません」
「ロボかお前」
「違います」
「でも今ちょっと電子音みたいだったぞ」
「気のせいです」
若干早口だった。
あなたは吹き出す。
プリンは恥ずかしいのか、妙にぎこちない。
でも逃げない。
なんとなく、それが面白かった。
「それで」
あなたはようやく話を戻した。
「敵はいつ来る」
プリンは数秒沈黙してから答える。
「……三日後です」
「三日後か」
あなたは軽く目を細める。
そして。
「あぁ」
「それは好都合だな」
「?」
プリンが不思議そうに揺れる。
「その日、ルミナいねえから」
「……ああ」
思い出したようにプリンが頷く。
「第三世代特集の取材でしたか」
「らしいな」
魔法少女管理庁へ、メディアが来る日。
“第三世代魔法少女特集”。
期待の新世代、人類の希望、人気特集。
そんな感じの、いかにもな企画だ。
「しょうもな」
あなたは率直に呟く。
「戦ってる奴ら追い回して何が楽しいんだか」
「民衆需要です」
「嫌な言葉だなそれ」
でも、今回ばかりは都合がいい。
ルミナがいない。
つまり、あなたが無茶をしても止める人間がいない。
プリンはじっとこちらを見る。
「……ろくでもないことを考えていますね」
「失礼だな」
「図星です」
「まあ否定はしない」
あなたは笑う。
するとプリンは、少しだけ真面目な声になった。
「今回の相手は本当に危険です。」
「あなたでも死ぬ可能性があります」
その言葉に、あなたは少しだけ黙った。
そして、ふっと笑う。
「死なねえよ」
「……」
「約束したからな」
脳裏に浮かぶ。
泣きながら、あなたにしがみついていたルミナ。
隣にいると。
寂しくさせないと。
笑わせると。
あなたは確かに言った。
「だから」
「ちゃんと帰る」
「……契約者」
「心配すんな」
あなたはプリンを軽く持ち上げた。
「お前も連れて帰る」
プリンはしばらく黙っていた。
そして。
静かに揺れる。
「……了解しました」
少しだけ、
機械みたいな声。
「同行モードへ移行します」
「だからお前テンパると機械っぽくなるのなんなんだよ」
「仕様です」
「仕様なのかよ」
あなたは思わず笑った。
そして。
優しくプリンを見て言う。
「よろしくな、相棒」
その瞬間。
プリンが完全に停止した。
「………………」
「おい?」
「……システム」
「感情負荷上昇」
「処理遅延発生」
「おい待て」
「照れてんのか?」
「否定」
「高速否定」
「これはただの内部エラーです」
「めちゃくちゃ動揺してるじゃねえか」
「違います」
「違います」
「違います」
「三回言った」
プリンはぷるぷる震えていた。
機械みたいな口調なのに、
隠しきれないくらいには。
ガチで照れていた。
可愛い。
*
二日間、あなたたちは珍しく平和に過ごしていた。
もちろんアークは出現した。
だが“何故か”、数が少なかった。
ここ最近の異常な頻度が嘘みたいだ。
ぽつぽつ現れては、あっさり片付く程度。
おかげで。
「ノクス」
「今日は帰宅後すぐ休憩です」
「……わかってる」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん?」
「……善処します」
あなたはルミナのお説教を、珍しく回避できていた。
無茶をしていないからだ。
できなかったというべきか。
ルミナが同居してから、あなたの生活リズムは強制的に矯正されつつある。
「食事は?」
「食べた」
「お野菜は」
「……たぶん」
「たぶん?」
「……後で食べる」
完全に飼い慣らされつつあった。
プリンが横で呆れる。
「犬ですね」
「うるせえ」
「でも契約者、最近かなり従順です」
「誰のせいだと思ってんだ」
「ルミナです」
「即答かよ」
ルミナは少し困ったように笑う。
その笑顔は、前よりずっと自然だった。
あなたはなんとなく安心する。
こんな風に笑えるなら、少しくらい平和な時間があってもいい。
――まあ。
明日、厄介事が来る予定なのだが。
そして。
その“強力なアーク”については、まだ管理庁側も感知していないらしかった。
「本当に気づいてないのか?」
