第一話
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刹那は倒れた翌日から仕事を再開しようとしたが、周りから止められた。
丸一日眠っていたのだからもう平気だと本人は主張したが、周りが許さなかったのだ。
周りの者達は良い機会なので、刹那には十分な休みをとって欲しいと考えたのだ。
しかし彼女達の優しさを察してくれるほど運命は優しくはなかった。
華琳達の元に衝撃が走った。
刹那と華琳の実の父親である曹嵩が殺されたのだ。
曹嵩には陶謙の部下が護衛についていた。
陶謙は急速に力を付けている曹操を警戒し、恩を売るつもりで護衛を出すと言ってきた。
華琳側も陶謙の腹の中は分かっていたので了承した。
陶謙は曹嵩の護衛に全力で当たると。
実際、陶謙は必死だった。
除州を失いたくはなかった。自分の息子達に残してやりたかった。
少しでも曹操の自分に対する評価を上げ、完全な支配ではなく、税を治めることで統治を認めさせたかった。
その為にはここで失敗するわけにはいかなかった。
護衛には精鋭を十分に付けた。
しかし陶謙は民政はできても軍事の才能はなかった。
部下の掌握も出来てはいなかった。
護衛に付けられた兵達は曹嵩と一緒に運ばれた財宝に目がくらんだ。
そして曹嵩と従者を殺し、財宝を奪い去って行った。
曹嵩は華琳を溺愛し、思う限りの愛情を注いだ。
同じ子供でも、華琳と刹那扱いは天と地だった。
華琳は刹那に負い目を感じながらも、父の愛情が嬉しかった。
その父が無残に殺されたのだ。
報告を聞いた華琳は腹の底から怒りが込み上げてきた。それは吐き出されることなく、冷たい塊になって心の底に沈んだ。
すぐさま軍議が開かれた。
曹操軍が誇る天才軍師二人の意見が割れた。
桂花は陶謙を討つべきだという。
親が殺され、子が仇を取るのは当然のこと。
天下にも曹操は孝心あり、と風評も上がる。
今こそ除州進行の好機。
詠は慎重に行動するべきだという。
周りの諸侯は今は曹操軍の力を恐れ従順だが、ここで隙を見せれば牙をむく恐れが高い。
仮に攻めるとしても今は周りを完全に抑えるべきだ。
二人の意見を華琳も刹那も黙って聞いていた。
二人の討論が続く中、遂に華琳の口が動いた。
「陶謙を殺す」
冷たく、重い声だった。
この一声で華琳の怒りは全員に伝わった。
「全軍で除州を攻める。陶謙とその一族は皆殺しにする。五日後に出撃」
軍議の場がざわめく。
周りが不安定な状況で全軍の出撃は無謀すぎる。
勿論全軍といえど、完全に全ての兵を連れていく訳ではない。
考えられるだけ可能な兵を出すということだ。
しかも五日で準備が整う訳が無い。
どう考えても兵糧が足りない。
「落ち着け、華琳」
「私は落ち着いているわ」
「俺は落ち着いている奴に落着けなんて言わん」
華琳と刹那の視線があう。
「今は周りの状況が不安定だ。陶謙を討つこと自体は賛成だが、周りを固めるのが先だ。それに遠征にだす兵糧が足りん」
刹那の意見に華琳が睨む。
「兄さんはお父様を愛していないからそんなことが言えるのよ!
これがもしおば様だったらそんなこと言えないわ!」
皆が驚いた。
普段から仲が良いこの兄弟のこんな姿を見たことが無かったからだ。
刹那はしばらく腕を組み、眼を閉じた。
その後、立ち上がると華琳の頭を軽く撫でると立ち去って行った。