Side:華琳
私が春蘭の元についた時には春蘭、牛金、見知らぬ少女の三人だけがいた。
兄さんと騎馬隊が一人もいないのはどういうことだろか。追跡にしては人数を出しすぎだ。
「春蘭。謎の集団とやらはどうしたの?戦闘があったという報告は聞いたけれど……」
「蹴散らしました。何人か逃がし、今追跡させているので本拠地はすぐに見つかると思われます」
「あら、中々気が利くわね。牛金、刹那の指示かしら?」
「その通りです。流石は華琳様良くお分かりになりましたね」
春蘭だったら全滅させているだろうしね。
ところで兄さんは何処に行ったのかしら?兄さん自ら追跡に出るほどのことでもないと思うのだけど。
「春蘭。刹那様と騎馬隊はどうした?」
私の疑問を煉華が春蘭に尋ねた。
「………」
……何よその沈黙は。今度は忘れてた!って顔までするし。
煉華のこめかみがぴくぴくしている。そりゃ怒るわよね。
「お前……」
「そ、曹進様は近くに別の集団を発見したのでそちらに向かわれました」
みかねた牛金が代わりに答えた。大方敵を見つけたとたん春蘭が突っ込んだ。すぐ後に別働隊を発見したので牛金にその場を任せ、自分で対処にしに行ったのだろう。
春蘭。あなた何しに付いて行ったのよ……。
「春蘭!護衛はどうした、護衛は!?刹那様の身にもしものことがあったらどうするつもりだ!?」
「はっはっはつ!馬鹿だな煉華。刹那様がこの程度の連中に後れを取るものか」
だったら何で護衛として付いて行ったのよ。
流石の煉華もあきれている。秋蘭は相変わらず姉者は可愛いなぁとか言っていし、紅は不気味な笑みを浮かべている。あれはどう落とし前をつけようか考えているわね。あの子結構えげつないことするから怖いのよね。
「あ、あなたは…!」
私達が何時も通りの寸劇をやっていると少女が声を掛けてきた。
そういえばこの子は誰なのかしら?
「お姉さん、もしかして、国の軍隊……っ!?」
「まぁ、そうなるが……ぐっ!」
春蘭が答えると少女がいきなり攻撃してきた。
相手が春蘭でなければ、間違いなく吹き飛ばされていたに違いない一撃。
「き、貴様、何をっ!」
「国の軍隊なんか信用できるもんか!僕達を守ってもくれないクセに税金ばかりもっていって!」
「……くうっ!」
少女の態度の変化に戸惑っているとはいえ、あの春蘭が押されている。
相当な手足れのようね。
この子が言っていることは本当だろう。今の時代、どこもかしこも腐りきっている。
役人は当然のように税を余分にとり差額で私腹を肥やし、賄賂も要求する。賄賂を払えなければ適当な理由をつけられ投獄されることもある。
役人を信じられないのも当然だ。
「でえええええええええええぃっ!」
「ぐぅ…! 仕方ないか……いや、しかし……」
春蘭といえど流石に手加減していては捌くのが難しくなってきたらしく、本気になるか迷っている。
二人が本気でぶつかると危ないので止めようとした時、兄さんと騎馬隊が帰ってきた。
Side:刹那
俺が華琳達を見つけた時、なぜか春蘭とあの少女が戦っていた。
近づくと俺達に気がついたらしく、春蘭と距離をとって警戒している。
華琳からことのいきさつを聞き、俺は少女に近づき問う。
「役人が信用できないから一人で戦っていたのか?」
「そうだよ!ボクが村で一番強いから、ボクがみんなを守らなきゃいけないんだっ!盗人からも、おまえたち……役人からも」
「なぜ一人で戦う?」
「だからボクが村で一番つ」
「それは分かっている。実際、本気ではないとはいえ春蘭を手こずらせたんだ。実力は本物だろう。俺が聞きたいのはどうして他の村の連中は一緒に戦っていないかだ」
「他の皆は農民なんだよ!戦えるわけないじゃないか!流琉は強いけど、だから村の警備のために残っていないといけないんだ。だからボクが戦っているんだ!!」
なるほど。この子が村の周りの連中を倒す攻め役。流琉ってのがその間の守り役か。
だが他の連中は何やっているんだ?この子が強いのは分かるが、行くなんでも一人で戦わせるなんて。
「農民だからといって戦えないなんて決めつけるな。自警団や義勇軍なんてのは、ほとんどろくに戦ったことのない連中だ。お前の村の連中だって命が関わっているのだから必死に戦うだろう」
「っ!……それでも皆を危険な目にあわせるなんて……」
俺の言葉を理解しつつも、やはり村人を危険な目にあわせたくないようだな。
優しい子なんだな。
だが、一人で戦うのは限界がある。周りは敵だらけ、孤独はいっそう疲労を募らせるだろう。
俺は少女の頭に手を置き、
「一人で辛かっただろう。だがもう大丈夫だ。これからは俺達がそばにいてやる。一緒に戦ってやる」
「……ボ、ボクは…ボクは…」
涙を堪えながら必死に強がろうとしている少女を抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だ。お前はもう一人なんかじゃないんだよ」
俺の胸の中で少女は泣いていた。
泣きじゃくる少女の背を撫でてやる。
Side:季衣
正直に言うと辛かった。
他の皆は戦えないんだから、ボクが戦わなくちゃいけないんだ。
ボクが負けたら皆死んじゃう。絶対に負けられない。
そう思って一人で戦い続けた。
盗賊達は倒しても倒しても湧いて出てくる。この辛い戦いの日々は何時終わるのかと何度も思った。
お兄さんがボクの頭に手を置きながら言った言葉で、胸の奥に押し込んでいたものが一気に溢れ出てきた。必死に涙を堪えるボクを抱きしめる。
『大丈夫、大丈夫だ。お前はもう一人なんかじゃないんだよ』
ボクは涙を堪えることができなくなった。ひたすら泣き続けた。
泣き続けるボクの背を撫でながら優しい言葉を掛けてくれる。
この人の声は不思議と胸に沁みこんでくる。
この人の胸はとても温かい。安心できる。こんな気持ちはいつ以来だろう。
あったかいな。