Side:関羽
夜明けとともに私は曹進殿の陣営に向かった。
これほどまでに清々しい朝日を見たのは久しぶりのような気がする。
胸の奥にあったもやもやしたものが消え去っている。
あと少しで陣営というところで、腕を前で組み、岩に背を預けている者がいた。
「これは、曹進殿。こんなところで何をされています?」
「おまえを、ただ待っていたのだ、関羽」
「しかし、私は」
「会いたいと思った。思ったら、関羽は必ず来るという気がした。
だから、夜明けに陣を出て、ここで待っていた。
おまえは、俺に待たせる資格がある、数少ないものの一人だ。
会いたいと思って待っていれば、必ず会えるのだと、お前が歩いてくるのを見て、本気で思ったぞ」
曹進殿は微笑みながら言った。
現実主義なくせにこういった浪漫あふれることを平然と言ってのけるあたりも、私は好きだ。
私は曹進殿と向かい合う。
「我名は関羽 字は雲長 真名は愛紗。曹進殿に絶対の忠誠をここに誓います。
私の身も心もあなた様のものです。
この命、いかようにもお使いください」
曹進殿は深くうなずき、
「ああ、俺にはお前の力が必要だ。俺を選んだこと、絶対に後悔はさせん。
愛紗よ、お前に我真名を預けよう。我真名は 刹那 だ。
俺達と共にこれから来る果てしなき乱世を歩もう」
「はっ!全ては刹那様の仰せのままに」
ついに私は刹那様の臣下になった。
刹那様と別れた後の旅は遠回りではなく、私の成長に繋がっているはずだ。
刹那様は妹である曹操様を命を掛けて支えていく。なら私はその刹那様をこの命を掛けて支えてみせる。
「堅苦しいのはここまでにしようか、愛紗。それにしてもお前、髪が凄いことになっているぞ」
……しまった!緊張と不安のあまりすっかり忘れていた!
なんという失態だ。
「整えてやるからこっちに来て座れ」
私は恥ずかくて顔を伏せて、吸い寄せられるかのように刹那様の前に座った。
「…いや、正面向かれて座られてもやりようがないのだが」
「も、申し訳ございません!」
私は慌てて後ろ向きに座りなおした。は、恥ずかしすぎる。
刹那様は手櫛で髪をとかしながら、短刀で髪を切っているようだ。
この人は相変わらず何でもできるな。
「ああ、これか?たまに華琳や周りの連中に頼まれたことがあってな。それで本職から少し習ったんだ」
断るんじゃなくて習得するとは流石ですね。
Side:煉華
太陽が上に登った。そろそろ昼だな。
兵の受け入れは問題なく進んでいる。
今朝、私達も愛紗と真名を交わし合った。愛紗ほどの武人なら華琳様もさぞお喜びになるだろう。
愛紗ならすぐに将軍になれる素質はある。だが、今までの環境によりまともな指揮も調練もほとんど経験していない。
刹那様の考えとしては、まずは上級将校として新兵の調練からはじめ、戦も最初は我らのうちの誰かのもとで指揮をとらせることにするとのことだ。
私も賛成だ。今は黄巾党により世が乱れているとはいえ、我領地においては深刻な被害は防げている。
この乱が終わり、漢王朝の力が完全に崩壊したあとの乱世にそなえ、今は力をためていく時だ。慌てる必要はない。
刹那様と楽しそうに喋っている愛紗をみていると不思議な気持ちなる。
今までにもたまにこのような気持ちになることがあったが、なぜなのかはわからない。
「煉華様、どうかしましたか?」
「なにがだ?」
「なんだか難しそうな顔していましたよ」
どうやら顔に出してしまっていたようだ。
「あ、そうか。煉華様、愛紗さんに焼きもちやいているんですね!煉華お姉さまって結構乙女なところありますよね」
「……何をばかなことを言っている。そんなことある訳ないだろうが」
そうかなぁ~、と早苗は頬に人差し指をつけ、首を傾けながら呟く。
