Side:趙雲
私には楽進という若い将校が付くことになった。
楽進は英傑たる輝きは感じられないが武、指揮能力共に優れていた。
元は義勇軍として戦っていたが、曹進殿達と共に戦ったときに配下に加わったらしい。
楽進はその時、曹進殿にひかれ一時従者となって様々なことを叩きこまれたとのことだ。
曹操軍で必要とされるのは実力だ。出自も性別も関係ない。文官も武官も個人の実力があれば上に上がれる。
ここまで実力主義なところは少ない。家柄などが影響するところは多い。特に袁紹、袁術などは家柄だけでそれなりの地位に立てる。
これは曹進殿自身が母親が平民の出ということで、幼少時に苦労したことが関係しているらしい。
私は新兵の調練の見学から始まった。楽進が横で細かに説明してくれて、私自身も調練に参加した。
新兵の歩兵、騎馬の調練を三日ずつ体験した後は騎馬隊の第二の調練に参加した。
これでも馬の扱いには自身があった。しかし腕を使わず、腿の締め付けだけで馬を操る方法など想像もしていなかった。
何度も馬から落ち、調練の指揮を執る張喚殿にも怒鳴られた。口は悪く、痛烈なことを言ってくるがその中に確かな優しさが感じられた。
正規の部隊の調練も参加した。夏侯惇、夏侯淵、曹仁、曹洪。曹操軍が誇る名将達はやはり唯者ではなかった。
特に私の心を惹きつけたのは曹仁の騎馬隊だった。
公孫賛殿のところで白馬隊の指揮を始め、これまでの軍でも大抵は騎馬隊の指揮をしてきた。
曹仁騎馬隊は曹操軍最強の騎馬隊の肩書通り、いままでのどの騎馬隊よりも凄まじかった。
ある日、私は曹進殿に頼み曹仁と立ち合わせて貰った。同じ槍の使い手として実力を試してみたいと。
私と曹仁が槍を構えた。分かっていたことだが、こうして対峙してみると相当な遣い手であることを再確認する。
毛ほどにも隙のない構え。
不用意には踏み込めない。
対峙したまま固着した。
気と気がぶつかり合う。
私は、槍を低く構え曹仁の気を正面から受けた。
はね返す。気で気をはね返す。
どれほどの時、そうやって向かい合っていただろうか。曹仁は、顎の先から汗を滴らせていた。私の全身からも汗で濡れている。
気と気が更さらに激しくぶつかり合った。塩合。お互いにそう感じただろう。
同時に踏み込む。全身の気を、槍に込める。
槍と槍が交差する。
互いの槍が互いの顔の眼の前で止まっていた。
曹進殿のやめ、という合図で互いに武器をおろして汗を拭く。
勝敗は引き分けという事で終わった。
しかし曹仁の真骨頂は騎馬戦で発揮される。
曹操軍、最強は地上なら夏侯惇。騎馬なら曹仁。曹操軍の軍人なら皆が知っていることだ。
本来なら騎馬でやり合いたいが、騎馬戦は馬とどれだけ一体化できるかがきもだ。馬自体の質も曹仁の馬と同じものを用意はできない。
この勢力を率いる二人の兄弟。曹進、曹操。
曹操。ある程度人を見る目があるものに聞けば同じことを答える。
器量、才能豊かな、まさに英雄。
私自身も曹操が作る天下を一目見たいと思うようになってきている。
女性と閨で楽しむ趣味があるらしい。私はそちらには興味がない。こちらが拒めば無理に迫ってくる事はないとのことで大丈夫らしい。
曹進。この男はよく分からない。
ここに来てから色々な者と話をしている。
特に曹進とは三日に一度は話している。
話せば話すほど魅かれていくのは自覚している。彼の目指す世界もその訳も聞いた。共感し、その夢を叶える為に手を貸したいとも思っている。
しかし彼自身のことを正確には理解できない。
彼は不思議な男だ。
彼については他人の評価は当てにできない。
彼に近しい者ほど自分で判断しろと言う。
確かにそうだろう。彼と話していると安心し、癒される。だが、たまに心の底まで見透かされているような恐怖も感じる。またある時には、眼を話せば壊れてしまうのではないかと心配になる。
妹は神々しく輝く太陽。その光は万民を照らし導く。
兄は幻想と神秘を秘めた月。その光は万民を優しく照らし癒す。そして時には光を消し、暗闇で恐怖を与える。
太陽は力強く輝く。しかし永遠に輝き続けることはできない。太陽にも休息が必要だ。
太陽を安心して休ませるが月だ。
権力のため、肉親同士が対立し、殺し合う事など珍しくない。
しかしこの兄弟は何があろうと対立することはないだろう。
いかなる困難が待ち構えていようとも、支え合い乗り切るはずだ。
私はこの兄弟に己の全て捧げよう。
この二人の作る世界を見てみたい。
その手助けをさせて欲しい。