転生者がTS魔法少女になって頑張る話。   作:メルヘン侍

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そういえばなんですけど、ハーレムですこれ。


第八話

 翌日 昼頃。

 

 あなたは玄関先でルミナを見送っていた。

 

 白を基調にした上品なブレザー。

 袖の銀ライン。

 淡い青のリボンタイ。

 

 今日もルミナは、いかにも“優秀な魔法少女”という姿だった。

 

 もっとも、向かう先は学校ではなく魔法少女管理庁なのだが。

 

「第三世代特集、だっけ」

 

「はい」

 

 ルミナは少しだけ困ったように笑う。

 

「正直、こういう取材は苦手なんですけど……」

 

「人気者は大変だな」

 

「他人事みたいに言いますね」

 

「他人事だし」

 

「ノクスも十分目立ってますよ?」

 

「未登録だからセーフ」

 

「絶対セーフじゃないです」

 

 ルミナは呆れながらも、

 どこか楽しそうだった。

 

 そして、あなたをじっと見る。

 

「今日もちゃんと休んでくださいね」

 

「わかってる」

 

「本当に?」

 

「……善処する」

 

「信用できません」

 

 即答だった。

 

 あなたは視線を逸らす。

 

 すると、ルミナが少しだけ笑う。

 

「帰ったら確認しますからね」

 

「こわ」

 

「あと」

 

 一拍。

 

「お野菜、残しちゃだめですよ?」

 

「そこまで管理されるの?」

 

「されます」

 

「横暴だ……」

 

 ルミナはくすっと笑う。

 

 その笑顔を見て、あなたは改めて思う。

 

 守りたい、と。

 こんな風に、笑っていてほしいと。

 

「……じゃあ、行ってきます」

 

「おう」

 

 ルミナは最後に小さく手を振って、管理庁へ向かった。

 

 その姿が見えなくなるまで見送って、あなたは静かに息を吐く。

 

「……さて」

 

 空気が変わる。

 

 あなたはすぐに部屋へ戻った。

 

 最低限の準備、魔力確認。

 

 プリンも静かだった。

 

 あなたは外へ出る。

 

 魔力制御はもう慣れ、飛行も完璧。

 

 空を裂くみたいに、あなたは飛ぶ。

 

 街を越え、県境を越え、さらに遠くへ。

 

 向かう先は山。

 

 正確な場所は知らない。

 

 だが、プリンの感知を辿れば、自然と方向はわかった。

 

「……中部地方のどっかか?」

 

「おそらく」

 

 プリンが静かに答える。

 

 既に、東京からはかなり離れていた。

 

 眼下に広がる景色が、徐々に山脈へ変わっていく。

 

 人の気配も減り、文明の音も消える。

 

 あなたは黙って空を飛ぶ。

 

 理由は単純だった。

 

 人気のない場所で戦いたかった。

 

 被害を出したくない。

 街を壊したくない。

 誰かを巻き込みたくない。

 

 そして、ルミナや他の魔法少女達を死なせたくない。

 

 できるだけ遠くで終わらせたかった。

 

「……ここなら」

 

「誰も来ないだろ」

 

「はい」

 

 プリンの声も静かだった。

 

 夜になれば、おそらくアークは現れる。

 

 自分達を狙って。

 

 ならば、ここで迎え撃つ。

 

 誰にも邪魔させず、誰も傷つけさせず、一人で終わらせる。

 

 空を飛びながら、あなたは遠くを見る。

 

 まだ昼で、アークが来るのは夜だ。

 

 だが、既に空気が嫌だった。

 

 静かすぎる。

 

 山の空気なのに、何かが待っているみたいに妙に重い。

 

 あなたは目を細める。

 

「……絶対帰るぞ」

 

「はい」

 

 プリンが小さく揺れた。

 

「一緒に帰ります」

 

 

 

*

 

 

 

「……そういえば」

 

 山脈の上空。

 

 冷たい風を切りながら、あなたはふとプリンへ話しかけた。

 

「なんですか?」

 

「前から気になってたんだけどさ」

 

 あなたは前を見る。

 

 遠くまで続く山々。

 

 人の気配は、もうほとんどない。

 

「お前の治療」

 

「かなりやばいよな」

 

「やばい、とは」

 

「いや」

 

 あなたは苦笑する。

 

「俺、一回も病院行ってねえんだぞ」

 