あなたがソファでだらけながら聞くと、プリンは小さく頷く。
「はい」
「現時点で管理庁の観測網に異常反応はありません」
「……なんでそんなことわかるんだよ」
「情報収集です」
「いやどうやって」
プリンは少しだけ視線を逸らした。
「企業秘密です」
「絶対ろくでもないだろ」
「否定はしません」
「しろよ」
あなたは呆れる。
すると、ルミナが少し首を傾げた。
「でも、本当に不思議ですね」
「こんな規模のアークなら」
「普通、もっと早く警戒情報が出るはずなのに……」
「隠れてるんじゃねえの」
「……ありえます」
プリンが静かに答える。
「知性の高い個体なら」
「観測を避けることもありますので」
その言葉に、空気が少しだけ重くなった。
だが、ルミナはまだ知らない。
明日に“何か”が来ることを。
あなたも、まだ言っていなかった。
言えばきっと、この平和は終わるから。
*
家へ帰る。
そして、ご飯を食べる。
最近では、それが妙に当たり前になっていた。
「はい、ノクス」
ルミナが料理をテーブルへ並べる。
白いご飯、味噌汁、焼き魚。
そして、野菜。
「……」
あなたは真顔になった。
「ちゃんと食べてくださいね」
「……努力はする」
ルミナがじーっと見る。
その視線を受けながら、あなたはそっと箸を動かした。
自然な動作で、極めて自然に、ピーマンを皿の端へ避難させる。
「ノクス」
「……」
「ノクス?」
低い声、あなたは視線を逸らした。
「いや、ほら」
「順番ってあるだろ」
「最後に食べようとしてた」
「ピーマンだけ?」
「……」
ルミナがじっと睨む。
あなたも無言で対抗する。
数秒、先に負けたのはあなただった。
「……食えばいいんだろ」
ものすごく嫌そうな顔で、ピーマンを口へ放り込む。
「にが……」
「子供ですか」
「うるさい」
プリンが横で呆れていた。
「契約者、味覚年齢が低すぎます」
「お前は食わねえだろ」
「わたしは高次存在ですので」
「便利だなお前」
そんな、いつも通りの食事。
少し騒がしくて、でもどこか安心する時間。
その最中だった。
「……」
ふと。、ルミナがこちらをじっと見ていることに気づく。
「……なんだよ」
あなたが聞くと、ルミナは少しだけ目を細めた。
「ノクス」
「ん?」
「何か隠してますよね」
「ぶっ」
思わず変なタイミングで味噌汁を飲みかけた。
「げほっ……な、なんでそうなる」
「わかります」
「怖」
「最近、少し変です」
ルミナは真っ直ぐこちらを見る。
「考え事も多いですし」
「プリンとも妙にこそこそしてますし」
「あと」
一拍。
「二日前くらいから、なんだか少し優しいです」
「なんだその分析」
「違いますか?」
「……」
図星だったあなたは視線を逸らす。
すると、ルミナがさらにじっと見る。
「やっぱり何かありますね」
「いや」
「その」
「……別に」
誤魔化そうとする。
だが、ルミナの視線が鋭い。
めちゃくちゃ鋭い。
しかし今回は、プリンも珍しく協力的だった。
「ルミナ」
プリンが静かに口を挟む。
「契約者は最近、健康的な生活を強いられているので」
「精神的ダメージが蓄積しています」
「誰のせいだと思ってんだ」
「野菜です」
「野菜に罪を押し付けるな」
ルミナが少し呆れたように笑う。
「本当にそれだけですか?」
「……それだけだ」
「本当に?」
「本当に」
あなたはなんとか平静を装う。
プリンも横で頷いた。
「はい」
「契約者は最近、ピーマンへの恐怖で情緒不安定です」
「話盛るな」
「事実です」
「違う」
ルミナはまだ少し疑っていた。
でも、最終的には小さく息を吐く。
「……なら、いいですけど」
完全には納得していない顔だった。
あなたは内心、冷や汗をかいていた。
すると、ルミナがふっと目を細める。
「……ノクス」
「ん?」
「今、焦ってるでしょ」
「っ」
あなたは思わず止まった。
その反応を見て、ルミナが小さく笑う。
「やっぱり」
「え、いや」
「わかりやすいですよ?」
「ノクス、隠し事すると目が泳ぎますし」
「あと、ちょっと早口になります」
