世は全て事もなし   作:エンギウック

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昨夜の投稿、投稿後十分後に加筆しています。
昨夜投稿直後に最新話をお読み下さった方は、お手数ですが投稿の最後尾を確認頂いてからこちらを読んで頂ければと思います。

申し訳ありません。


第53話

「二泊一部屋で。私たちに食事は要りませんが馬には餌を出して貰いましょう」

 

「代金別だよ」

 

「構いません。好きなだけ食べさせて下さい。自炊場は使わせて貰えますかね?」

 

「そっちも別料金。前払いで追加は宿払いのときの払って貰うからね」

 

「わかりました」

 

「お連れさんはどうしたの」

 

「ああ。この人は寝汚いんですよ。時と場所を選ばず寝倒れる奇癖がある」

 

「そんなの連れて山を越えるのかい?…難儀だねえ…」

 

「荷物だと思えばどうということはありませんね」

 

「荷物ねえ…」

 

不愉快なやり取りだ。

うっすら腐されているのを感じる。誰が荷物だと?

 

「部屋の鍵と、こっちが馬札。明後日は何時に立ちます?」

 

「この人次第です。延泊もあるかも知れない」

 

「そのときは部屋を移って貰うかも知れないよ」

 

「構いません」

 

「馬はこっちで馬房に入れておくから。外へ出て帰りが遅くなりそうな時は帳場に声をかけて」

 

「わかりました」

 

ひょいと体が軽く持ち上げられて、背負い直されたように感じた。

そう、”背負い”直された。

多分鬼鮫の背中に負ぶさっている。硬く生乾きの外套からうっすらと血と水気を含んだ外気の匂い。古い建物の木の匂いと煮炊きの温かな匂い、それと湯水の匂いがする。温泉の湯が幽かに匂い立っているようだ。

 

きしきしと軋む床を歩く音。

肌寒い。自分の体も僅かに濡れているのを感じる。雨の中を来たのか。

 

うん。目を開けたくない。

前後不覚で倒れ込んで、また迷惑をかけたようだ。触るなと言ったって倒れた人間を放置するような人じゃなかった訳だ。干柿鬼鮫。目的があってのこととは言え、律儀で生真面目。

 

参ったな。

 

さあ、気まずいぞ。

 

しかも何だかまたよくわからないことになっている。ここは何処だ?何がどうなってる?もう要らないぞ、こういうパターン。

 

しゅっと引き戸の開く音。そして閉まる音。

 

「狸寝入りは止めなさい。下ろしますよ」

 

声をかけられて目を開ける。

すとんと大きな背中から下り、額を指先で叩いて皮手袋の感触に一瞬驚いた。

 

ああ。そう言えばそうだった。…そうだったな。

 

右手を握って、開いて、それを見下ろしながら笑う。

 

またここで目を覚ましてしまった。

 

「変な顔をしている暇があったら風呂に行って着替えて来て下さい。風邪でも引いた日にはもう面倒みきれませんよ」

 

苦々し気に言われて目を向ければ、鬼鮫が渋い顔で腕組みしている。

 

「あの…」

 

口を開きかけたら、掌を立てて止められた。

 

「いちいち質問されていたら時間がかかる。ざっと説明するのでそれを聞いたら大人しく風呂に行きなさい」

 

「はあ…」

 

「ここは湯の国です」

 

「あれ…?霜の国…」

 

「元からあなたの家がある辺りは霜と湯の国境付近、私は”気を失った”あなたを”わざわざ担いで”、呑気で間抜けな飼い主似の馬刺と一緒にここまで走って来たんですよ」

 

「ふ。馬刺と一緒に走って来たって干柿さん…」

 

想像すると笑える。馬と並走する干柿鬼鮫。

 

「黙りなさい。兎に角ここは湯の国の国境地域の温泉街です」

 

「ここが一番近い町場?」

 

「そうなりますね。先に説明したでしょう?」

 

「徒歩6、7時間、馬で2時間?」

 

「馬刺が思いがけず走れましたからね。30分というところですか」

 

「…はあ?え?待って下さい。距離感が急には掴めない」

 

徒歩でまあ7時間として27~30㎞くらいとして、30分で着くとしたら時速60キロ。

 

馬鹿な。

 

まじまじと鬼鮫を見る。

 

「走って来た?」

 

鬼鮫は眉を顰めてまた腕組みした。

 

「走りましたが?早く風呂に行きなさい」

 

「ここまで30分で?私を背負って?馬刺と一緒に?」

 

「くどい」

 

「足、速いですね」

 

「…どうでもいいことを言っていないで行ってくれませんかね?」

 

時速60キロで走るのがどうでもいいこと?

どうなってるんだ、忍の身体能力は。

 

大人しく肩から鞄を下ろしてーこの重い鞄ごと背負って走ってきたんだな…ー備え付けの浴衣を手に取る。

 

「待ちなさい」

 

「はい?」

 

「何でそんなものに着替える気でいるんです?」

 

「うん?これ、着ちゃいけないんですか?」

 

「着替えを持って来たでしょう?」

 

「そりゃ持ってきましたけど。え?湯上りに浴衣来ちゃ駄目なんですか?何かそういうシステム?じゃこれは何の為に置いてあるんです?まさか体拭き?そういう使い方?」

 

「いざというときにその恰好で出立ちする羽目になっても構わないならそれに着替えたらいい。お好きにどうぞ。山を行くには難儀な恰好だと思いますがね」

 

「そうか。山を浴衣で歩いてたら傍目に心霊現象になりかねないと、そういう話?」

 

「…そういうそうかは要りませんよ…」

 

「いざというときを前提しろということ?」

 

 

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