 普通ならありえない。

 

 骨が折れても、肉が裂けても、内臓をやられても、あなたは生きていた。

 

 戦えていた。

 

 全部、プリンが治しているからだ。

 

「……お前」

 

「どこまで治せるんだ?」

 

 その問いに、プリンは少しだけ黙った。

 

 風の音だけが響く。

 

 そして。

 

「基本的な損傷なら」

 

「ほぼ修復可能です」

 

「基本的?」

 

「骨折」

 

「内臓損傷」

 

「筋断裂」

 

「欠損もある程度なら」

 

「さらっと言うな怖い」

 

 あなたは思わず引いた。

 

 欠損?ある程度?医療の範囲を超えている。

 

 だが、プリンは平然としていた。

 

「契約者は魔力耐性が非常に高いので」

 

「修復効率も良好です」

 

「へえ……」

 

「ただし」

 

 プリンの声が少し硬くなる。

 

「限界はあります」

 

「例えば?」

 

「脳の完全破壊、心臓の長時間停止、魔力核の消滅」

 

「……」

 

 あなたは静かになる。

 

 つまり、死ねば終わりだ。

 

 万能ではない。

 

「あと」

 

 プリンが続ける。

 

「再生には魔力を消費します」

 

「重傷ほど負担は増えます」

 

「なので」

 

 一拍。

 

「本来は、あまり無茶をしてほしくありません」

 

「……」

 

 あなたは少しだけ目を逸らした。

 

「でもお前」

 

「いつも治してくれるじゃん」

 

「契約者が勝手に突っ込むので」

 

「うっ」

 

「毎回こちらは大変です」

 

「すみませんでした……」

 

 反射的に謝ってしまった。

 

 プリンは少しだけ得意げに揺れる。

 

「反省してください」

 

「善処する」

 

「信用できません」

 

「お前までルミナ化するな」

 

 あなたはため息を吐く。

 

 だが、少しだけ安心している自分もいた。

 

 プリンがいる。

 

 だからまだ、戦えるのだと。

 

「……ですが」

 

 プリンがじっとこちらを見る。

 

「なぜ今そんなことを聞くのです?」

 

「急すぎます」

 

「いや」

 

 あなたは視線を逸らした。

 

「ちょっと気になっただけ」

 

「怪しいです」

 

「疑い深いなお前」

 

「契約者が普段から危険思想なので」

 

「否定できねえ……」

 

 プリンは小さく揺れる。

 

「そもそも」

 

「修復は万能ではありません」

 

「痛みも伴います」

 

「契約者は毎回かなり騒ぎます」

 

「そりゃ痛いからな!?」

 

「なので無茶は禁止です」

 

「これは再警告です」

 

 妙に圧があり、あなたは苦笑した。

 

「いや」

 

「単純な確認だって」

 

「俺、基本近接だし」

 

「最悪」

 

 一拍。

 

「腕とか脚とか、飛ぶ可能性あるだろ」

 

 その瞬間。

 

 プリンの動きがぴたりと止まった。

 

「……嫌です」

 

「え」

 

「嫌です」

 

「そんなの」

 

「絶対ダメです」

 

 かなり即答だった。

 

 しかも珍しく感情が強く、あなたは少し目を丸くする。

 

「いや、可能性の話だぞ?」

 

「契約者は可能性を現実に変えるので信用できません」

 

「言い方」

 

「そもそも」

 

 プリンがじっとこちらを見る。

 

「四肢欠損前提で戦闘プランを組まないでください」

 

「怖いです」

 

「お前が怖がることあるんだ」

 

「あります」

 

「主に契約者絡みで」

 

「ひどい」

 

 だが、その不機嫌そうな揺れがなんだか妙に愛らしくてあなたは思わず笑う。

 

「……なんか」

 

「お前、機械的なくせに感情豊かだよな」

 

「機械ではありません」

 

「じゃあなんなんだよ」

 

「高次存在です」

 

「便利な言葉だなぁ」

 

 あなたはそのまま、プリンを抱え上げた。

 

「っ」

 

「はいはい、悪かった悪かった」

 

 そして、わしゃわしゃ撫でる。

 

「ちょ、契約者」

 

「嫌でーす。可愛いので」

 

「~~っ」

 

 プリンが細かく揺れ始める。

 