「うっ」
「それから誤魔化そうとすると、急にぶっきらぼうになります」
「分析やめろ」
「今も焦ってますね」
「……」
また、あなたは視線を逸らした。
すると、ルミナが楽しそうに笑う。
「ふふっ」
「……なんか最近、お前ちょっと意地悪になってない?」
「ノクス相手限定です」
「限定かよ」
しかも即答だった。
あなたはさらに焦る。
プリンが横でぼそっと呟く。
「契約者、完全に追い詰められています」
「誰のせいだと思ってんだ」
「日頃の行いです」
「敵しかいねえ」
あなたが項垂れると、ルミナは少しだけ困ったように笑った。
そして。
「……仕方ないですね」
「?」
「今回は」
「ごまかされてあげます」
その言葉に、あなたは目を瞬かせた。
「……いいのか」
「はい」
ルミナは静かに頷く。
「ノクスが言いたくないなら」
「きっと理由があるんでしょうし」
「……」
「でも」
ルミナは少しだけ真面目な顔になる。
「無理だけは、しないでください」
その声は優しかった。
だからこそ、胸が少し痛んだ。
あなたは誤魔化すように、残っていたピーマンを口へ放り込む。
「にが……」
「話逸らしましたね」
「うるさい」
「にが……」
「話逸らしましたね」
「うるさい」
あなたが不機嫌そうに言うと、ルミナはくすっと笑った。
そして。
「……じゃあ」
「?」
「ごまかされてあげるので」
一拍。
「ご褒美ください」
「は?」
あなたは思わず変な声を出した。
ご褒美?誰に?なんで?
混乱していると、ルミナがこちらへ手招きする。
「ノクス、こっち」
「……何する気だ」
「いいから」
少し楽しそうな声、嫌な予感しかしない。
だが、ここで拒否するとまた追及されそうだった。
あなたは警戒しながら近づいた。
「……で?」
「ん」
次の瞬間。
ぐいっ。
「うおっ!?」
腕を掴まれる。
そのまま。
あなたの身体は、ルミナの膝の上へ収まっていた。
「…………は?」
理解が追いつかない。
だが、物理的には非常にしっくりきてしまっていた。
あなたは身長が低い。
150センチ程度。
一方、ルミナは170センチ近い。
だから、こうして座らされると割とすっぽり収まる。
「……」
「……」
数秒、あなたの思考が停止した。
後ろから、ルミナの体温が伝わる。
柔らかい。
近い。
近すぎる。
「る、ルミナさん?」
「なんですか?」
「近い」
「そうですね」
「なんで平然としてんだよ」
あなたが動揺している間にも。
ルミナは普通に箸を持つ。
そして。
「はい、あーん」
「…………」
あなたの脳が再停止した。
「いや待て」
「なんで?」
「ご褒美です」
「誰への!?」
「私へのです」
「理屈がわからん!」
しかし、ルミナは妙に満足そうだった。
「ほら」
「あーん」
「いや子供じゃ」
そこで、ルミナがじっと見る。
「食べないんですか?」
「……」
圧。
妙な圧がある。
しかも逃げようにも、体勢的に逃げにくい。
プリンが横でぼそっと言う。
「完全に飼われていますね」
「うるせえ……」
あなたは観念した。
恥ずかしさで死にそうになりながら、口を開ける。
「……あー」
ルミナが嬉しそうに笑った。
「はい、よくできました」
「なんだこれ……」
しかも、食べさせられたのは野菜だった。
「にがっ!?」
「ちゃんと食べて偉いですね」
「罠じゃねえか!!」
ルミナが楽しそうに笑う。
最近、この女はあなたの扱いに慣れてきていた。
あなたは当然、抵抗する。
「ちょ、待て」
「自分で食える」
「さっき野菜避けてましたよね」
「うっ」
「はい、あーん」
「だから子供扱いすんなって……!」
だが、逃げようにも後ろから抱き込まれている状態なので動きづらい。
それに。
「……っ」
柔らかい感触が背中に当たる。
近い、近すぎる。
ルミナは背が高い。
だから自然と、あなたを包み込むような体勢になる。
結果、胸の感触がめちゃくちゃ伝わる。
(やばい)
あなたの思考がぐらつく。
ドキドキどころではない。
なんというか、変な気分になる。
落ち着かない、頭が熱い。
しかも、ルミナの匂いが近い。
