朝食を作ったら、米が切れたらしい。
「ぅうわあぁぁぁあッ!そうだよ!米ェ!!!」
表から絶叫が聞こえ、止んだ。
油を切った缶詰の魚と胡瓜の塩漬けを塩抜きしたものを和えたもの、野蒜のぬたーそこらから引っこ抜いてきたらしいー、昆布茶に白米。
無い中でそれなりに形にしたものを出した女は、最後の晩餐もかくやの悲壮な顔で黙々と朝飯を平らげた。
泣いたら面白いと思ったが、泣かなかった。流石に米が切れたくらいでは泣かないらしい。
目の前で明らかに落ち込みながらコーヒーを飲む女を眺める。
そこまで困っているなら他人に食事を振る舞ったりしなければいいものを、何がしたいのか、この女は。
落ち込みながら何かしら考えているのがわかる。
辺りを見回し、時折唇に手をあて、眉間を揉み、煙草をくわえ、火をつけず戻す。
「…コーヒーおかわりします?」
不意に聞かれて笑いそうになった。
「いや、結構」
米を切らせてここまで深刻になっているくせに、コーヒーをすすめている場合なのだろうか。
コーヒーは嗜好品だ。高い。
米で叫び、コーヒーをすすめる。今ひとつ、ズレている。それが不思議だ。
もしやと思い、カマをかける。
「…コーヒーは高価ですからね。あまりご馳走になっては申し訳ない」
「……!!!」
案の定、凄い顔をして目と口をカッと開いた。
「た…たたた高いってど…どれくらい⁉…たか…いや、高価い。そうだ。そうだった。そりゃそうだ。……
くぅ…ッ」
卓袱台に両の肘を置き、俯いたかと思うとまた顔を上げる。
「…煙草も高い…」
「私は嗜まないのでよくわかりませんが、まあそうですね」
「…さ…さささ酒も高い…」
「…そりゃ米に比べたら高いですよ。どれもこれも」
「そうですよね。毎日のものだから感覚が鈍ってた」
頭を押さえて答える。言っていることはわかるが何処かしら妙だ。ずっと。
「嗜好品が高いのはどっこも一緒だ。ただ程度がどれくらいか…あー、引っ越したばかりだから、ちょっとここらへんの物価が今ひとつふたつ…」
マジマジとマグカップのコーヒーを見、残り5,6本の煙草の箱を見て情けない顔をする。
どうやらルーティンに煙草とコーヒー、そして多分酒が組み込まれているらしい。夕べは泥のように寝入っていたが、本来なら晩酌をして寝入っているのだろう。
女はまた、考え込む様子で煙草を口にくわえた。
マグの飲み口をなぞり、頬杖をつき、指先で目尻を撫でながら目を閉じ、開ける。
全くこっちを気にしていない。
それが妙に癇に障る。癇に障るからと言って腹が立つのでも、苛立つのでもない。ただ、何がなし癇に障る。矛盾しているようだが、"ただ"癇に障るのだ。
あの状況であんな真似をしておいて何をしれっとしているのか。
何なら台所中心でしかものを考えていないのは何なんだ。次点は米。コーヒー、煙草。多分酒。
そんな筋合いもないのに、蔑ろにされているように感じるのが爪のささくれのように、喉に刺さった魚の小骨のように、肌に触る朽ち葉のように引っかかる。
「…市場調査…」
こっちが凝視しているのに全く気付かぬ様子で、物凄く深刻な顔をした女が、火を着けないまままた煙草を箱に戻して立ち上がった。
「市場調査?町に出るんですか」
「出たいです。あなたもここを出るでしょう?ついていってもいいですか?そうして頂けたら助かるんですけど」
「私はまだ出ませんが」
「…ちょっと何言ってんだがわかんない…」
「洗濯物が乾いてませんからね」
「歩いてるうちに乾くでしょうに」
「その濡れたものを着て歩くのは誰です?」
「私が着て歩いても構いませんよ。乾いたら返します。さあ行きましょう」
「…形振り構わないのも大概にしなさい」
「あなたの格好は形も振りも構わない頓狂なものなんですか?」
ふと真顔で聞かれて内心脱力する。脱力するが、おくびにも出さない。
見られている。
切れ上がった二重の眼力が強い。
この女は、多分本当に知りたがっている。私の格好が、形振り構うものなのか構わないものなのか。
ただ知りたがっているだけでなく、何かを測ろうとしているのも感じる。
他意なく私を見るのではなく、観察している。答え方を表情を、言葉の裏を。
癇に障る。
「…さあ?私はあまり世間体を気にしない質なので。どうでしょうね。あなたの格好に比べて、私の格好は可笑しいものですかね?どうです?」