 テンパっている時特有の動きだった。

 

 あなたは笑う。

 

 プリンはまだぶるぶるしていた。

 

 そして、そのまま自然に話を切り替える。

 

「……で」

 

「山、どの辺だ?」

 

「む」

 

 プリンは少しだけ間を置いた後、ようやく切り替えた。

 

「この先です」

 

 どうやら、上手く誤魔化されてくれたらしい。

 

 

 

 こうして、あなたはプリンと他愛ない会話を重ねながら、山脈の奥で静かに時間を潰していた。

 

 軽口を叩いて、どうでもいいことで笑って、時々真面目な話をして。

 

 そうしている間にも、空は少しずつ色を変えていく、昼が終わり、夕焼けが山々を赤く染める。

 

 やがて、夜が来る。

 

 静かな山の空気が、ゆっくりと冷えていった。

 

 山脈の空気が、不自然に震えた。

 

「――っ」

 

 あなたの表情が変わる。

 

 来た。

 

 今までのアークとは、明らかに違う。

 

 気配が濃く、重い。

 

 まるで空気そのものが、押し潰されるみたいだった。

 

 プリンも硬直している。

 

「契約者」

 

「ああ」

 

 わかってる。

 

 これは別格だ。

 

 あなたはゆっくり空を見上げる。

 

 そして。

 

「……は?」

 

 思わず、声が漏れた。

 

 空、夜空いっぱいに無数の“割れ目”が走っていた。

 

 ビキビキと空間そのものが裂ける。

 

 黒い亀裂。

 

 一つじゃなく、二つでもなく、大量。

 

 山脈の上空を埋め尽くすように、次元の裂け目が浮かんでいた。

 

「おいおい……」

 

 あなたは目を細める。

 

 裂け目の向こうから。

 

 次々と、アークの気配が漏れ出していた。

 

 やはり。

 

「……そういうことか」

 

 最近、アークの出現数は妙に少なかった。

 

 おかしいとは思っていたが、違ったのだ。

 

 散発的に現れていたアーク達は、どこかへ集められていた。

 

 そして今、まとめてこちらへ向かってきている。

 

「通りで少なかったわけだ……」

 

 あなたは静かに息を吐く。

 

 普通なら絶望的な光景。

 

 だが、こちらもそれを予想してここへ来ている。

 

 人気のない山脈。

 被害の出ない場所。

 誰も巻き込まないための戦場。

 

 あなたはゆっくり前を見る。

 

 空間の裂け目が、夜空を埋め尽くす。

 

 そして、その中心。

 

 一際大きな亀裂がゆっくりと開き始めた。

 

 その裂け目から、ゆっくりと“それ”は現れた。

 

「……月?」

 

 思わず、そんな言葉が漏れる。

 

 小さい。

 

 大きさだけなら他のアークと変わらない。

 

 空に浮かぶ白い月。

 

 ただ圧が、存在感が、まるで別物だった。

 

 空間そのものが、あれを中心に歪んでいるみたいだった。

 

 目もなく、口もなく、顔すらない。

 

 なのに“見られている”感覚だけが、異様に強い。

 

 あなたは静かに目を細める。

 

 そして。

 

『――見つけた』

 

「っ!?」

 

 声が聞こえた。

 

 だが、耳から聞こえたわけじゃない。

 

 頭の奥へ、直接流し込まれるみたいな声だった。

 

 あなたは思わず眉を寄せる。

 

「……喋った?」

 

『当然だ』

 

『我を下等個体と同列にするな』

 

 偉そうな、傲慢な、見下すことを当然と思っている声。

 

 あなたは少し引いた。

 

「いやアークって喋れんのかよ……」

 

「怖……」

 

「契約者」

 

 横からプリンが声をかける。

 

「わたしもアークです」

 

「……あ」

 

 言われてみればそうだった。

 

 毎日普通に会話していたせいで、感覚が麻痺していた。

 

「確かに」

 

「今更すぎませんか?」

 

「いやだってお前」

 

「犬猫みたいな顔で飯食えとか言ってくるし……」

 

「それは契約者の食生活に問題があります」

 

 こんな会話をしている間にも。

 

 月のアークは、圧をどんどん増していく。

 

『我が名はメンシス』

 

『月を冠する者』

 

『貴様ら下等生物とは格が違う』

 

「興味ねえ」

 

『……』

 

