Side:凪
今日は刹那様に稽古をつけて貰える日だ。
最初の頃は勝てなかったが今では、五分五分まで迫れるようになった。
しかしこれはあくまで体術で、しかも打撃だけでの組み手での話だ。
刹那様は本来、多種多様な技を組み合わせて戦う。
春蘭様との組み手では想像もできない動きをするので、見ている私ですらついていけない。
ただし、いくら変幻自在といっても限度がある。
刹那様の純粋な身体能力は良くて上の下らしい。
戦いが長引いて、動きに慣れられると辛くなる。相手が戸惑っているうちに仕留める短期決戦が望ましい。
しかし春蘭様、煉華様とは幾度となくやっているが三割か四割ほどは勝っている。
以前に聞いた話と合わないので刹那様に理由を聞いてみたことがある。
刹那様いわく、洞察力のおかげらしい。
小さいころから周りの顔色などを窺ってきたせいで鍛えられたとのことだ。
相手の呼吸、仕草から先の動きを予測してなんとか誤魔化していると苦笑いしていた。
勿論戦っている時に完全に読み切れはしないとのことだ。
春蘭様や煉華様、愛紗さんぐらいの豪傑ともなると初戦で勝つのはかなりきついらしい。
どんなに絶望的でも勝てない、とは決して言わない。
この世に絶対はない。どんな無茶なことだって可能性はあるはずだと教えられた。
例え百回やって九十九回は殺されるとしても最初の一回で勝てば良いのだ。
しかし刹那様との調練はどれもこれもきつかった。
― 回想 ―
「凪、お前には天性がある。打たれた時にとっさに体を動かして、拳の力を殺すのだ。それは技というより、天性のものだ。そして、お前は眼が良い」
「信じられません」
私は自分に天性があるなど一度も思ったことはない。実際今も刹那様との組み手で一度も勝てていないのだ。
不意に刹那様の拳が腹にきた。
息が吸えなくなったが、なんとか足を踏み出して倒れかかるのは止めた。
息が吸えた。
しかし次に打たれたら倒れるだろうと思った。
「普通、これを食らうと白眼を剥いて倒れ、しばらく絶息している。しかしお前は立っていた。お前の体が頑丈だというのではなく、俺の拳の力を体をさげることによって殺しているのだ。だから立っていられた」
正直私にはまだ信じられなかった。
次の日、刹那様は矢と弓を持ってきた。矢は、先端に鏃(やじり)ではなく、小さな砂の袋をつけてある。作っておいたものが三十本ほどあった。
「三十歩離れて立て、凪。矢は払い落すか、手で掴むかするのだ。かわすことは許さん。わかったな?」
「はい」
刹那様は 容赦せずに矢を放った。
一本目は払い落した。
「ほう」
傍で見ていた春蘭様が声をあげる。
二本目は体の寸前で掴んだ。こういうことはうまいだろう、というのは刹那様には分かっていたようだ。
連射してきた。
一本目はかわしたが、二本目は腹に受け私はうずくまった。
体を起こそうとするところに、三本目、四本目を射こむ。
私は倒れてしまう。
そこをさらに続けざまに射こんできた。
三十本の矢を使った時、私は動けなくなっていた。立て、と声をかけられ、必死に立ち上がった。
「どうだった?こんなことは無理だと思っているな。よし、矢を集めてこい。俺が手本を見せてやる」
春蘭様に弓を渡した。三十本の矢が集められてきた。他の兵達も、面白がって見物している。
「いいか、お前は三十歩の距離だった。二十歩から、春蘭が射る。春蘭、俺が凪にやったような手加減はするなよ」
刹那様は立った。春蘭様が、無造作に矢を放ってくる。かなりの弓勢だった。
軽く、右手で掴んだ。連射してきた。両手を使い、掴んだり叩き落としたりした。
一本も、体には触れなかった。
私は唇を噛んでうなだれていた。
「凪、この技をはじめから出来る者などいない。よほど勘の良い奴でもかわしてしまう。刹那様とて最初から出来た訳でもない。掴むのには度胸がいるのだ。諦めずにやってみろ」
「はい、春蘭様」
「ちなみに刹那様がこれをやっていた時の相手は私などではない。秋蘭だ」
春蘭様が腕を組んで言った。
「矢をかわす技は、戦では特に重要だ。分かるな。矢は何処からでも飛んでくる。掴めれば、かわせるのだ。私が見ている限り、刹那様がお前に施している調練で、これは無駄だと思うものは一つもない」
私は深く頷き、刹那様と向かい合った。
「凪、もう一度だ。今度は、四十歩から射てやる。一本もかわすな。全て掴むか落とすのだ」
「はい!」
それから休む暇すら無く、幾度となく繰り返された。
四十歩の距離では、三十歩のうちの二十本は体に触れさせずに落とした。
丸一日続けると、すべて掴むか叩き落とすか出来るようになった。
「流石だな。俺がやった時は十日もかかったのだがな」
秋蘭様が言うのには刹那様は当時から激務をこなしていたので、一日に出来たのは良くて四刻程度だったらしい。
丸一日続けられた私とでは比べる方が無理だろう。
おまけに相手はあの秋蘭様なのだから尚更だ。