Side:恋
方天画戟。頭上で一度、振りまわしした。
敵兵が怯み、後ずさりする。
方天画戟を振りかざし、敵中に躍り込んだ。
一振りで三人を切り殺した。
敵兵が必死の形相で突き出してきた槍を振り払い、二人を倒した。
つまらない。
それが私の素直な気持ちだ。
数ばかりを頼りにした弱小な兵達。こいつらといくら戦い、倒したところでつまらないだけだ。
方天画戟の一振りで二、三人を倒した。
更に敵中に躍り込み数十人を一掃する。
私の周りだけ無人になった。
直属の部隊は霞の援護に向かわせていた。
霞が華雄を連れ戻すのにそれほど時間はかからない。
せっかく出てきたのだし、敵将を何人か倒しておくか。
私は目ぼしい将を探すために辺りを見わした。
瞬間、私の体が、本能が危険を知らせてくる。
強い氣を感じた訳でも、殺気を感じた訳でもない。
それどころか人の気配すら感じない。
しかし全身に粟が立った。
何もないはず、いないはずの背後に振り向く。
目に飛び込んできたのは漆黒の軍袍。白銀の具足。黒髪の男。
曹進。
目があった瞬間に曹進が振りかぶっている刀に強烈な氣を感じた。
まずい。受け止めろ。考えるより先に体が動いた。
刀を戟で受け止めた。
衝撃で腕が一瞬、しびれた。
今のが全身全霊をかけた一撃だったらしく、次の攻撃は続かなかった。
方天画戟を曹進の首目掛けて振る。一合目、二合目を曹進はなんとか防ぐが三合目で態勢を崩した。
次の一振りで確実に倒せると確信した時、今度ははっきりとした威圧感を感じた。
振り返ると板斧(はんぷ)を振りかざす赤い鬼がいた。
鬼の一撃を受け止める。
視界の端で曹進が何かに引っ張られるようにして、後ろに引くのが見えた。
鬼は軽やかに私を飛び越え、曹進の傍に戻った。
曹進は金髪の少女に支えられていた。
「あー…今のはまずかった。本気で死ぬと思った」
曹進が心底疲れた声で呟く。
「実際、死んでいたでしょうね」
「焔の言う通り。最初から勝ち目なんていない。直ぐに殺されるだけ」
「瑠璃ははっきり言うなぁ」
「事実」
「俺だってそれぐらい分かっているけどさ。こういう経験は大事なんだぞ」
「それは分かりますけど、命かけすぎですよ」
「分かっているよ、焔。でもお前と瑠璃がいるのだから平気だろ?なあ、瑠璃」
「問題ない」
戦場の中とは思えない空間がそこに当った。
しかし一見、無謀に会話をしているようにみえるが周囲の警戒はしっかりしている。
私がどうするべきか迷っていると霞が駆けつけてきた。
「ここにおったか恋!華雄の馬鹿はひっ捕まえたで。虎牢関に袁紹軍が取りつこうとしとる。急いで戻るで!」
私は頷き、曹進達の方を見るとそこには誰もいなかった。
まさに神出鬼没だ。