「謝罪が欲しいとは言ってませんが?」
「不測の事態」
「は?」
「そうとしか言えない」
「不可抗力だと?」
「不可抗力ではありません。私の意思があったことは否定しない」
「不測の事態。説明して貰えますかね」
「不測の事態は不測の事態です。説明しきれるなら不測ではない」
「…ふ。腹の立つ人ですねぇ」
「気に障ったなら謝ります。でもあなたは謝罪は必要ではないという」
「説明を求めているだけですよ、私は」
…説明出来るならしたいんですよ、私だって。
でもその前に、誰か私に説明してくれないか。
推しは、2次元から3次元になれば"人"だ。
"人"だった。
それをあのときの私はわかっていなかった。
これが夢かどうか、まだわからない。
でもあのときは夢だとしか思っていなかった。
全て勘違いだ。
能天気な勘違い。でも、後から思えばとしか言えない不測の事態。
干柿鬼鮫が好きだ。
でもそれは"人"としての好きじゃない。だって目の前のこの人を"人"としてまだ理解出来ていないから。
この人は私と同じように、感じたり考えたり、傷付いたり傷付けたりする"人"だ。
なのに簡単に抱きついたり好きだと言ったり、無神経だった。私こそデリカシーが死亡している。
私の事情はこの人に関係ない。この人が私の台所を壊した事情が私に関係ないのと同じように。
私は息を吸い込んで、口を引き結んだ。
「私が何故あなたに抱きついたか…」
「私が大好きなんでしょう?」
畳み掛けられて胃が痛んだ。
「……」
お腹を擦りながら黙って目の前の男を見上げる。
「そうですよと言えばあなたは満足します?」
嫌な言い方だ。更に胃が痛む。
でも鬼鮫は笑った。
「するかも知れませんよ?」
しないだろ。
この人は私が自分を好きかどうかを知りたいわけじゃない。
私が、何の理由であんな真似をしたのかを知りたいのだ。
本当に干柿鬼鮫を好きだからというのが理由であれば、更に何故自分をそうまで好いたのか、何時から、どういう理由でそうなったのかを知りたがるだろう。
そしてそれを私は説明出来ない。
しても干柿鬼鮫は納得しない。
あまりに荒唐無稽だからだ。
わかる。
私だって鬼鮫の立場なら納得出来ない。
だから言えない。
でもだがしかし。
「…干柿さん、あなたお忙しいのでは?」
こんなところで単に興味を満たす為だけに、変な相手に絡んでいる程この人は暇なのか?
「忙しいですね」
鬼鮫は素っ気なく答えて胃を押さえる私の手を見た。
それが嫌で私は手を下ろした。変に気にかけられたりしたくない。同情も引きたくない。
ただ胃の具合が悪いのかと思われるのすら嫌だ。
私は大丈夫だ。
哀れまれたりしたらまた泣いたり縋ったりしたくなるかも知れない。夕べそうしてしまったように。
「朝ご飯を作りますが、食べます?時間はありますか?」
鬼鮫が目を眇めた。
「ありますよ。少なくとも外套が洗い上がって乾くまではここにいます」
なら夜の内に洗って乾かしといてくれよ…。
「お時間をとらせて申し訳ありませんね。あなたも今日は忙しいんでしょう?」
そう言えばそう言ったな。
でも今日は仕事探しより家の整理、把握だ。気が付いてないだけで多分色んなものが化けたり化けなかったりしている筈だ。
家の周りも見て歩かないと。
環境を把握しておかなければ、不便が続いてしまう。
「予定変更しました。今日は家の大掃除をします。壊れた台所の木っ端で家の中も散らかってしまったし、布団も洗わなけりゃならないし」
「表の台所の廃材ならまとめて置きました。使えそうなものは分けておきましたから確認をどうぞ」
…ん?
「それは…ありがとうございます…?」
勝手に家財に触った?
台所に何があったか考える。何かおかしなもの、鬼鮫の注意を引いてしまうようなものはなかったか。
私目線ではなく、鬼鮫目線で見ておかしなもの。
うまく何もかも化けていれば問題ないが、文字のもの、これがどうなるかわからない。
本がそのまま残ったように、例えば私の書いたメモとか…。
そう考えたら冷や汗が出た。干柿鬼鮫が夕べ過ごしたであろう居間に何かなかったか?どうだ?思い出せ。
「台所を何とかしろと言ったのはあなたでしょう?何か問題でも?」