けれどではこの状態は一体何なのか、正直わからない。
夢で括るのが一番楽で現実的なように思える。
「そうなんだよ。夢であるべきなんだよ」
トイレに入って用を足し、空腹を覚えながら寝室に戻って煙草をくわえ、でも火は着けずに敷きっぱなしの布団に寝転がり、それが血塗れであることに気付いて慌てて身体を起こす。
「リアル過ぎるんだよ。何もかもご丁寧にリアル過ぎる!」
腹立たしさに声を荒げたら、腹の虫が応えるようにくぅと鳴った。
「…台所が全壊してるのに腹が減るなんて何の罰ゲームですよ…」
昨日仕込んだ筍ご飯は多分絶対無事じゃないし、味噌汁ように水にほとびさせていた煮干しは出し汁もろとも地面に投げ出されているだろう。
冷蔵庫の鮭の切り身や豆腐は、何なら冷蔵庫ごとメタモルフォーゼして、更に潰れているかも知れない。
また腹がくぅと鳴った。
ふと家の裏にある小屋を思い出した。
2畳ほどの小さな小屋だが、糠漬けや梅干し、米や乾物をしまい込んである頼りがいのあるあの小屋。
窓を開けて小屋を確認したら、そこに人がいた。
黒い外套に赤い雲が飛んでいる。小屋の入り口に手をかけ、腰を屈めて中を覗き込んでいる大刀を背負った大きな後ろ姿。
「…干柿鬼鮫…。…ぅわぁ…」
呆気にとられた私の小さな呟きに、干柿鬼鮫が振り向いた。
「…以後お見知りおきは必要ありませんよ。風呂もすませて気分爽快といったところでしょうかね?いい気なものだ」
「わあぁあー!!ぅわああァぁぁー!!!何でいるの⁉何してるの⁉ちょ…おかしいでしょ、あなた⁉止めて止めて、いたらおかしい!駄目駄目、消えろ!」
「…失礼な人ですね。倒れたあなたをわざわざに布団に寝かせてやったのに消えろですか?良識を疑いますねえ」
腕組みして舌打ちしかねない忌々しげな顔をした干柿鬼鮫が、眉間に皺したまま窓に歩み寄って来た。
思わず後退りして尻もちをついた私を、窓の上枠に手をかけて覗き込むように見下ろし、私の推しは実に彼らしい"悪い顔"で笑った。
「ちょっとお話をしましょうか。いくつか聞きたいことがあります」
私に話したいことは何もない。
いや、あるにはあるが、山のようにあるが、どうもこの目の前の干柿鬼鮫がいうところの"話したいこと"には何一つそぐわないだろうという気がする。
何故こんなことになっちゃってるのか。
一番知りたいこの問いに、先ず間違いなく干柿鬼鮫は答えられないだろう。何だかんだと儀式を展開し、私を召喚した訳じゃあるまいし、どうしてこんなことになっちゃいましたかね、私、と聞かれたところで、変な顔をして皮肉か嫌味しか言わない筈だ。この推しは。
だから先ず黙って話を聞こうと思った。腹の虫が鳴らないことを祈りながら。
「で?」
…は?いきなり「で?」ってことあるか。失敬な推しだな。
「先ずあなたの名前を聞いておきましょうか」
「別に嫌々聞いて貰わなくたっていいんですよ?名前を知らなくても話は出来ますからね?」
「そうですか。ではそうしましょう」
始めからそうして下さい。
何か名乗ったら何かが定着しそうで嫌だ。
干柿鬼鮫は顎を撫で、僅かに首を傾げて私をしげしげと見下ろした。
「…数日前ここに来たときに、こんな家はなかった。不思議ですねえ?」
そりゃ不思議だ。大変だ。
まさかその説明を私に求めるんじゃありませんよ?切れますよ、流石に。
「何故です?」
…うわぁ…。
それ私の台詞。あなた以上に私の台詞。
切れ…いや、切れませんとも。私は大人だし、干柿鬼鮫は私如きが切れてもびくともしないでしょうし?
「新しい家屋ではなさそうだ。古びて脆い」
余計なお世話だ。人の家に文をつけるんじゃない。3k風呂トイレ別、古びちゃいるが暮らしやすいいいコなんだよ、私の家は。
…今は3風呂トイレ別、kなし物件になっちゃったけど。
「あなたも何だか妙だ」
…失礼な人間なのを承知で推してきたが、本当に失礼だな、コイツ…。