 一蹴、あまりにも雑だった。

 

 プリンが横で微妙に揺れる。

 

 メンシスの周囲の空気が、わずかに軋んだ。

 

『……無礼な生物だ』

 

「長話嫌いなんだよ」

 

 あなたは肩を鳴らす。

 

 すると、メンシスの意識がゆっくりプリンへ向いた。

 

『随分と逃げ回ってくれたな』

 

『厄介な寄生虫め』

 

 その瞬間、プリンがびくりと震えた。

 

 いつもの軽口もない。

 

 小さな身体が、わずかにあなたへ寄る。

 

 あなたはそれを見て、少しだけ目を細めた。

 

「……大丈夫だ」

 

 ぽん、と軽くプリンを撫でる。

 

「守ってやるよ」

 

「契約者……」

 

 安心したみたいに、プリンが小さく揺れる。

 

『回収する』

 

『こちらへ来い』

 

 命令口調。

 

 まるで当然のように、プリンを“物”みたいに扱う。

 

 あなたは少しだけ眉を寄せた。

 

「……は?」

 

 空気が変わる。

 

 あなたは一歩前へ出た。

 

「何勝手に決めてんだよ」

 

『貴様には関係ない』

 

「あるだろ」

 

 あなたは鼻で笑う。

 

 そして、プリンを軽く抱き寄せながら言い放つ。

 

「こいつは俺のだ」

 

 一瞬空気が凍り、プリンも固まる。

 

『……』

 

 目もないはずなのに、明確に“敵意”が向けられたのがわかった。

 

 山脈全体が震える。

 

『下等生物風情が』

 

『我らに楯突くか』

 

「うるせえな」

 

 あなたは拳を握り、魔力が弾ける。

 

「最初からそのつもりだ」

 

 瞬間、空が光った。

 

 月のアーク――メンシスの周囲に、

 巨大な魔法陣が展開される。

 

 次の瞬間、光。

 

「っ!」

 

 あなたは反射的に飛ぶ。

 

 直後。

 

 さっきまでいた空間を、

 極太の光線が貫いた。

 

 夜空が裂け、山が吹き飛ぶ。

 

 轟音、衝撃。

 

 今、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 夜 魔法少女管理庁

 

 第三世代魔法少女特集の取材は、夕方頃にようやく終わった。

 

 だが、今日は珍しくまだ解散にはなっていない。

 

 理由は単純だった。

 

 アークが何故か一体も出現していない。

 

 最近の出現頻度を考えれば、異常なくらい静かだった。

 

 そのため、管理庁側は第三世代魔法少女達を集め半ば慰労会のような食事会を開いていた。

 

「お疲れ様ー!」

 

「今日の取材めっちゃ長かったねー……」

 

「ルミナちゃん撮られ慣れてる感じだった!」

 

 賑やかな空気、豪華な食事、笑い声。

 

 だが。

 

「……」

 

 ルミナはずっと不機嫌だった。

 

 もちろん顔には出していない。

 

 出せるはずがない。

 

 “魔法少女ルミナ”は、そういう失敗をしない。

 

 優雅に笑って、礼儀正しく受け答えして完璧な第三世代として振る舞っている。

 

 だが、心ここにあらずだった。

 

 早く帰りたい。

 

 早くノクスに会いたい。

 

 そればかり考えてしまう。

 

 朝からずっと、胸の奥がざわざわしていた。

 

「……」

 

 スマホを見るが、連絡はない。

 

 別に毎日連絡を取り合う関係でもない。

 

 でも、今日は妙に落ち着かなかった。

 

「ルミナ」

 

 静かな声に振り向けば、秋葉が立っていた。

 

 凛とした空気を纏う女性。

 

 落ち着いた視線だった。

 

「少し上の空ね」

 

「……そうでしょうか」

 

「ええ」

 

 秋葉は淡く笑う。

 

「今日の貴女、普段より返事が短いもの」

 

「気のせいです」

 

「そういうことにしておきましょう」

 

 見透かされている。

 

 ルミナは少しだけ視線を逸らした。

 

「帰りたい?」

 

「……」

 

 図星だった。

 

 秋葉は小さく息を吐く。

 

「ノクスのところへ?」

 

「っ」

 

 ルミナの肩がびくりと揺れる。

 

「な、なんでそこでその名前が……」

 

