世は全て事もなし   作:エンギウック

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第40話

「…ここらで菓子折り売ってる場所ってありますかね?」

 

「…私の親切が菓子折りですむと思うなよ?」

 

「親切でした?本当に?」

 

「それは"あなた"が決めることじゃないわ」

 

「成る程御尤も。失礼しました。親切の定義はズレがあって然るべきですものね。相互の評定値がどうあるかのズレは如何ともし難い。難しいですねえ、親切の正解」

 

「…アンタ本当ちょっとズレてるわねえ。どっから来たんだか知らないけど、面白いこと」

 

「面白い女ウェーブは22,3歳あたりを目安に卒業した方がいいかと思いますよ?大人と大人で発動しても全くエモくなりません。痛いばかりです」

 

「…何言ってんだかわかんないけど、微妙に伝わってくんのが腹立つわね…」

 

手が引っ込んだ。

ほっと息を吐いた途端、ばっと草花が千切れ揺るぎ、鼻を摘まれた。

 

「…ひゃい⁉」

 

「ひゃいじゃないわよ。生意気な女ね。次会ったら膝つき合わせて話をするわよ?覚えておきなさい」

 

ぎゅっと鼻を捻られて鼻腔に痛みが走る。

 

思わず顔を背け、目を閉じ、身を縮めたところで強烈な睡魔に襲われた。

 

この感じ。覚えがある。ここに来てから何度となく繰り返されている異様な眠気。

またこれかとぞっとするが、その感覚がもう遠い。

 

目を開けようとして叶わず、意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

素肌に直に触る外套が不快で苛立つ。

 

目の前で噎せ咳き込む霜の国の、この場に対処すべく派遣された頭目と覚しき男を眺めながらうんざりする。

 

則子の作った自爆弾は今後完全却下だ。事後の影響が強烈過ぎて面倒この上ない。

 

「で?結局あなたたちは何がしたかったんです?」

 

他国と繋がって禁薬を売買しようとした薬師の里から、禁薬の処方を奪って根絶やしにしたのはわかる。

裏切りへの見せしめ、禁薬の独占による他国への牽制、脆弱な自国の手に余る"力"への粛清。

 

分からないのは霜の馬鹿さ加減だ。

 

奪った禁薬の処方は不完全だったという。が、その当時霜は、今そこにある危機をやり過ごしたことに満足して禁薬の処方が不完全であること、薬師の里を根絶やしにしたことを"流した"。

 

馬鹿か。

 

罪悪感から後処理から目を逸らし、ないものにしたその愚かさ。しかも呆れることに、年月を経て世情が不安定になった今、その禁薬を復活させて他国を牽制しようと不確実な術を用いた。

土地の記憶に頼り、薬師に由縁のものを呼び出そうとしたのだ。

 

霜の薬師の禁薬は人を狂わせる。痛みも恐怖も疲れも感じない、狂暴性を高める、火事場のクソ力を出し続ける。人を死ぬまで暴れ狂う人形に変える禁薬だ。

 

この下らない禁薬を握り潰し、禁薬の生成に関わり得る人間を始末、もしくは拉致するのが今回の任務だった。相手が弱小の霜ということで単独での任務、さっさと片を付ける筈が想定外の要素が紛れ込んだ。

 

則子だ。そして則子の家。

 

「そもそもあなたたち風情が土地の由縁から何かを呼びつけるようなだいそれた術を扱えるとは思えない」

 

苛々しながら腕を組む。

 

まさか成功するとは思わなかったという半端な返答にこめかみの血管が切れるかと思った。

遊びで国を営んでいるのか。いっそやりきれない。

 

則子が呼び出されたことが術の成功とは思えない。則子を知ったからこそそう思える。

あの人は人を狂わせる禁薬に関わるような後ろ暗さのある人間ではない。ーそう思える。

もし関わっているとすれば、本人は事の重大さを理解していない。

 

その則子を"何処か"から無理矢理引き摺り出した誰か。

 

「ー誰です?誰が主導して術を張りました?」

 

霜単独で出来ることではない。成功するとは思わなかった、その無責任な無自覚さ、当事者意識のなさが、遊び半分のような、面白半分のような残酷な無機質さを感じさせる。

 

霜もまた何かに付け込まれ、引き摺られてこの馬鹿な博打を打ったのではないか。

 

頭目は赤く爛れた目で力無く地面を眺めている。息を詰め、咳き込みと噎せを堪えて涙ぐんでいる。

 

…時間の無駄か。

 

これ以上この男から何かが得られるとは思えない。引き出せないのではなく、引き出すものがなさそうに見える。

 

惰弱とはいえ一国を動かす程の黒幕を、現場に出る末端が知り得るとも思えない。術を操った者は昨日死に体にしてしまった。捉えるべき相手を見誤った。術者ならまだしも内部に通じていた可能性があったものを。

 

鮫肌の柄に手をかける。

 

ー則子をどうすべきか。

 

あの人は何処から来た?

何故私を知っていながら、ああも能天気に接してくるのか。

少なくとも望んでこの件に関わっているのではなさそうだ。あの様子から見て完全に貰い事故のようにここへ呼び出されたのだろう。

何一つ知らないまま。

 

背中の鮫肌が気乗りしないように身動ぎした。

 

食いごたえのない獲物に食指が動かないのだろう。構わず仕事をさせる。

 

則子は目を覚ましただろうか。妙な真似をせず大人しくしているといいが。

 

今消えられたら目覚めが悪い。半端が過ぎて引っ掛かり続けるのが目に見えている。任務に蹴りが付いたとも言えない。先ず則子と霜の国の術の因果がないと明らかにして…。

いや違う。ないと前提するのであれば因果を追究する意味がない。

 

話をしなければ。腹を探り合うのではなく。

 

それに…台所を直す。

 

そうだ。台所を直さなければならない。そう約束した。

そうしなければ則子はいつまでも外で調理し続けることになる。雨であろうと雪であろうと、危険であろうとも無防備に。ひとりで。

 

馬刺を抱き締めた則子の後ろ姿が目に浮かんだ。戻る則子を待った玄関の薄暗さ、薄明るさ。

 

自分が去れば則子はひとりだ。

ちゃんと布団に入って寝るだろうか。行き倒れのように表で寝たりしないだろうか。あの異常な寝入り方、あれがあの人の寝方ならあまりに頂けない。痛みに鈍いと言っていたが、胃が弱いように見えた。こんなところで体調を崩したら一溜りもない。ひとりでケロッと堪えてぽっくり死ぬんじゃないか?

 

 

 

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