シャンプーの甘い香り、柔らかい声、体温、全部近い。
「ノクス?」
「……」
「食べないんですか?」
「いや、その」
あなたは完全に挙動不審だった。
そんなあなたを見て、ルミナは少しだけ目を細める。
そして、耳元へ顔を寄せた。
「……ちゃんと食べないなら」
囁く、甘く、静かな声で。
「私があなたを食べてしまいますよ?」
「っ!!?」
あなたの心臓が跳ねた。
思考停止、完全停止。
しかも、その言い方がずるい。
普段より少し低い声。
冗談っぽいのに、妙に色気がある。
あなたは思わず振り返る。
すると、すぐ近くにルミナの綺麗な顔があった。
「~~っ」
心臓がおかしくなる。
あなたの中身は男だ。
のはずなのに。
何故か。
胸がきゅうっと締め付けられる。
まるで。
恋する乙女みたいに。
「な、な、な……」
言葉も出ない。
さっきまで男っぽく喋っていたのに。
今は完全に、可愛い女の子みたいな反応になっていた。
ルミナが少し驚く。
「……ノクス?」
「顔、真っ赤ですよ?」
「うる、さい……」
声は弱く、全然迫力がない。
プリンが横で静かに呟いた。
「契約者」
「完全敗北です」
「黙れぇ……」
プリンの茶々にも、あなたはまともに反論できなかった。
声が弱く、全然いつもの勢いがない。
そんなあなたを見て、ルミナが楽しそうに笑った。
「ふふっ」
「照れちゃって可愛いですね」
「……っ」
「しかも」
ルミナはさらに顔を寄せる。
あなたの耳元で、くすぐるみたいに囁いた。
「口調、女の子になってますよ?」
「!?」
あなたは硬直した。
「い、いや」
「なってな」
「なってます」
即答だった。
「いつも男の子みたいに喋るのに」
「恥ずかしくなると、ちゃんと女の子になっちゃうね」
「~~っ」
やめてほしい。
その指摘は本当にまずい。
自覚してしまうから。
しかも、ルミナは完全に面白がっていた。
「可愛いですね、ノクス」
「うぅ……」
もうまともに反論できない。
頭が熱い、近い、恥ずかしい。
逃げたい、でも逃げられない。
そして、ルミナは最後の追撃みたいに。
耳元へ唇を寄せ、甘く囁いた。
「……可愛いわんちゃんね」
「っ!!」
その瞬間、あなたの脳が痺れた。
何も考えられない。
ルミナはまるで女王様みたいだった。
余裕たっぷりで、綺麗で、あなたを完全に追い詰めている。
そして、ルミナは楽しそうに箸でピーマンを持ち上げた。
「ノクス」
「……っ」
「ピーマン、ちゃんと食べれる?」
あなたは反射的に返事をしようとした。
「た、食べ――」
だが。
ぐいっ。
「っ!?」
ルミナの指が、あなたの顎を持ち上げる。
強引じゃない。
でも逆らえない。
そのまま顔を近づけられる。
青い瞳が、すぐ近くにあった。
「返事は?」
ルミナが微笑む。
そして、甘く命令するみたいに囁いた。
「……ワン、でしょ?」
「~~っ!!」
頭が真っ白になる。
羞恥、敗北感。
なのに、逆らえない。
あなたは震えながら口を開いた。
「……わ、ワン……」
一瞬、部屋が静かになる。
そして、プリンが耐えきれなくなった。
「契約者」
「完全に飼い犬です」
「も、もうやだぁ……」
*
深夜、静かな部屋。
ルミナはもう寝室へ行っていた。
あれから何度も「あーん」をされた。
野菜を食べさせられ、散々からかわれ、満足したのかルミナは上機嫌のまま「おやすみなさい」と寝に行った。
残されたあなたはというと。
「…………」
ソファへ顔を埋めていた。
まだ恥ずかしく、思い出すだけで無理だ。
『ワン、でしょ?』
「っ~~~~!!」
あなたはクッションへ顔を押し付けた。
やばい、あれはやばい。
完全に押し切られた。
しかも、自分でも意味がわからないくらい逆らえなかった。
「……なんなんだよあいつ」
ぼそっと呟く。
最近のルミナは、明らかに余裕がある。
前みたいな張り詰めた感じが減った。
笑うし、甘えるし、からかうし、そして何よりあなたへの距離が近い。
「近すぎるだろ……」
後ろから抱き込まれた感触を思い出す。
柔らかかった、温かかった、匂いも近かった。
