「対話してますが?特に台所に関しては幾らでも対話する準備がありますよ」
ヒリヒリするのか、時折や肘に息を吹きながら歩いている。
痛みに疎いと言っていたが、それもどこまで本当なのか。
この調子でいいものが出来たという護身用の辛味爆弾とやらを使ったら、この人はどうなるのか。
あっさり自爆するところしか想像出来ない。
「幾ら対話しようと、質が伴わなければ意味がない。量より質ですよ」
「私にとって台所の件は凄く質の高い話ですけどね」
冗談交じりながら警戒と不信が混在した不穏な目が向けられる。
「兎に角家に帰りますよ。話はそれからです。本当のことを言えとは言いません。腹を割って話しましょうか。お互いに」
周囲に気を配る。
胡乱な気配はない。様子を伺われている気配も。
昨晩から今にかけてのこの間は、林に投げ捨てた死に体の回収と、今後の出方を練る為ものだろう。
則子の家がある、あちらもその異状に気付いている。
空を見上げる。
陽は中天。
澄んで晴れ上がった空がただ麗らかに広がっている。
「干柿さん?」
口を噤んで空を見上げた私に、則子が訝しげな声をかけて来る。
「天気が気になりますか?雨は来ないと思いますよ」
外套を乾かす為に天候を気にしていると思ったのか。
あまりにも凡庸な声がけに失笑が漏れる。
「…そうでしょうね。雨は降らないでしょう」
こんなやり取りをしている自分が不思議だった。ただの女と並んで歩きながら天気の話をしている自分が。
気の抜けるやり取りだ。
まるで他愛ない。
「間の抜けた話だ…」
呟いたら、則子が不思議そうな顔をした。
その顔に、ふっと息が漏れた。笑ってしまった。
則子が警戒していないことが、妙に気を楽にした。楽になった一方で奇妙な罪悪感を覚える。
「間抜けた話ですよ。天気の話なんか」
半ば苦々しく言えば、則子はふぅんと気の抜けた相槌を打った。
「まあ…。天気の話は社交辞令みたいなモンですし。間抜けと言われたらそれまでですが」
そこまで言って、則子は妙に生真面目な目で私を見た。
「間抜けた干柿さんもいいんじゃないかと思いますよ?」
馬鹿なことを言う。
「そうですか。ですが残念ながらあなたの期待に添う気はありませんよ。間抜けている暇はありませんのでね」
即答で切り捨てれば、則子は何処かが痛んだように目を眇めた。
「…間抜けてて下さいよ。そういう干柿さん、悪くないと思う」
「…面白いこと言いますね」
口の端を上げて皮肉に流す。
まただ。他意のある物言いだ。
引っかかる。
ーそして、苦々しい。