世は全て事もなし   作:エンギウック

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第39話

「ちょっとアンタ!」

 

「や、ごめんなさい」

 

笑ったせいにして目尻に滲んだ涙を拭う。

 

「草がくすぐったいんです。ここは凄く狭くて、草が触れてくすぐったい」

 

「いい気なもんね」

 

「これ、何なんですか?」

 

ひとつだけでも答えが欲しくて聞いたら、バリバリッと草花の壁が破れて腕が突き込んできた。

 

「…ひッ」

 

突き込まれた腕は即座に引っ込み、草花の籠に空いた穴から大蛇丸の顔が見えた。

蛇の目がじっとこっちの様子を伺って、すっと紙を剃刀で切った跡みたように細く眇まった。

 

「あなた、私と来る?」

 

よくわからないことを言われたなと思う前に反射で答えが出た。

 

「行きません」

 

馬鹿言うな。処理情報過多で爆発しそうなのにそれを二乗してどうする。頭がショートして擦り切れるわ。

 

「私ならあなたに色々答えてあげられるかも知れないわよ」

 

「…え?」

 

「急にこんなとこに飛ばされて来たんじゃ訳がわからないことばかりでしょうね。不安だったでしょう?…ふ。可哀想に…」

 

「…え?」

 

草の籠に空いた穴、その向こうにいる大蛇丸とまた目が合った。

 

「その手。…指…。面白い。ねえ。この先、どうしたらいいか、考えてあげる」

 

絡み合った視線、緑に縁取られた視界、そこにまた白い手が侵入して来た。

 

「来なさい?損はさせないわよ?」

 

「結構です。今はまず台所を何とかしないといけないので」

 

白い手に触れないよう、慎重に体をずらし動かし、身を縮める。

 

「それに私は負債を抱えているのでそれを解消しないことには何も始まらないんですよ」

 

不可思議な色を帯びた胡乱に丸い目が頭を過った。

 

鬼鮫の疑問に答えることは出来ない。でも鬼鮫を傷付けたかも知れない無神経な痴女行為の責任はとらなくてはならない。

それがどういう形で収拾するか、鬼鮫を納得させられるかはわからない。鬼鮫が見切りをつけて去るならそれもよし。

いずれにせよ私は鬼鮫を人として見なかった、あの出会いを乗り越えなくちゃこの世界の誰とも知り合うことが出来ない。

 

手の侵入が止まる。

 

「あなた借金持ち?」

 

「特定の人物に対して精神的瑕疵における責任と負債がある状態にあるという話です」

 

「…アンタ鮫と何をしてるわけ?」

 

「む。何故相手が干柿さんと?…鋭いですね」

 

「変な女…」

 

「…あー…それ、あなたには言われたくなかったなぁ」

 

「何よそれ」

 

「何って…。あまり深読みせずそのまま受け取って下さって支障ない単純な雑談です」

 

「何で私がアンタと雑談しなきゃならないのよ」

 

「本当そうですよね。お忙しいところ申し訳ありませんでした。このご恩は相応しい対応が出来る私と好ましい状況が整った折に適切な時期を見て丁寧にお返し出来ればと思います。今日はありがとうございました」

 

「…めちゃくちゃ丁寧に追っ払うじゃない?」

 

「追っ払うなんてまさかまさか。日を改めてまた、というお話…」

 

「日を改めてまたね。いいわよ。了解したわ。アンタへの恩は、アンタの私に対する負債。そういうことね」

 

「いいえ。負債ではありません。親切に対する良心です」

 

「…ふぅん?ならアンタの良心に期待させて貰うわ」

 

「親切も良心も期待するものではありませんが、良心に従って良識的に対応させて頂きたいと思います。今日はありがとうございました」

 

「懇切丁寧に追っ払うわね…。ムカついてきたわ」

 

「…後悔しますかね?」

 

ふと、漏れた。

 

何か知っていそうな、このマッドサイエンティストを前に。

 

「…さあね?まあ、どの道また会うことにはなるわよ。それまで負債とやらを何とかしときなさい。何なら私が元ごと絶ってやってもいいのよ?」

 

「お帰り下さい」

 

「追っ払うんじゃない」

 

「また後日」

 

「ふん?…また後日ね」

 

「ひとつ聞いていいですか?」

 

「高くつくわよ」

 

「…それでもひとつ」

 

「どうぞ」

 

「私のこの手はどうなっちゃったんですか?」

 

「鬼鮫に聞いても大体の答えは出るわよ。強いて言えば木遁。それ以上は私も今はっきり答えることは出来ないわね」

 

「…木遁て何だっけ?」

 

「…話し辛いわね。面倒くさい。鬼鮫に聞いたらいいわ」

 

「聞き辛いから聞いてるんですよ」

 

「アンタらのギクシャクした関係なんか知ったこっちゃないわ。ただそれ、アンタのメンタルにシンクロして乱高下するみたいだから、気を付けなさい。意識して気持ちを保って使い方を心得ることね」

 

「…つまり?」

 

「…面倒くさいからもう一緒に来なさいよ。色々教えてあげるわよ」

 

「腑分けされたくないので結構です」

 

「アンタを腑分けなんかしないわよ。用があるのは右手の三指だけだわ」

 

「指だって真っ平ごめんだ。お帰り下さい」

 

「くく。また後日でしょう?約束したわよ」

 

 

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