世は全て事もなし   作:エンギウック

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第64話

「りょうかーい。どっか行くわ」

 

釈然としない不快感を覚えた。

 

「待ちなさい。何処へ行く気です」

 

尋ねれば、飛段は人を害してもいないのに芯から嬉しそうな顔をしてこっちを見た。

 

「どこ行ったってあっちだしどっちだぜ?ぎゃはは」

 

これまた嬉しそうに笑い声をあげて背を向ける。

 

何か良からぬことを思いつき、思いついた自分を不思議に思った。さっきのはそういう流れか?…いや馬鹿か。思いつきに驚いて不思議な顔をしてどうする。自分に信用がなさ過ぎる。

 

「飛段」

 

「何だよ?」

 

振り向いて目を眇める飛段に猛烈に腹が立った。飛段が大きく口辺を上げて顎を上げる。

 

「安心しろォ?猿狩りの邪魔はしねえからよ?」

 

ビキとこめかみが青筋立った。このクソッ垂れが。

 

「あなたが農業視察して何の役に立つっていうんです。無駄にも程がある」

 

「バーカ。欲しいのはの畑の野菜じゃねんだよ。野菜が湧き出る金のなる木だ」

 

「それはまだ不確定…」

 

「確かめんのなんか後でいんだよ。メンドくせェな」

 

確かにその通りだ。

 

「ぐずぐずしてて出し抜かれたら面白くねえ。三尾ンときも木の葉や大蛇丸のヤロウに振り回されて面倒かけられてんだ。他に持ってかれたらムカつくだろうがよ」

 

飛段が馬鹿げた鎌の柄に肘をかけて、呆れ顔をした。

 

「こいつはおめェらの任務とは別の話だ。角都はおめェらについでを頼んだかもしれねえが、ソイツはあくまでついで。俺が出張れんならおめェらが顔ォ突っ込まなくてもいいンだよ」

 

言い返せない。確かにその通りだ。しかし。

 

「俺はおめェらの猿狩りに関わらねェ。おめェらも俺の暇つぶしに顔ォ突っ込むなよ?いいな?クク」

 

「一度引き受けたものなら例えついでであってもそれは私のものですよ」

 

腹立ちが極まって笑みが浮かんだ。

 

「余計な真似はしない方がいい。あなたもまだジャシンとやらにあなた自身を捧げたくはないでしょう?」

 

「ハ。信者でもねえおめェが何を殺してもジャシン様の捧げものにゃあならねんだよ」

 

「土の案件は私の獲物です」

 

「は?」

 

「手出しは無用だと言っている」

 

「あそ。わかったよ」

 

あっさり言って飛段がいきなり何もかもに興味が失せたような顔をして欠伸をする。

 

「ま、いいや。なら頼むぜ。尾獣狩りしながら資金繰りの為に賞金稼ぎなんて真っ平だからな」

 

懐に片腕を潜らせ、また顎を上げた飛段が薄っすら笑う。

 

「霜ンときみてェなザマ晒すなよ。わかってるよな?」

 

「言われるまでもありませんよ」

 

鮫肌の柄を握りたい、そうしたくて疼く手を握り締めて目を細める。

 

「ーこれも任務だと言うのなら、是非もないことでしょう」

 

そうだ。

私は一度しくじった。感情に呑まれてまた同じ轍を踏むわけにはいかない。

 

そう思いながら既に動機が感情的なものであることは否めない。飛段が行くというなら行かせた方が得策なのかも知れない。だが、そうだとしても、自分で確かめたい。

 

万が一、土で農作物を、植物を豊かに育てている者が、疑っているように、予想しているようにー望んでいる相手だとすれば、私はどうするつもりでいるのか。

 

今度こそ弑すのか、資金源としてここに連れ帰るのか、見逃して好きにさせるのか。

 

ー見逃す?好きにさせる?これ以上?

 

そんな訳にはいかない。

私はまだ答えを聞いていない。私に干渉したその理由を知らされていない。

 

家の管理と馬刺の世話。台所は修繕したし、何なら居間横の小部屋も綺麗に直した。あっちの負債が嵩んでいる。

私の前から消えたことそのものも負債。

 

収支をつけてもらわなければならない。

 

眉間に皴した顔。真っ直ぐ見返して来る目、探りながら不意に和らぐ会話、湯気のようにふと浮かび、また消える笑み。

 

小さな手の、その右手の不穏な三指の感触。

 

薄荷と香木、煙草とコーヒー。針槐、沢の水、痛辛い香味料、そして血。ふたりでいたときのあの香り。沢水のせせらぎと鳥の囀り、膝裏の柔らかさや軽い体の形、他愛ない、ただあのときだけの間抜けたやりとりと、晴れた空の青。

 

忘れられないものになると思った。その通りになった。

 

取り返したいと思った。あの他愛ないもの全てを。

 

溜め息を吐いて目と額を掌で覆って拭う。

 

「土には私が行きます」

 

それだけの理由が私にはある。二年経って、やっと嗅ぎ付けたかも知れない執着の縁。

 

「…ふぅん。そうかよ。またえらいやる気になってんなァ?」

 

飛段が口の端に笑いの残滓を張り付けて鼻を鳴らした。

 

「何ならその間の用足しは俺がしといてやるぜ?何か頼みてェことはねェか?あん?」

 

「ありませんよ」

 

人の動向に目配り出来るほど暇だったか、このゾンビ。迂闊だった。飛段はバカだが、馬鹿ではない。

 

「人のことを気にしてないで、あなたはあなたでジャシンとやらに捧げものをしていればいいでしょう」

 

「しばらくは捧げものにゃ事欠かなくなるんじゃねえかなァ。捧げるモノがでけェからよ」

 

そう言った飛段が、にやりと笑った。

 

「退屈しねえですむぜ」

 

 

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