薄く笑って大蛇丸が手を伸ばしてきた。
「…なんですか?」
一歩下がって避けかけたものが、素早く右手を捕まえられる。
「ッィギ…ッ」
寄りによって三指をギリッと握りしめられて背筋に電流が走るような激痛に見舞われた。
「この指。どうしたの?"ここ"に来てから?」
膝をガクつかせた私を面白そうに見る大蛇丸が、三指を握る手へ更に力を込めた。
「…ぐぅ゙…」
食い縛った歯の間から呻き声が漏れる。痛い。痛い。痛い。
「痛いのね?そりゃそうよ。溜まってるもの」
薄笑いのまま手を開いた大蛇丸が、今度は指先で私の親指を摘み上げた。
「…随分おかしな…?」
呟いて親指と人差し指の間をぐっと広げる。
「あッぐ…ッ」
目がチカチカしてきた。
「チャクラじゃないわねえ…。血継限界…?…違う…。それにしちゃあんまりにも扱いきれてないものね。お粗末だわ」
白い砂粒がチラチラ舞うような不明瞭な視界の中を掻き分けて、白い指先が額に触れた。
「…辛うじて…土…?でもまあ…そういうことかしら?」
ブツブツ呟く声が分厚い膜の向こうから聞こえて来るように遠い。
腕をぐいと引かれ、腰が砕けた。右手が水に濡れた冷たい植生にぎゅうっと押しつけられる。
「…ぅッ!わ…ッ!!」
地面に押し当てられた右手の下から、ドンと何かが突き上げてきた。絡まり合った集合体のような何か。ザワつき、しめやかな感触の何か。
またこれか⁉もう止めてくれってば!!
ぎゅうっと目を閉じたら額をびっと弾かれた。
「目を開けて念じなさい。今度は鬼鮫や私の手を煩わせるんじゃないわよ?怖がって手を離したら痛みはいつまでもそのまま、それでもいいなら好きにしたらいいわ」
目を開けたら様々な植生が編んだ籠のように周りを囲っていた。
「…何だこれ…」
茫然と呟くと、籠の隙間の向こうから大蛇丸が半眼でこちらを見ていた。
「痛みが引くまでそうしてなさい。それから付き合い方を覚えることね」
「何が?何を?え?ちょっとちょっと、ちょっと待って。なんなのこれ?何なの?」
「いい大人が情けない声出すんじゃないわよ。聞き苦しい」
ひ…他人事だと思ってコノヤロウ!
こちとら頭が破裂しそうなんだよ!破裂しそうなの!
「だ…ッ」
誰か話を聞いて!
「…は…はな…」
話が出来たらどんだけ楽か!
何がどうしたのか誰か教えてよ!
何で私がここに来なきゃならなかった⁉
私はどうしたらいいわけ⁉
何をしたらいい⁉どう生きていけばいい⁉
夢なんかじゃない!目なんか覚めない!
家族にも友達にも会えない!仕事にも行けない!積み上げてきたものも皆なくなった!
人を弑す推しに会った。
推しは人だった。皮肉で気遣いが出来て、真面目でズレてて賢い、だからこそ怖くて痛い"人"だった。
自分が恥ずかしい。
でも何が出来た?
あの状況で何が出来た?わかるわけない。覚めない夢だなんて、もしかしたら現実なんじゃないかなんて、わかるわけない。
ああ、言い訳だ。
どうしたらいいんだ?
誰か教えて。
何かひとつでいいから教えて!
どれかひとつでいいから!話をしたい!聞いて欲しい!
誰か?誰かじゃない。誰でもいいわけじゃない。
あなたに聞いて欲しいんだ、干柿さん…
一番話しちゃいけないあなたに。
ー誰があなたにあなたの死に様に繋がる話が出来る?私には出来ない。出来る訳がない。
「……」
すぅっと頭が冷えた。
周りを取り囲んでザワザワと伸び狂っていた植生の動きが緩やかに止まる。
葛、酢漿、繁縷、紫詰草、烏野豌豆、野苺、昼顔、通草、薯蕷、烏瓜、蕨、風草、姫女苑、春紫苑、大野襤褸蒲公英、酸模、蕺草、露草、狗尾草、蛍袋
みちみちに植生が絡まり合い、蔓や葉茎を伸ばし花を咲かせ、匂っている。
懐かしの体育座りするスペースしかない。大蛇丸の姿ももう見えない。
「…え?どうすんの、これ?」
「止まったじゃない。良かったわね」
声が返って来てビクッとする。まだいたのか。
「痛みも引いたんじゃない?どう?」
言われてみれば痛みが引いている。
「…おお…ホントだ…」
「…あなた、名前は?」
「…え?」
「名前をきいてるの」
「…山田花子です…」
「…や、ヤマダ?」
「山田花子です」
「変わった名前ねえ?」
「そうかも知れませんね」
「…まあいいわ。ヤマダハナコ」
「……プ…ッ」
「…今何で笑った?」
「笑ってません。鼻がむず痒かっただけです」
「…ヤマダハナコ」
「…く…くく…」