本当に、本当に申し訳ありません!
改めてこちらが34話になります。
右手がビリビリして目が覚めた。
痛い。
…おお…?痛い。…これは…結構痛いな。いやかなり痛いぞ?何だ何だ。
ぼんやり目を開けて、痛む右手に顔を向けた。向けて客用布団に寝ているのに気付いた。
「…?」
起き上がって見回せば、寝室ではなく居間。
うん?
何で居間に布団敷いて寝てるんだ?
痛む右手を何の気なしに左手で擦ると、ガガッと感電したような激痛が走った。
「ッた…ッ」
指が焼き切れたんじゃないかと居間を彷徨っていた視線が反射的に右手へ走る。欠損ない手を視認し、一瞬安堵するも、親指、人差し指、中指が、真っ赤になっていた。
「……」
何で…、と思いかけて、さっと目が覚めた。
慌てて居間を見回し直す。誰もいない。
布団を跳ね除けて立ち上がる。立暗んで目が回ったが、構わず足を踏み出した。襖戸を開けるといきなり鼻がジンと痛んでくしゃみが出た。その反動で右手にまたガツンと激痛が走る。痛みに目尻に涙が浮かんだ。
「…な…」
慎重に排除した筈のカプサイシンが家に入り込み、何なら薄っすら充満している。
目がシバつく。
いや、こんな筈ない。何だよこれは。
ここまで拡散する訳がない。こうならない為に慎重に扱ったのだし、その為に敢えてひとりで被害を被ったのだから。
後退り、居間に戻って襖戸を閉める。
右手が、三指が痛んで耐えられない。左手で右の手首をきつく握り締め、座り込む。これは血流を止めて痛みを和らげようとする身体の反射だ。ヤバいぞ。かなり痛いってことだ。いや、痛い。確かに痛い。私が痛いと思うくらいだからこれは本当に相当痛い。
干柿さんはどこいった?
まさかカプサイシンにやられてないだろうな。
痛みに息を詰め気を紛らわす為に考える。
微量のカプサイシンが鼻腔内に張り付いて、またくしゃみが出そうだ。
駄目、絶対。今くしゃみしたら、また右手に響く。
何だ?何で居間に寝てた?
いや気を失ったんだな。多分干柿さんが寝かせてくれたんだろう。
この右手はどうした?干柿さんはどうした?
赤い三指に息を吹きかける。
痛いの痛いの飛んでけは気休めや迷信じゃない。炎症を起こした患部の熱を冷ます、些細な些細な知恵だ。勿論吹いても痛みは飛んできゃしないが、吹かないより吹いた方が楽だ。
この痛みは何だ?カプサイシンか?いや、時間差で痛みが増すもんじゃないだろう。むしろ時間薬が一番有効だってくらいのもんだ。
頭の中を?マークが割れた薬玉から舞い出た紙吹雪もかくやの勢いで乱舞する。
それでなくてもここは何処私は誰状態なのに、本当に一体何の罰ゲームを食らってるのか。
押し入れの薬箱を開けて包帯を引っ張り出す。包帯はテーピングだったような気がするが、もう知らん。左手と歯を使ってギリギリと三指を締め上げるように縛る。バファリンを飲みたいけれど、よくわからない薬の小瓶のどれが鎮痛解熱にあたるのか見当がつきゃしない。
叫び出したいのをぐっと堪える。堪えただけで痛む右手が、叫んだ日にはどれだけ痛むか。
カプサイシンを吸い込みすぎないよう、深呼吸してから用心して居間を出る。目を眇めて見回すと、畳に赤い足跡。
…何だこれ…。
寝てる間に何があった?
すぅっと足元から血が抜けていくような感覚がした。
…何をしたんだ。干柿さん…
胡乱な目がふっと脳裏を過る。
…ああ…。
鬼鮫を案じる気持ちは失せた。多分あの人は無事だろう。
代わりにこの血はあの人のものではないという確信が湧く。そしてあの人以外の誰かが無事ではなくなった。
干柿鬼鮫は強い。
物騒なこの世界観の中で、干柿鬼鮫は誰かを傷つけることはあっても、己が血を流すのは稀な程に強い。
干柿さん。…あなた…何をした…?
息を詰め目を眇めながら廊下に来て、台所の戸が閉まっているのを見て驚く。
戸が残ってたのか。わざわざ閉められているということは、干柿さんは外にいるということ?
ちょっと躊躇してから、息を止めて一気に引き開ける。
予想に反して湿った空気がふわっと肌に触れた。通り雨でも降ったのか何もかもが濡れて、そこら中朝露みたいな雨粒の名残が晴れた陽の光を受けて瑞々しく煌めいている。
「…?」
雲ひとつない空を見上げて首を傾げる。どれくらい寝てたんだろう、私は。
積み上げられていた廃材が消えている。要るか要らないかわからないものとして鬼鮫が分けていたものの小山もない。
血溜まりも、綺麗になくなっている。
「…すンごいスコールで洪水でも起きた?」
不思議だ。
予期していたカプサイシンの刺激もない。
むしろ家の中の方が空気が悪い。