腹は減るし、身体中ヒリつくし、更には何故か眠い。
促されて居間の卓袱台前に座ったはいいが、気持ちは寝室に飛んでいる。
…すンごく眠い…。
しなきゃならないことが山程ある。
銀行はあるのか?預金はどうなってる?
財布の中身はちゃんとこの世界の通貨になっているのか。
七万弱あるとか言っちゃったぞ。言っちゃったけど円がウォンや元になってたらどうするんだ?爆発するぞ、私が!なるならドルかユーロになっててくれ。頼む…!
嗜好品は高い。元の世界でも嗜好品は高いものじゃあったが、こっちでは何がどれくらい高いのか。
人のいる場所、町まで、どれくらいかかる?
家を見回って、見られたくないものは寝室に集めなきゃ。それが解決になるとも思えないけど今はそうするしかない。
NARUTO全巻所持なんかしてなくて良かった。つくづく良かった。情報源にはなったろうけど、見つかった日には言い訳が立たなさ過ぎる。
カプサイシン爆弾も移動しないと。小屋にあっちゃいざというとき使えやしない。
風呂に入りたいけど今入ればまた身体がヒリつく。
風呂に浸かったりしたら幾ら盲腸になってもケロッとして腸閉塞を起こしかけた私でも、ただじゃ済まない気がする。いや、でも目が覚めるかも…て、いやいやいや。落ち着け。そういうことじゃない。
馬刺は繋ぎ直さなくていいのか?
さっき通りがかったときには綺麗に刈り取られた芝生みたいなとこでまだもぐもぐやってたけど、草の生い茂ったところに移すべき?移すべきだよな。あのままじゃ土を食い出しかねない…。
沢にも沢から家への道にも、色んな植生があった。山に自生してるというにはちょっと不自然なものも結構あった。
前に誰かが暮らしてた名残りか?庭木を大事にしてた人なんだろうな。おばあちゃんとおじいちゃんを思い出す。
形見の家が壊れてしまった。ごめん、じいちゃんばあちゃん。ふたりの家を大事に出来なくて。
あ。昼ご飯どうしよう。乾麺を使うか?大きい鍋がいるな。台所の跡を見てこなきゃ。
干柿さんにお礼を言わないと。気を遣わせてしまった。
本当のことなんか話せない。
話せたら楽なのに。
あの詩集を居間の押し入れに置きっ放しにした自分に腹が立つ。大切なものなのに。
名前を知られてしまった。
不安で堪らない。
私は帰れるのかな?
帰りたい。
帰りたいんだけど…
「…則子さん?眠いんですか?」
ふと声をかけられて、自分がうつらうつら舟を漕いでいたことに気付く。
「…あい…」
我ながら間抜けた返事が出た。眠いのにも程がある。
「ちょっとコーヒー淹れますね」
卓袱台に手をついて立ち上がろうとしたら、また卓袱台がフワッと卓袱台返しになりかかる。
「ー気をつけなさい」
たんと板面に手を置いて卓袱台を押さえつけた鬼鮫が渋い顔をする。
「…あれ…?ごめんなさい」
卓袱台から手を放したら、よろめいた。
鬼鮫が腰を浮かすのが見えた。
基本世話焼きなんだな、この人は。
体勢を持ち直し、掌を立てて鬼鮫を止める。
「すいません。大丈夫です。干柿さんもコーヒー飲みます?それとも水にします?」
「…いいですよ。私が淹れます」
「お気持ちは嬉しいですが、私が淹れます。眠気覚ましに」
客にコーヒーを淹れさせて寝こけるなんて尻の据わりの悪いことが出来るか。
朝沸かして貰ったお湯の残りがポットに残っている。
欠伸しながら茶箪笥の盆に伏せられたマグと横手土産の湯飲みを反す。
この湯呑みが何となく鬼鮫の専用みたいになってしまっている。解せぬ。
「…よく考えたら納得いかん。何なんだ」
呟きながらコーヒーを淹れる。
コーヒーはまだ袋に3分の2くらい残っている。とは言え、次を補充出来るかどうかを考えれば、悲しくなるくらい覚束ない残量だ。
「やっぱり町に出なきゃ話にならないな…」
そこらへんもまともに話さなきゃ。
先ず人のいるところを見なければ、この世界の何も理解出来ない。
大体米!米がない!
パチンと目が覚めた。
主食の枯渇は死活問題だ。代用食はあれど米のない生活なんて、海外移住したんでもなけりゃ我慢出来ない。うん?海外移住しちゃったようなもんか、今の状況?いや、でもここでも主食は米だろう。…米だよな?米だったよな?米であれ!
干柿鬼鮫はいずれここを出て行く。
台所を直すにしても、それが終われば関わりは切れる。
その前に知りたいことを知っておかなければ。
…色々バレない程度に、探りを入れて…。
「…難しそうだなー…。頭回るもんなぁ…。しつこいし…」
「…誰がしつこいんです?」
背後から声をかけられてぴっと背筋が伸びた。
そろっと振り向けば、鴨居に手をかけた鬼鮫がこちらを見ている。