「家のあるところに住むのは当たり前のことでは?」
「あなた目当ての者がまた現れてもですか。その際何が起こるか、あなたはまたわからないですませる気ですか?連中は私がこうしているように、あなたの話など聞きはしないでしょうね。私はいつまでもここにいないし、あなた自慢の辛味の自爆弾はもうありませんよ?」
「…やっぱり使っちゃったのか…」
「綺麗さっぱり全部使い切りましたよ。感謝しなさい。あんなもの、あなたに使いきれる訳がない」
「やってみなければわ…」
「やるだけ無駄なことの手間を省いたんですよ。感謝して貰っていいと思いますがね」
辛味に齎された痛みを思い起こし、顔を顰めながら則子の右手をぐいと則子の目線まで上げる。
「この訳のわからない手」
「…ご尤もですがそんな言われ方する謂れはないですよ」
「謂れなんて知ったこっちゃありませんよ。薬師の里は薬草を栽培するのに長けていた。長け過ぎた為に根絶やしにされた。ーあなたはその薬師の血筋に所縁の者ですか」
「……」
則子が開いた口が塞がらない、という顔でこっちを見上げて来た。何を言い出すんだ、コイツと露骨に顔に書いてある。
腹が立つ。
「…聞いたことに答えなさい。所縁の者ですか?」
「その薬師たちはこういう不便な手を持っていたのですか?」
不便な手…。この人はそう捉えるのか。
「そういう話を聞いたことはありませんが」
正直霜の薬師にも霜が拘る禁薬にも興味はない。深い事情を詳らかに知る気もないまま、任じられたことを遂行する為にここに来たのだ。
則子がふっと笑った。
「あなた自身わかってないことを聞かれても困ります。答え合わせが出来ないことを聞いてバイアス抜きで判断出来ます?結論ありきで何か聞こうとするのは尋問ではなく誘導です。あなたは本当に何が聞きたいんです?」
「あなたが霜の国の薬師に関わっているのならば私はあなたとの関りを今断つことは出来ない」
「関わってませんよ。どっちとも」
掴んだ手から逃れようとする則子の抵抗が強くなった。
「関わってない。あなたと私にある関りは、互いの負債だけです。断つとか絶たないとか、そんな大仰なものじゃない。私はあなたに関われない。関わるべきじゃなかった」
「…つまり何が言いたいんです?」
「私に出来ることは何もないということです。何しにここに来たんだかわからないのは私だ。意味が欲しいのは私だ」
感情的になりかかっている。低い声を震わせる則子の手に残る木通の蔓が動き出した。その手を握り締めた私の手にも蔓が伸びる。
ーそうか。
「意味を欲しがることに意味はない。意味は自分で作るものです。他から与えられると思わないことですね」
室内を目で探りながら、則子の様子を、蔓の動きを見ながら慎重に話す。
茶箪笥。ポット。湯呑にマグ。木の匙が目に入る。
「甘えてますね、あなた」
蔓の動きがどっと勢いを増した。
「いい歳をして他に意味を求めたい?惰弱な生き方をしてきたんですねえ」
伸びる。増える。巻きつく。巻きつきがきつい。鬱血を感じるほどにきつい。
蔦に拘束されていない手を茶箪笥に伸ばす。則子が反応してこの動きを追いかける、そこで言葉を次いだ。
「あなた本当は私がいなくなれば困るんでしょう?だから台所にかこつけて私を引き留めたかったんじゃないですか?」
則子の興味が私自身に戻る。茶箪笥の上の木の匙を掠め取り、手に収めた。
「則子さん。あなた」
則子を見返し、敢えて笑う。煽る。
「私にいて欲しかったんでしょう?保身の為に。見ず知らずの私に頼ろうとして気をひいた。下らない真似をしましたね」
見当違いなのはわかっている。だからこそこう煽る。怒れ。怒ってみろ。
則子の切れ長の目が大きく開いた。怒りが閃いている。気に障れば目を眇めるが、怒ると逆に目を見開くらしい。
「誰が…甘え…引き留めなんか…」
あれだけ流暢に話すものが、途切れ途切れの言葉を継いでうまく話せないでいる。
「本当は私があなたを害したりしないと思い込みたがっているでしょう?どこまでも甘い。本当に馬鹿ですね。あなたは」
蔓が手をきつく締めつけてくる。
「私は簡単にあなたを弑すことが出来る。そしてそうすることに然したる意味はない」
則子の見開いた目からすぅっと涙が流れ出た。
蔓の動きが緩くなる。
驚いた。何故怒らない?これでは意味がない。やり過ぎたか。
「そうですか。わかりました」
涙が流れる目からまた色が消える。無機質に見返されたさっきの目よりまだ色がない。
「わかりました。もういいです」
違う。こういうことじゃない。完全に何か間違えた。
でも何をだ?