「そんなことより行軍の準備を始めるぞ。桂花と凪にも伝えて来い」
「もう募集締め切りですか?」
「ああ。今頃来る連中は完全に周りに流されている者たちだ。ふるいにかける必要もない」
いえっさぁーと言いながら早苗が駆けていく。
Side:刹那
愛紗と話していると煉華がやってきた。
「刹那様、行軍の準備が調いました」
「そうか。何人集まった?」
「約千五百程です」
ふむ。予想していたと同じぐらいか。
俺の話を聞いたとしても、全員が志をもつ者だけではないだろう。
舐めている者や落胆的に考え、どうせ食糧を貰えると考えている者はいるだろう。
「煉華、どの程度残ると思う?」
「陳留に戻るまでに千も残れば十分かと」
千か。いままで出した兵糧で考えると、愛紗と兵候補が千手に入ったのなら桂花も文句は言わないだろう。
陳留までの行軍では、愛紗は他の兵と共に行動させる。
兵卒の観ているものを最初に見ていた方が指揮に良い影響を与えると考えるからだ。
特に愛紗には歩兵の指揮を任せようと思うので尚更だ。
行軍開始の合図を出した後すぐに、兵が北郷が来たと伝えてきた。
俺としてはもうあいつ等に用などないのだが、門前払いも可哀想なので会うことにした。
一応護衛として早苗と騎馬数騎が付いてきた。
「やあ、北郷君。怖い顔をして俺に何か用かい?」
北郷は俺のことを睨みつけてくる。
劉備はすっかり落ち込んでいるようだ。悪いが同情はしない。
俺は恥ずべき行為など行っていない。
俺を選んだのはあいつ等自身の意思だ。
「曹進。俺はいつか必ずお前を超えて見せる。絶対にだ!」
そんなことかくだらんな。もっとましな言葉が聞けると思ったのだがな。
「くだらんな。今の貴様は唯の負け犬だ。きゃんきゃん吠えるだけのな。本気でそう思っているのなら、口じゃなく結果で見せてみろ。
北郷。俺にとって今のお前はそこらの石ころと変わらん。天の御遣いという色のついたな」
「ならその石ころに気をつけるんだな。石につまずいて大怪我するぞ」
そんなことはお前に言われずとも十分理解しているよ。
俺が今までに潜り抜けてきた修羅場は、およそお前には想像もつかないことだろう。
「北郷、君の注意の礼といってはなんだが、俺からもひとつ助言しておこう」
俺は馬から降り、劉備の方に歩いて行った。
俺の行動に皆が注目する。
北郷の両脇に劉備と張飛が立っている。
劉備はただおろおろしている。
劉備の前で止まる。
その瞬間、俺の刀は劉備の首、ぎりぎりのところで止まっていた。
一瞬の静寂の後、張飛が怒りにまかせ俺に攻撃してくる。
怒りにまかせたただの突撃だ。俺は軽くいなして距離を取る。
早苗達が慌てて俺の前に出てこようとするが、刀を鞘に収めながら止める。
「北郷、今のが俺からの助言だ。俺が本気なら劉備の首は胴から離れていた。
駄目だなぁ。君主であり、自分を慕ってくれている女の子すら守れないのは。
自分の身を盾にしても守らないとな」
いささかやり過ぎたとは思うが、これぐらいやった方があいつも実感がわくだろう。
俺達は軍に戻った。
Side:早苗
「なんであいつに助言なんかしたんですか?あいつ等が仮に面倒な敵になった時、黙っておけば楽に殺せたのに。親切すぎませんか?」
私の質問に刹那様はおかしそうに笑った。
「親切?俺がなんで奴らにそんなことしてやらなくてはならい。
早苗、俺がどういう人間か多少は理解しているだろう」
「そうですねぇ。身内には激甘ですけど、敵にはとことん容赦ないですよね」
「まあ、外れてはいないな。なら俺があいつらに親切にしてやるか?」
刹那様にとって劉備達は当然味方じゃないよね。でも現段階では敵ってわけでもない。
ということは……どういうことだ?
でも刹那様が態々無駄なことする訳もないから何らかの仕込みなんだろうな。