「わかりやすいからよ」

 

「わかりやすくないです!」

 

 珍しく少しだけ声が大きい。

 

 周囲の第三世代達が、何事かとこちらを見る。

 

 ルミナは慌てて咳払いした。

 

 秋葉は少しだけ楽しそうだった。

 

「まあ、安心なさい」

 

「今日は妙なくらい静かだもの」

 

「アークも出ていない」

 

「たまには平和な日もあるのでしょう」

 

 その言葉に何故か、ルミナの胸騒ぎはさらに強くなった。

 

「……秋葉さん」

 

 ルミナは小さく声を落とした。

 

「本当に大丈夫なんでしょうか」

 

「何が?」

 

「今日は第三世代とはいえ……全国の魔法少女がかなり管理庁に集まっています」

 

 普段なら、各地へ散っているはずの戦力。

 

 それが今日は、ここへ集中している。

 

 アークが出ていないとはいえ、少し不安だった。

 

「もし今、大規模な出現があったら……」

 

 すると、秋葉は落ち着いたまま答える。

 

「問題ないわ」

 

「管理庁には、主要都市への緊急転送術式があるもの」

 

「転送……?」

 

「ええ」

 

 秋葉は静かに頷いた。

 

「警報が鳴った時点で、各地へ即座に魔法少女を送れるようになっているの」

 

「だから、今ここに集まっていても対応は可能よ」

 

 その声には自信があった。

 

 長年、この組織を支えてきた人間の声音。

 

「むしろ第三世代が集まっている今の方が、初動は早いくらいね」

 

「……そうなんですね」

 

 ルミナは少しだけ肩の力を抜いた。

 

 警報が鳴ってからでも間に合う。

 

 なら、もし何かあってもノクスを助けに行ける。

 

 そう思うと、少し安心できた。

 

 だが、そんなルミナを見て秋葉はふっと口元を緩める。

 

「そんなに心配?」

 

「っ」

 

「ノクスのこと」

 

「そ、そんなことないです……!」

 

 ルミナは顔を赤くする。

 

 秋葉は楽しそうに目を細めた。

 

「最近の貴女、本当にわかりやすいわね」

 

「わかりやすくありません……」

 

「そう?」

 

 秋葉はワイングラスを軽く揺らす。

 

「昔の貴女なら、誰かの帰りを気にして何度もスマホを見るなんてしなかったけれど」

 

「う……」

 

 完全に見られていた。

 

 ルミナは言い返せず、小さく視線を逸らす。

 

 その様子を、秋葉はどこか優しそうに見ていた。

 

 「ただ……」

 

 秋葉が、ふと表情を曇らせた。

 

 ルミナは首を傾げる。

 

「……? 何ですか?」

 

 秋葉は何かを言いかける、その瞬間だった。

 

 ――ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!!

 

 鋭い警報音。

 

 食事会の空気が、一瞬で凍りついた。

 

「っ!?」

 

 魔法少女達が一斉に立ち上がる。

 

 直後、管理庁内に放送が響く。

 

『緊急警報、緊急警報』

 

『中部山脈地帯にて、大量のアーク反応を確認』

 

『空間裂傷を多数観測』

 

『現在、既に魔法少女が戦闘を開始しています』

 

 ざわめき。

 

 だが、職員側はそこまで慌てていなかった。

 

「山脈地帯か……」

 

「人のいない場所で助かったな」

 

「検知が遅れたのはまずいが、被害自体は出なさそうだ」

 

「しかも既に魔法少女が出てるんだろ?」

 

「なら初動は済んでる」

 

 安堵混じりの声。

 

 確かに、場所は人気のない山脈。

 

 民間被害の心配は薄い。

 

 さらに、既に誰かが戦っている。

 

 ならば、最悪の事態ではない。

 

 ――普通なら。

 

「……」

 

 ルミナはぼんやりと放送を聞いていた。

 

 中部の山脈、大量のアーク、既に戦闘中。

 

 どこか嫌な予感がした、その時。

 

 カラン――

 

 乾いた音に、ルミナははっと顔を上げる。

 

 秋葉のワイングラスが、床に落ちて割れていた。

 

「秋葉さん?」

 

 周囲もざわつく。

 

「どうしたんですか?」

 

 だが、秋葉の表情は明らかに普通じゃなかった。

 

 血の気が引いている。

 

