「なら教えて下さい。あなたは私の何が知りたい?私が何と答えれば満足する?」
「私を満足させる気があるのなら私の質問にただ答えればいい」
「何を質問する気か知らないが、あなたは何がわかっていて何を聞く気でいる?人にものを聞くにも道理が必要だ。私が抱えた道理があなたに理解出来るとは思えない。ただ質問に答えろ?質問に必ずしも答えがあると思いますか?答えられないことを聞いて何になります?無為なやり取りで満足出来る程度であるなら、私は増してあなたに答えようとは思わない」
「答える気はないと?」
「答えたくとも答えられないことがある。なら無用なやりとりをする必要はないと言っています」
「あなたの思い込みでこちらの意図を決めつけては話にならない」
「だから何が欲しいのかと聞いています。ただ質問に答えていればいい?はは。話が嚙み合っていないのに答える必要ありますか?」
「噛み合わない話を嚙み合わせるやり方をー私は知っている」
「……それで得られるもので満足いくのならそうするしかないでしょうね。私には抗う術がない」
首を垂れてうねうねとうねる木通の蔓を見下ろした則子が小さな声で静かに言った。
「まあそれでいいのかも知れない。それが正解なんでしょう」
掌を上向けて畳の上に投げ出された右手のその三指に絡んだ蔓が動きを止めた。
「好きにして下さい。それがあなたの望みなら、私は負債を払いましょう」
「……」
「いずれにせよそれで私の負債は消えるということで構いませんよね。あなたが満足しようがしまいが、私はもうそこに関与する必要はなくなる。どういう形でそうなるのかはわかりませんけれども、でも私があなたへ負うものはなくなる」
死ぬこともあり得るんだろうと言外に匂わせている。どっち道それで関わりは切れるのだと言っている。
「…それを決められる立場にあるとでも思っていますか」
「さあ?でも私はそういうことだと理解しました。だからあなたのしたいようにして下さい。どうぞ」
…この女…。
腹が立った。無性に。
「あなたは私の言っていることがわかっていない」
感情を抑えて息を吐き出すように静かに言えば、切れ長の目の、黒い瞳が硝子玉のように無機質な色を称えてこちらを見た。
「当たり前だ。私はそんな目にあったことがない。だからわかろう筈もない。でもあなたがそうするというなら私にはそれを止める術はない。互いに分かりきって話していることではないですか」
「そうですか。なら話は早い」
則子の喉元に手をかけて力を入れる。
「私のいない間に何がありました?」
「私は寝ていた。目が覚めたらー居間にいて、何がどうしたのかまたわからなくなった」
則子はそれだけ言って口を引き結んだ。一拍置いて、口を開く。
「表に出たら台所の廃材が消えて、周り中水浸し。家の中には血痕があった。あなたが何かしたのだろうと思って、先ず馬刺を探した。馬刺は小屋にいて、小屋からはペッパーXで作った水風船が消えていた」
「…それで?」
「ずっと右手が痛かった。…何の気なしにその右手で下生えに触ったら、あなたが見た通りのことになった」
「……」
口を閉じて黙り込んだ則子から手を離す。
「今も同じようなことになってますね」
「通草の蔓籠は生きた植生ではない。そういう意味では同じようなこととは言えません。もっと妙なことになっている」
則子の目が僅かに動いた。
間抜けながら頭を回転させていた最前のようにわかり易く。
「ですが私には何も説明出来ない。何をされても、説明出来ない」
右手に絡んだ通草の蔓を摘み上げ、いやに丁寧に外しながら則子がふっと口角を上げた。
「むしろ何をされてもいいから今の状況を説明して貰いたいくらいです。ー出来ますか?あなたに?」
「…何を説明して欲しいんです?」
「これは何ですか?」
まだ蔦の絡む右手を突き出されて、目を細める。黙ってその手をとると、則子が嫌がって抵抗したが構わず引き寄せた。細い手首が同じ生き物とも思えないほど心許なく眉根が寄る。握り締められた手を易易と開くと、抵抗が消えた。諦めたかとちらりと顔を見ると、物凄く嫌そうな顔をしている。
ムッとした。何だというから見ているのに、不満そうにするな。
放り出してやろうかと思ったが、堪えて口を引き結ぶ。
殊に熱を持っていた三指。赤くもなければ腫れてもいない。熱も引いている。絡みついた蔦に触れ、動かないことを確かめて千切ってみる。僅かに乳液が滲む。
ただの蔓だ。
そう。ただの蔓。
それが枯れて乾いた籠から伸び出た。
「…前にもこういうことが?」
「あるわけない」