「あなたが心配することじゃない」
「私こそが心配することでしょうが。私の家の話ですよ?」
「心配要らないと私が言っているんです。ならば心配することはない。来ますか?来ませんか?来ないと言っても連れて行きますよ。その場合取引は皆なかったことにします」
「自主的に行くと言わなければ拉致され損になると言っている?」
「そうなりますね」
「何の為に何処へ行くのか、それを教えて下さい。いつ帰って来られるのか、確約も欲しい」
「あなたは厄介な立場にある。それをあなたはわかっていないし、私にも詳細が掴みきれない。あなたを野放しにすれば私たちの利害が損なわれる可能性がある。それを放置することは出来ません。事実関係をはっきりさせて、あなたが害のないものと確定したら家に帰しましょう。簡単なことでしょう?実際あなたは自分に害がないと言い張っている。それが事実だと確証するだけで家に帰れる」
「誰がそれを確証するんです?それが確証だという確証はありますか?」
「あなたも私もわからないと言ってばかりだ。どこかで区切りをつけなければならない。確証が仮定に過ぎないにしても何かしらの切っ掛けになれば上等ですよ」
「それに乗れと?」
「乗らずに解決出来ますか?その手立てがあなたにありますか」
「……」
思いがけず、則子が黙った。目を逸らし、斜め下を見て考え事している。
「…そういう心当たりでも?」
「…いいえ」
首を振って、則子が木通の蔓を千切り始めた。丁寧な手付きで、一本一本、数えるように、もどかしく。
「いいえ。ありません」
考え事している。半ば心ここにあらずの状態で話している。
「あるんですか?心当たりが?」
強い声音で警戒させぬよう、極力穏やかに尋ねる。敢えて何でもないように、追い詰めぬように。
「…ありませんよ」
則子が左の眉を上げて疎まし気に答えた。それでいて木通を摘む手は穏やかに丁寧なまま。
癇に障る。
心当たり。
本来ならない筈だ。どう見てもこの人はここで孤独。何の頼りもない。引っ越してきた場所さえ把握しない程に。
なのに何かに引っ掛かっている。
私がいない間に何があった?誰に会った?
「何です?心当たりがあって欲しいんですか?よそへ頼れと思うほど疎ましいのなら捨て置いて下さって結構ですよ。私もこれ以上あなたに甘えたくありませんし?」
…根に持たれている。
「…いや、確かに甘えていた部分はあります。それは否めない。改めます」
則子が悔しそうに言う。思わず口角が上がった。
「殊勝で結構」
「改めますよ。揚げ足を取られたくありませんからね」
「可愛くないですねえ…」
「可愛くなくて結構。あなたに可愛いと思われたところで事態が好転するとも思えない」
「…いよいよ可愛げのない…」
「うるさいな。この場で要らないだろ。可愛げ。要るか?要るのか?あったら何か変わるのか?馬鹿みたいなこと言いやがって、こちとら可愛げどころじゃないんだよ」
「ひとりで事態が収拾出来ないのに強がってる場合ですかね?現実的に私が去ればあなたは馬刺とふたりきりだ。引っ越したてとやらで土地勘もない。物騒な輩が行き来する場所で家は壊れて、頼りの辛味爆弾もなくなった」
「頼りの爆弾を恩着せがましく使い切ったのは何処の誰でした?」
「あんなものあなたに使いこなせる訳がない」
「やってみなきゃわからないでしょう」
「どう使う気だったんです?」
「…廃材に火をつけて投げ込む気でしたけど」
「そうでしょうね。揮発性の高い酒精を仕込んでる時点でそういうつもりだとは思いましたが、爆発しますよ、あれ」
「おお。やっぱり爆発しましたか。よく無事でしたね、干柿さん」
「何を他人事みたように…。あなたがあれを使いこなそうというのなら、私並みに足が速くなければただ自爆するばかりですが?」
「まあ…自爆は折り込み済みで作りましたから…止むを得ないでしょうね、そこらへんは」
「…びっくりするくらい馬鹿ですねえ…」
呆れて溜め息が出る。始めから自爆覚悟で作っていたのか。のた打っていた霜の輩が思い出された。曲がりなりにも訓練を受けた忍でさえあのざまだったのに、則子が浴びたらどうなることか。何なら私でさえ多少の被害を受けた。辛味爆弾は永久に封印した方がいい。
「過分な辛味成分を被ってのた打ち回るのは勝手ですがね。それはこっちの用が済んでからにして下さい」
「だからそっちの用って?私は書店員です。薬剤師じゃないと何度言えば…」
「薬剤師というのは薬師の訛りでしょう?」
則子が黙った。
「あなたの地元では薬師を薬方を剤する者と呼ぶようだ。理に適ってはいますが珍しい呼び方だ」
「薬師は医師を指すのでは?」
「薬師は薬を扱って病を和らげるものですよ」
則子が目を細めた。
「ー同じことですね。言葉の地域差は面白い」
いいや。違う。そういう話はもういい。
「則子さん。あなたの地元は何処です?」
蔓が動くかと思ったが、それはなかった。
見れば三指に蔦が触れていない。不穏な右手は私の胸元に添えられて、それ以外の何にも触れていなかった。
「干柿さん」
ふと則子がこちらを見上げて笑った。
「わかりました。行きます。荷造りさせて下さい」