「あなたが下らないと思うかどうかは問題じゃない。壊されたのは私の台所だ。私の台所に関して主観的に物申していいのは私だけ」
胡乱な目を真っ直ぐ見て言ったらば、干柿鬼鮫は歯を剥いた。ー笑い直したらしい。威嚇的な笑いにギアを上げてきた。
改めてビジュアルが凄い。本当に歯が尖っている。
しようもない女ひとりをわざわざ殺すような人じゃないとは思うけれども。
そうすることは、この人にとって容易なんだろうな…。
「あなたが、私の、台所を壊した。正当な理由もなく、ですよ?」
台所関連で死ぬのは嫌だなと思いながらも、口が止まらない。
これは夢だという思いが半ば酒の酔いのように感覚を鈍らせている。
「実際起きたことなんだから、下らなくても馬鹿馬鹿しくてもキチンと向き合って頂きたい。直して下さい。責任持って」
「…この私に台所を直せと?」
「いや、あなたが直接直す必要はありませんよ、勿論」
アンタ大工じゃないだろう。
「然るべき費用と然るべき手筈を整えて欲しいと言ってるんです。要するに、お金を払って大工を雇ってくれと」
虫が鳴き出しそうな腹を押さえて言えば、干柿鬼鮫、また妙な顔をしてちょっと身を引いた。
「腹が減ってるんですかね?」
く…。何故わかった…!
恥ずかしい…!
「わざわざ台所なんか直さないでも食べ物くらい何とでもなるでしょう?台所が直るまでどれくらいかかると思ってるんです?」
呆れ顔の鬼鮫に呆れて、私は力無く薄笑いした。
「…誰がうちの台所で作ったもの以外食べないと言いました?台所が出来るまで断食する気なんかありませんよ」
薄笑いしている私を見て、鬼鮫も薄笑いする。皮肉げな薄笑いだ。
「なら台所なんか要らないでしょう」
…子供か。どういう理屈だ、それは。
私は脱力してマグを卓袱台に置いた。空きっ腹にコーヒーが沁みて、しくしくする。
「…意外と極端なこと言うんですね…。もしかして笑いを取りにきてる?」
腹を擦りながら投げやりに言った私に、鬼鮫は意外そうな表情を浮かべた。
「笑えますか?」
「全く笑えません」
「でしょうね。笑うには下らなすぎる」
「下らないことありますか。私にしたら大事なものです。人のセ…あー、人の価値観を馬鹿にしないで頂きたい」
「セ?」
「いや、ちょっと、口が滑り比喩…」
人のセックスを笑うななんてもの持ち出して話しても、この忍術筋肉お化けに通じる訳がない。この世界に山崎ナオコーラはいないだろう。多分。
「滑莧?食べられなくはないでしょうが、あなた雑草がお好きですか」
「…滑莧は雑草ではなく野草です。食べられなくもないのではなく、ちゃんと栄養があって美味しくもあります。大体世の中に雑草なんてものはありません。皆名前があり、分類がある」
「あなた理屈っぽいですねぇ…」
「よく言われるのであまり話さないようにしている」
「それは賢明な判断ですね」
「人のこと言えますかね?」
「私が理屈っぽいとでも?」
「理屈っぽくないとでも?」
「……」
「……」
「…何ですか、その不満そうな顔は?」
「台所を壊されて理屈っぽいと腐された女の顔ですが何か?」
「…変な人ですねぇ…」
「…この状況でにこにこしてたらもっと変で猟奇的じゃないですかね?」
「ああ言えばこう言う…」
「そう言ったってこう言いますよ」
「……」
「…何ですか、その妙な顔は?私はあなたの質問に律儀に答えてるだけですよ?何かご不満でも?」
「妙なのは私じゃなくあなたです。今更ですが何か着たらどうです?いくら何でもその格好はどうかと思いますよ?」
ふんと鼻を鳴らした干柿鬼鮫に指摘され、はっと気付いた。
風呂上がり、いつもの癖で部屋着兼寝間着のタンクトップとショートパンツに着替えてしまっていた。
実用性まっしぐら、着心地一番お洒落は2番、夕べのお酌はレーベンブロイ…て、そうじゃない!
どういう理屈かしてやったり的な顔をしている干柿鬼鮫に、私は強いてせせら笑いを浮かべてやった。
「…きゃー恥ずかしいと言うとでも思いましたか?」
「言わないんですか?詰まらないですねえ」
フッと笑って腕を組んだ干柿鬼鮫にちょっと鼻腔がツンとした。
格好よろしいな…。いやしかしこのタイミングで鼻血出す訳にはいかない。
「…ちょっと着替えてきます」
「是非どうぞ。こちらも話し易くなる」