「しつ…こい汚れには…オキシドールです…よねぇ?」
「は?」
「掃除しないとなーと思って…あの、洗剤の話です。ハイ」
「ほう?その洗剤は扱いが難しくて頭がいい?」
「…ねー…。最近の技術の発達には目を見張るものがありますよねえ?びっくりしちゃう」
「びっくりしちゃうのはこっちです。よくもまあ、そう口から出任せをベラベラ言えたものですよ」
「掃除が出任せ?」
「賢い洗剤が出任せでしょう?そんな洗剤要りませんよ」
「…確かに要らないかもな…」
「…何で私の顔を見るんです」
「いや…。賢い洗剤の存在意義について考えてただけです」
「本当にあなたは…ああ言えばこう言う…」
「そう言えばこう言う」
「…話は寝てからにしますか?あなたちょっと、様子がおかしい」
「失礼な。私の何がおかしいって言うんです」
「……」
「…物言いたげに黙らないで下さいよ。全肯定されて全否定されてるみたいで腹が立つ」
「兎に角、寝て下さい。目の焦点があってませんよ?気味の悪い」
「あはは。女性になんてこと言いますか」
「女性扱いされたければ女性として自覚的に振る舞うことですね」
「何やったって女は女ですが」
「生物学的にはそうでしょうがね。私は情緒や感情面の話をしている」
「フェミニストに怒られますよぅ?」
「またわからないことを言う。わかるように話して下さい。わかるように」
「なら干柿さんは情緒や感情面で男性ですかね?…聞くまでもないか。でも振る舞いは…お母さん…」
「…則子さん。寝て下さい。話になりません」
「コーヒー飲んでお昼ゴハン出してお話して馬刺移動して布団洗って小屋片付けたら寝ます」
「何時になるんですか、それは?」
「干柿さんの都合が良ければ町にも行きた…」
「行きません」
「行きだけ!行きだけでいいんです!帰りはちゃんとひとりで帰りますから!」
「…ここからまともな町場まで歩いて6,7時間かかりますよ?馬刺に乗っても2、3時間。ひとりで帰って来れますか?」
はい?
目を瞬かせて鬼鮫を見る。
鬼鮫は溜め息を吐いて鴨居から手を離し、腕組みした。
「あなた"引っ越ししたて"でこの辺りに疎いようですから、先ずここらの地形から説明しますよ」
そう言って鬼鮫は、反応を見るように私を凝視したまま話し始めた。
ここは霜の国と湯の国の国境にあたる山岳地帯。
この辺りには街場はない。
せいぜいが負傷した忍びがひっそりと湯治する鄙びて人に知られない湯治場か、峠の茶屋的な簡易な宿、世俗を離れた世捨て人みたような連中の集う小さな隠れ里があるくらいのものだ。
数十年前まではまさにあなたの家があるこの辺り、山とまでいかないが十分険しい木の生い茂る丘陵地帯は、薬草を育て本草をよくする薬師の里があったが、これは薬草の利権の絡んだいざこざで根絶やしにされたと聞く。
あなたの家に電気と水のライフラインがあるのは、山に点在する宿屋や茶屋、湯治場の余録だろう。
滔々と語る鬼鮫を見返しながら、いやに目が痛むのを感じた。
…あ、瞬きしてなかった。ヤバいヤバい。目が干からびる。
近くの栄えた町場、湯の国の湯治街まで馬で2時間から3時間、歩けば6時間から7時間。
薄笑いして腕組みした。
「…サンバーだったらチョロい距離だってのに…」
窓越しに馬刺を眺め、悔しくなる。
いや、馬刺は可愛い。可愛いけど、あなたに往復4〜6時間も乗ってたら尻持ってかれる。持ってかれるでしょうよ。
でもだがしかし。
「こりゃいよいよ馬の捌き方より乗り方だ…」
「…乗れもしないのに馬を飼ってるんですか、あなた?」
「しょうがないじゃないですか。引っ越し祝いですよ、馬刺は」
忌々しく顔を顰め、居間をぐるりと見回す。
ポット、ストーブ、小さなラジオ、将棋盤に水のなみなみ入った木桶。
「あれもこれもそれも、みぃーんな引っ越し祝いだ」
部屋の隅にあった木桶を持ち上げて、投げ槍に言って窓を開ける。
「こンなモンが加湿器になるかーーー!!!!」
叫びながら窓表に水を撒き散らす。
「くそ…加湿がこれなら除湿は何だ?嫌な予感しかしないぞ…」
呟きながら隣の小部屋に入ると、部屋の隅にあった陶器の蚊取り豚が目に止まった。。
「…ンな訳あるかーー!!!!!雑、雑になってきてるぞ⁉解釈不可だったか⁉出来ないならやるな!手をつけるな!TVと携帯とPCとSwitchを返せ!将棋盤とゼルダに何の親和性があるってんだ⁉あつ森に建てた豪邸を返せ!あの家の為に私が狸に幾ら払ったと思ってんだーーー!!!!!」