 そして。

 

「現場映像を急いで出しなさい!」

 

 珍しく強い声を上げ、職員達が驚く。

 

「え、え?」

 

「秋葉さん?」

 

「早く!!」

 

 空気が張り詰める。

 

 秋葉はそのまま、ルミナを振り向いた。

 

「ルミナ!」

 

「ノクスと連絡を取りなさい!!」

 

「――っ」

 

 その瞬間、ルミナの心臓が嫌な音を立てた。

 

「ノクス……!」

 

 ルミナは慌ててスマホを取り出す。

 

 震える指で、連絡先を開く。

 

 コールを一回、二回、三回。

 

「出て……!」

 

 だが、繋がらない。

 

 応答がない。

 

 胸の奥の嫌な予感が、どんどん膨らんでいく。

 

「っ……!」

 

 再度かけようとした、その時だった。

 

「映像、出ます!」

 

 空間モニターが一斉に展開される。

 

 管理庁は、各地に観測用の魔法を配置している。

 

 人気のない場所でも、こうして映像化が可能なのだ。

 

 そして、そこに映し出された光景に。

 

 ルミナは息を呑んだ。

 

「……え」

 

 夜の山脈。

 

 空間に無数の亀裂。

 

 空そのものが割れている。

 

 そこから漏れ出す、大量のアーク反応。

 

 そして、その下でたった一人空を見上げる一人の魔法少女。

 

 桃色の髪、小柄な身体、見慣れた後ろ姿。

 

「……なんで」

 

 ルミナの顔から血の気が引いていく。

 

「なんで……ノクスが……」

 

 ずっと隠していたのはこれか。

 

 その瞬間だった。

 

「――っ」

 

 ぞわり、と空気が震える。

 

 違う、空気じゃない。

 

 もっと根源的な何か。

 

 圧。

 存在。

 力。

 

 普通の職員達は気づかない。

 

「うわ、すごい映像だなー」

 

「空間裂傷ってここまでなるのか……」

 

 そんな反応しかしていない。

 

 だが、魔法少女達は違った。

 

「……なに、これ」

 

「っ……!」

 

「嘘でしょ……」

 

 顔色が変わる。

 

 本能が理解してしまう。

 

 あれは危険だと、背筋が凍る。

 

 呼吸が浅くなる。

 

 それは、ルミナも同じだ。

 

 はっきり感じ取っていた。

 

 今まで遭遇したどんなアークとも、比較にならない。

 

 圧倒的な“何か”が、あの空の向こうにいる。

 

 「――行かなきゃ」

 

 ルミナは反射的に動こうとした。

 

 頭より先に、身体が動いていた。

 

 今すぐあそこへ、ノクスのところへ。

 

 だが。

 

「全員、動くな!!」

 

 秋葉の怒声が、管理庁に響き渡った。

 

 空気が凍る。

 

 誰もが目を見開いた。

 

 秋葉がここまで感情を露わにすること自体、ほとんどない。

 

「第三世代を含む全魔法少女は、それぞれの拠点で待機!」

 

「現場へは向かうな!!」

 

 ざわっ、と場が揺れる。

 

「え……?」

 

「な、なんで……?」

 

 理解できない。

 

 大量のアーク反応。

 

 しかも異常な魔力。

 

 なら、戦力を集中すべきだ。

 

 それなのに。

 

 “向かうな”?

 

 ルミナも呆然と秋葉を見る。

 

「秋葉さん……?」

 

 何を言っているのかわからない。

 

 だが、秋葉の表情は本気だった。

 

 青ざめていて、焦っているのがわかる。

 

 それなのに、無理やり冷静でいようとしている顔。

 

「待機命令よ!」

 

「絶対に現場へ近づかないで!」

 

「で、でも!」

 

 誰かが声を上げる。

 

「既に戦闘中なんですよね!?」

 

「なら増援を――」

 

「ダメ!!」

 

 即答だった。

 

 空気が震える。

 

 秋葉はモニターを睨みながら、低く吐き捨てる。

 

「……あれは」

 

 一拍。

 

「今の貴女達が行っていい場所じゃない」

 

 その声に、ルミナの背筋が冷える。

 

 秋葉は強い。

 

 第一世代として、長年アークと戦い続けてきた存在。

 

 そんな彼女がここまで怯えている。

 

「……理解、できない」

 

