優しくもなければ丁寧でもない、だからといって乱暴にでもなくただ地面に下ろされた。温度のない扱われ方が気楽だ。その距離感にむしろ礼儀正しさを感じる。
それにしても、ああ。有難い。目を閉じて草の生い茂る地面を撫でる。重力って素晴らしい。地面に貼り付ける安心感半端ない。
「随分失礼ね」
頭の上から声が降ってくる。が、目を開けるのもしんどい。完全にキャパオーバーだ。
「いや、これは生理現象で…」
我ながら弱々しい情けない声が出た。泣けてくる。
「生理現象?」
「気持ち悪くて」
「気持ち悪い?」
ああ。面倒くさい。どうしたらいいんだ。
「勘違いしないで欲しいんですが私は私の状態の話をしているんです。あなたの話をしてるんじゃない。…助けて下さってありがとうございました…」
今こそ気を失いたいところだけれど、そういう気配は一向にない。
「どういたしまして。それで?あなた、何であんなとこにいたの?」
「それが私にもさっぱり…」
「さっぱり?」
「わからないんです」
「わからないって?何故?」
理不尽なことを聞かないで欲しい。何でわからないかわかってたら誰も往生しない。
渋々目を開けたら、こっちを見下ろす縦割れの目と目が合う。白い肌、コケた頬、綺麗とも気味が悪いとも言える曰く言い難い独特な雰囲気。
凄いの来た。凄いの出た。
この人大蛇丸だ。やっぱり大蛇丸だった。
人で実験してアンチエイジングするヴィクター・フランケンシュタインだ。秦の始皇帝と徐福の一人二役博士だ。助けてもらって何だけれど全然お近づきになりたくない。触らぬ神に祟りなしを地でいくサイコパスが何でこんな山奥を彷徨いてるんだ?
「…あなた、ここの家主?」
私のこじんまりした愛しの平屋ーK無し物件を舐めるように眺め、無頓着に草を食む馬刺を見、また私を見下ろして大蛇丸と覚しき恩人が腕を組む。
「何日か前に来たときはここに家なんかなかった」
…皆それを言うなぁ。何だ?ここは何日か前には家がなかったことを気にする変わり者が集うミステリースポットか何かか?
「…で?あなたはここであの鮫と何をしてるの?」
「何って…」
絡みつく蔦を払いながら体を起こす。
「…別に何ってことはしてないですね、通りすがりの方ですから、あの人」
「通りすがりの名前を呼んで助けを求めた?」
「あの方がうちの台所を壊したので、補償について話し合いはしましたよ」
「補償?あの鮫が?ふ。面白いわね」
「……」
そうか。面白いことなのか。ここじゃ人の家は壊してなんぼ、誰も責任なんか取らないんだな。
鬼鮫の生真面目で皮肉げな顔が過った。
…あの人、良い人だ…。
本職でもないしそういう素地があるとも思えないのにいきなりDIYに走る頓狂さはあるものの、彼なりに台所問題に向き合ってくれた。
何かしらの打算があってこっちを測っているのもわかっている。私が不審すぎて用心されているのもわかっている。
でも干柿鬼鮫は向き合ってくれた。
訳の分からない不審者に。直さないのが当たり前らしいーふざけんなよー他人の家の台所問題に。
溜め息が出た。
「面白かろうが面白くなかろうが、台所は直して貰わなきゃならないんですよ。ここは私の家じゃないんで」
「あなたの家じゃない?なら誰の家?」
目を細めて捕食の表情を浮かべた大蛇丸に背筋がザワついたがうんざりもした。
「祖父母の家ですよ。ふたりの大事な家なんです。私はそれを譲られたたけ」
「譲られたんならあなたの家でしょ?馬鹿なこと言うわね」
「ふたりの家ですよ。私は預かってるだけ。持ち主がいなくなってしまったから、私が管理してるだけでここはずっと祖父母の家です」
「…ふぅん?」
全く興味なさそうな大蛇丸に笑いが込み上げた。
聞く気がないなら聞かないでくれないか。でもって用がないなら去ってはくれまいか。
「その祖父母とやらは何者?」
「…何者って…?」
何でそんなこと聞くんだ?
「植物に明るい?」
「……」
話す気が失せた。
ー怖い。確かに祖父はアマチュア園芸家、祖母は野草を使った民間療法をよくする人だった。
それを予測するようなことを言い出す大蛇丸が怖い。
「この葛」
馬鹿げて太い蔦の葛を足で払い、大蛇丸がまた目を眇める。
「なんでこんなに育っちゃったのかしらね?人を持ち上げるほどに?あなた何かした?」
何かって…。別に水遣りも加肥もしていない。大体元から繁殖力が高い葛にそんなことしたら目もあてられないだろう。
「何もしてません」
正直にそれしか言えない。
「…そう?」