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曹操軍の勢いは凄まじかった。
除州へ侵攻を開始すると初戦で陶謙軍の主力を圧倒し、皆殺しにした。
除州は豊かな土地で民も多く、兵も多かった。
しかし優れた将には恵まれなかった。
数ばかりの軍など曹操軍の敵ではなかった。
陶謙支配下の城を次々に落としいった。
陶謙からは曹嵩を殺したのは自分の意志ではない、という竹簡(竹に書いた手紙)をしばしば寄こした。
華琳は言い訳を聞く気はなかった。
どれだけ敵兵を殺そうと、敵の城を落とそうと、華琳の腹の底の怒りの冷たい塊は消えることはなかった。
華琳と刹那はあの軍議以降、兄妹としての会話はなかった。
周りのものも、複雑な家庭の事情に何も言えなかった。
古くからの付き合いの長いものは事情を知っているが故に関われず、新参のものは詳しく知らないが故に関われなかった。
刹那は今回の進行に何も言わなかった。
いや、言わないというより、言えないとも言える。
刹那は華琳のような天才ではない。
刹那が今まで、華琳や桂花と互角にやれたのは、全て月詠の蛟がもたらす情報のおかげだった。
誰よりも先に詳しい状況を把握することが生命線だった。
しかし今回はあらゆることが急すぎた。
突然の曹嵩の死。ろくな準備も出来ないままの侵攻。
情報を集めるのに時間がかかる。
流石の蛟をもってしても、武器となる情報は得られていない。
唯でさえ、最近周りの諸侯達の動きが怪しく、そちらに人員を割いていた。
曹操軍は除州の奥深くまで攻め込んだ。後少しで陶謙のもとに辿り着く。
華琳は一気に陶謙の首をとるつもりでいた。
しかしいよいよ兵糧が底を尽きかけてきた。
兵達は糧食を切り詰めながら、空腹をも力に変えてなんとか戦ってきた。
しかしそれももう限界だった。
「兵糧が尽きます、華琳様」
春蘭が言った。
華琳は剣を抜き、春蘭に突き付けた。
「陶謙の首はまだとっていないわ。父の無念を晴らせぬまま帰れると思うの」
「お気持ちは分かります。私とて、曹嵩様が殺されたのは、身をきられるほど悔しいのです。しかし、お考えください」
「ここまで来て、兵を退けというの。兵糧が尽きるのなら、尽きる前に死ぬ気で攻め落としなさい。私はあの老いぼれを殺すまでひかない」
「陶謙ごとき準備が整っていればいつでも討てるではありませんか。急ぎ過ぎたのです。万全の準備を整えて再度攻めましょう」
「春蘭、私の言う事に従えないというの?」
「従えません。命を掛けて言わせてもらいました。どうしてもいうのならこの首を刎ねてください」
春蘭は華琳を静かに見つめた。
周りのものは驚いていた。あの春蘭が、どこまでも華琳に従順だったあの春蘭がここまで言ったのだ。
「敵地で兵糧が尽きるのがどういうことか、良くお考えください」
致命的なことだった。兵糧が尽きたことがわかれば、敵を勢いづかせることにもなる。
言われるまでもなく、華琳にもそんなことは分かっていた。
「亡くなられた父君と華琳様が護らなくてはならない民。どちらが大事ですか?」
華琳は抜いていた剣を地に叩き付けた。
「陣を払いなさい。撤収するわ」
「必ず、必ずや曹嵩様の御無念を晴らしましょう」
「もういいわ、春蘭。良く言ってくれたわ。兄さんが言ったように、もっと冷静になるべきだった、と思うわ。
兄さんに酷いことを言ったわ。……許してくれるかしら」
「心配無用です。刹那様は誰よりも華琳様のことを大事に思っています」
春蘭の言葉に華琳が久しぶりの笑顔を見せた。
「春蘭、貴方は私にとってかけがえのない部下だわ」
華琳の言葉に春蘭も笑顔でこたえる。
春蘭が撤収の準備のため、駆けだそうとした時、伝令が飛び込んできた。
華琳達の領地に敵が攻め込んできたのだ。