 ルミナは小さく呟いた。

 

 なんで、なんで止めるのか。

 

 ノクスがいるのに。

 

 ノクスが、たった一人で戦っているのに。

 

 「理解できません……!」

 

 ルミナは思わず声を上げた。

 

 命令違反だ、周囲が静まり返る。

 

 だが、止まれなかった。

 

「ノクスが戦ってるんですよ!?」

 

「一人で!!」

 

「だから何!?」

 

 秋葉も叫び返す。

 

 空気が震え、魔法少女達が息を呑んだ。

 

 普段の秋葉なら絶対にこんな感情的にならない。

 

「貴女が行って何になるの!!」

 

「っ……!」

 

「死ぬだけよ!!」

 

 ルミナの瞳が揺れる。

 

「そんなの……!」

 

「そんなの行ってみないと――」

 

「わからない!?」

 

 秋葉は一歩踏み込む。

 

「映像を見なさい!!」

 

 モニターを指差す。

 

 夜空を埋める、無数の亀裂。

 

 そこから溢れる異常な魔力。

 

 見ているだけで、魔法少女達の顔色が悪くなっている。

 

「貴女だって感じてるでしょう!?」

 

「あれは普通じゃない!」

 

「今の第三世代が束になっても危険なレベルよ!!」

 

「でも!!」

 

 ルミナは叫ぶ。

 

「ノクスは一人なんですよ!!」

 

 その言葉に。

 

 更に場が静まった。

 

 ルミナの声は、震えていた。

 

「……あの人」

 

「絶対、無茶するの……」

 

 朝の顔を思い出す。

 

 視線を逸らしたこと、誤魔化したこと。

 

 全部、これだったのだ。

 

「だから行かなきゃ……!」

 

 秋葉は歯を食いしばる。

 

「ルミナ」

 

 低い声。

 

「落ち着きなさい」

 

「落ち着けません!!」

 

 ルミナは涙すら浮かべながら叫ぶ。

 

「好きな人が死ぬかもしれないのに!!」

 

 静寂、第三世代達の目が丸くなる。

 

 ルミナ自身も、言ってから固まった。

 

「……え」

 

 顔が赤くなる。

 

 だが、そんなことを気にしている余裕はもうなかった。

 

 秋葉は一瞬だけ目を閉じる。

 

 そして、静かに告げた。

 

「……だからこそ」

 

「行かせたくないのよ」

 

 秋葉の言葉に、ルミナは理解できないまま目を見開く。

 

 どうして、どうしてそんなことを言うのか。

 

 ノクスが戦っているのに、たった一人で。

 

 なのに待てと言うのか。

 

 そんなの無理だ。

 

「私は――!」

 

 再び叫ぼうとしたその時。

 

「はいはいはいーっ!!」

 

 ぱんっ、と。軽い手拍子が空気を割り、視線が集まる。

 

 そこにいたのは、オレンジ色の髪を揺らす魔法少女だった。

 

 背丈は、ルミナとノクスの中間くらい。

 

 ぱっと周囲を明るくするような笑顔。

 

 まるで太陽みたいな少女。

 

 第三世代魔法少女――ステラ。

 

「とりあえず整理するよーっ!!」

 

 場違いなくらい明るい声。

 

 だが、その瞳は真剣だった。

 

「まず確認なんだけどさっ!!」

 

 ステラは秋葉を見る。

 

「今回の現場、中部山脈地帯だよねっ!?」

 

「……ええ」

 

「なら担当区域、あたしだよねっ!?」

 

 秋葉は黙り、ステラは続けた。

 

「それであたしっ!!」

 

 にっと笑う。

 

「第三世代最強なんだけどっ!!」

 

 軽い口調なのに、誰も否定しなかった。

 

 第三世代の中でもステラは別格だ。

 

 実績も、戦闘力も、生存率も。

 

「だからっ!!」

 

「現場行く許可、出るっ!?」

 

 空気が張り詰める。

 

 秋葉はステラを見つめ数秒、沈黙。

 

 やがて。

 

「……単独行動は禁止」

 

 秋葉が低く告げる。

 

「必ず撤退判断を優先しなさい」

 

「了解っ!!」

 

 ステラは即答した。

 

 そして、くるりとルミナを振り向く。

 

「ってことでルミナーっ!!行こっかっ!!」

 

「……え」

 