「うぅ……」
あなたは再び顔を埋めた。
すると、横からプリンが呆れた声を出す。
「契約者」
「情けない声が漏れています」
「うるせえ……」
「完全敗北した犬の鳴き声でした」
「忘れろ」
「録音済みです」
「消せぇ!?」
プリンは少し楽しそうだった。
あなたは半泣きで項垂れる。
すると、プリンがじっとこちらを見る。
「……もしかして契約者」
「なんだよ」
「そういう素質があるのでは?」
「は?」
「いわゆる」
一拍。
「ドMというやつです」
「違ぇよ!!」
あなたは即座に顔を上げた。
「どこをどう見たらそうなる!」
「非常に嫌そうにしながら」
「最終的に全部従っていました」
「ぐっ」
「しかも途中から若干嬉しそうでした」
「そんなわけあるか!」
「では“ワン”はなんだったのです?」
「やめろぉ!!」
あなたはクッションを投げた。
プリンはひらりと回避する。
「図星ですか?」
「違う!」
「でも逆らえませんでした」
「違うんだよあれは!」
「ルミナが強すぎたんだよ!」
「なるほど」
「責任転嫁ですね」
「うるせえ!!」
プリンは完全に面白がっていた。
あなたは再びソファへ沈む。
だが、そんな風に騒ぎながらも。
心のどこかでは、ルミナが笑うようになったことを嬉しいと思っている自分もいた。
……それはそれとして。
「最近のルミナ、強くないか……?」
「はい」
プリンは即答した。
「完全に契約者の扱いを理解し始めています」
「やめろ怖い」
「なお今後さらに悪化する可能性があります」
「なんで予測できるんだよ」
「ルミナが楽しそうなので」
「最悪だ……」
あなたは深く項垂れる。
そして、静かな夜の部屋で。
明日来る“敵”のことを、一瞬だけ忘れていた。
だが、あなたはすぐに表情を切り替えた。
さっきまでの騒がしい空気を、静かに押し込める。
「……プリン」
「はい」
「例のアーク」
「動きは?」
プリンも空気を読むように、真面目な声へ戻った。
「変化ありません」
「予定通り」
「明日、来ます」
静かな返答、部屋の空気が少し冷える。
あなたはソファへ背を預けながら、小さく息を吐いた。
「……なぁ」
「なんですか」
あなたは少しだけ笑う。
「今日のルミナ」
「可愛かったな」
「……」
一瞬、プリンが無言になる。
犬みたいな、猫みたいな、なんとも言えない顔がじーっとこちらを見た。
「それはどちらかというと」
「契約者の方では?」
「うるさい」
「完全に犬でした」
「忘れろ」
「録音済みです」
「ほんと消せよそれ……」
あなたは顔をしかめる。
だが、すぐにその表情を消した。
「……でも」
静かな声。
「俺」
「ああいうルミナを守りたいんだよ」
プリンが黙り、あなたは窓の外を見る。
「笑っててほしい」
「幸せそうにしててほしい」
「普通に飯食って」
「普通に笑って」
「変なことで調子乗って」
「そういうのでいい」
ルミナはようやく、少しずつ変わり始めた。
ずっと張り詰めていた少女が、最近やっと年相応に笑うようになった。
だから。
「……明日は」
「絶対、一人で戦いたい」
あなたは静かに告げる。
「ルミナには来てほしくない」
「協力してくれ」
プリンはしばらく黙っていた。
珍しく、迷うみたいに。
「……契約者」
「今回は本当に危険です」
「知ってる」
「死ぬ可能性も」
「死なねえって」
あなたは笑う。
「約束したからな」
寂しくさせない。
笑わせる。
隣にいる。
あなたはそう言った。
だから、絶対に帰る。
プリンは小さく揺れる。
そして。
「……わかりました」
「任せてください」
少し心配そうにしながらも、プリンは頷いた。
「ちゃんとサポートします」
「おう」
「なので死なないでください」
「努力はする」
「その言い方不安です」
あなたは少し笑う。
プリンも小さく揺れる。
そして、静かな夜の中。
明日来る戦いへ向けて、二人は静かに覚悟を固めていた。
私の性癖は満たされつつあります。
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