 ルミナが目を見開く。

 

「わ、私も……?」

 

「当たり前じゃーんっ!!」

 

 ステラは太陽みたいに笑う。

 

「そんな顔して置いてけるわけないってっ!!」

 

 ルミナの胸が詰まる。

 

「で、でも……」

 

「秋葉さんは……」

 

「本当は行かせたくないに決まってるよっ!!」

 

 ステラは肩をすくめた。

 

「でもさっ!!」

 

 一歩近づき、少しだけ優しい声で言った。

 

「好きな人のところに行きたいならっ!!」

 

「行かせないとダメでしょっ!!」

 

「っ……」

 

 ルミナの目が揺れ、ステラはにっと笑った。

 

「後悔する顔、してたよっ!!」

 

「だから助け船っ!!」

 

 その瞬間、ルミナの胸の奥で何かが熱くなった。

 

「よーしっ!!」

 

 ステラが勢いよく振り返る。

 

「じゃあ早く行こっかっ!!」

 

「転送使うよっ!!」

 

 今にも飛び出しそうな勢い。

 

 だが。

 

「……待って」

 

 ルミナが小さく呼び止め、ステラはきょとんとする。

 

 ルミナはそのまま、ゆっくり秋葉の方へ向き直った。

 

「秋葉さん」

 

 秋葉は黙ってルミナを見て、ルミナは一度だけ深呼吸した。

 

「……さっきは」

 

「失礼なことを言って、ごめんなさい」

 

「……」

 

「それから」

 

 ルミナは少しだけ目を伏せる。

 

「行かせてくれて、ありがとうございます」

 

 秋葉の表情が、わずかに揺れた。

 

「私……」

 

「今まで、気づいてませんでした」

 

「秋葉さんが、ずっと心配してくれてたこと」

 

 厳しく言う時も、止める時も、今までも全部。

 

 ただ命令していたわけじゃない。

 

 ちゃんと、心配していたのだ。

 

「だから……」

 

 ルミナは小さく笑う。

 

「ありがとうございます」

 

 静寂、秋葉は何も言わなかった。

 

 ただ、唇を少しだけ噛み締めている。

 

 何かを、必死にこらえているみたいに。

 

 やがて、秋葉は静かに口を開いた。

 

「……ルミナ」

 

「はい」

 

「約束しなさい」

 

 低く、震えるような声。

 

「必ず生きて帰ると」

 

「っ……」

 

「死ぬことだけは許さない」

 

 その言葉は、命令なんかじゃなかった。

 

 心からの願いだった。

 

 ルミナは目を見開く。

 

 そして、真っ直ぐ頷いた。

 

「……はい」

 

「約束します」

 

 秋葉は少しだけ目を閉じる。

 

 まるで、それでようやく息ができたみたいに。

 

「むーっ!!」

 

 そこで、ステラが頬を膨らませた。

 

「なんかルミナだけズルくないっ!?!?」

 

 場の空気が少しだけ抜ける。

 

 ステラはびしっと自分を指差した。

 

「私には激励とかないのっ!?!?」

 

「“頑張ってねステラ!”とかっ!!」

 

「“生きて帰ってきてね!”とかっ!!」

 

「扱いの差を感じるんだけどーっ!!」

 

 秋葉はじっとステラを見る。

 

 そして、呆れたように小さく息を吐いた。

 

「……お前がここで死ぬわけないでしょう」

 

「おっ」

 

 ステラが目を丸くする。

 

 次の瞬間、にかっと笑った。

 

「それはそうっ!!」

 

 ものすごい即答だった。

 

 周囲の第三世代達が少しだけ苦笑する。

 

 緊張していた空気が、ほんの少し和らいだ。

 

「じゃっ!!」

 

 ステラが勢いよく振り返る。

 

「行くよルミナっ!!」

 

「はいっ!」

 

 二人は駆け出す。

 

 駆けながら、ルミナはぎゅっと胸元を掴いた。

 

 嫌な予感は、まだ消えない。

 

 むしろ、近づくほど強くなる。

 

 でも、止まれない。

 

 止まるつもりもない。

 

 あの人は、きっと今もたった一人で戦っているから。

 

 だから、ルミナは小さく呟いた。

 

「……待っててね」

 

 震える声で。

 

「今、行くから」




私はステラが一番好きです(唐突な告白)

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