世は全て事もなし   作:エンギウック

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第66話

今日の書庫にはイタチもいた。

飽きもせず算盤を弾く角都の斜め後ろで何かの文献に目を通している。視力の弱まった目を眇めながら、窓がなく蠟燭だけが光源の書庫で苦労して何を読んでいるのか。持ち出して明るいところで見ればいいものを。時々、この年若い相方が体を痛めつけるのが趣味の変わり者なのではないかという疑いが萌すことがある。

甘いものを食べ過ぎ、暗がりで本を読み、わざわざ弟に命をつけ狙われるような言動を繰り返す。考えがあってのことだろうが、天然の気配を感じざるを得ない。

 

「狭い書庫に三人もいると暑苦しい。出て行け」

 

角都が顔も上げずにいきなりの暴言を浴びせて来た。

 

「特にお前のような図体のデカい奴に同室されると暑苦しさが尚増す。出て行け」

 

「話がすんだら出て行きますよ。…イタチさん?」

 

こちらをちらりとも見ないイタチに声をかける。

 

「四尾の討伐は私一人で行かせてくれませんかね」

 

「……」

 

イタチが眇めた目をそのままこっちに向けて来た。

 

「何故だ」

 

「あなたは最近体調が思わしくないでしょう。今ここで無理をする必要はない。体力を温存しておいて貰いたいんですよ」

 

理由の全てではないにしても、これは嘘ではない。イタチは身体を損なっている。肝心なときの為にも要らぬ負担はかけぬに限る。この相方はいざというときに先ず矢面に立たされるであろう実力者なのだから。

 

イタチは少しの間考える目色でこちらをみていたが、やがてふいと本に目を戻した。

 

「…好きにしろ」

 

「話はすんだな」

 

角都が算盤を弾きながら苛々と口を挟んで来る。

 

「なら出て行け。俺は今日も機嫌が悪い。また赤の墨汁を買い足さねばならない…。金がない記録をする為に金を払ってものを買う…。血反吐が出るような悪循環だ…」

 

「あなたにも話があって来たんですがね」

 

「俺に話?そうか。何の話だ?内容によっては金をとるぞ」

 

「賞金稼ぎは止めたんですか」

 

「止めた訳ではない。あれは即金になるからな。止める理由もない」

 

「しかし地陸を狩るのは止めた」

 

「先送りにしただけだ。あれは大首だからな。いずれ狩って金に換える」

 

「何故先送りに」

 

「地盤を固めたいからだ」

 

「地盤?」

 

「先を見据えて金を稼ぐ道を確保すべきといっている。今この計画が遂行されてその先どうしていくかの話だ。奪わなくとも稼いでいける。雨の国を再興したときそこに住む者の口を容易に養えるようにする。他国へ融通して金に換えることも出来る。そういう道筋の基礎を今から作っておきたいのだ。自給率の高い国は強い。農業生産は国の要だ。火の国を見ろ。あの国の強さは土壌の豊かさが齎している。貧しい国に宿る強さは歪で長続きせず、保持するのにむしろ金がかかる。これもまた悪循環。生活の基盤を支えるものが強固な国は基が強い。基が強い国は栄える」

 

「…びっくりするくらい真っ当なこと言いますね…」

 

「そうあるべき姿こそを真っ当という。そうあろうとするのが結局一番効率がいい。長い間に頭のいい連中が繰り返し更新しながら辿り着いたものが真っ当だからな。賞金稼ぎは博打みたいなもんだ。当たれば配当はでかいが、リスクが高い。外れればもう金の顔も拝めなくなる。お陀仏だ」

 

「心臓が五つもあればそう簡単にくたばりゃしないでしょう」

 

「俺の話ではない。俺の相方のゾンビの話でも中年傀儡男の話でもない。それ以外のお前ら、機会さえあれば即座にくたばる不甲斐ない組織員の話をしている。人材は金を稼ぐためになくてはならない大切な道具だ。簡単に欠けたり壊れたり死なれたりしては困る。投資は無駄になるし次を探すのに手間はかかるし、ロクなモンじゃない」

 

「機会さえあれば死ねるこっちこそが真っ当だと思いますがね」

 

「そういう真っ当は求めていない。不都合な真っ当は要らん」

 

「つまり継続的に真っ当に利鞘が稼げて基盤にもなるものが欲しいと」

 

「その通りだ。今のうちから動いておかないとな。戦後処理を戦後に始めるのは馬鹿のすることだ。始めから勝ちを見据えて先の為に投資して基盤を整えておかなければ、勝っても本末転倒、成った大儀が折れかねない」

 

「その為に土のヤマダとやらに拘っていると」

 

「そういうことだ」

 

「飛段に聞きましたが。大蛇丸が絡んでいる可能性があるらしいですね」

 

「飽くまで可能性の話だが、火のないところに煙は立たないからな。ここ一年ほど大蛇丸が植物関係の事案に首を突っ込むことが増えたところから始まって、同時期にヤマダの名前がぽつぽつ聞かれるようになった。あちこちの国で農業支援をしている。このヤマダの素性が全く掴めん。掴めんでも使えれば構ったことではないが、大蛇丸と関わっているとなると厄介になる」

 

「実際大蛇丸と関わりがあるという根拠は?」

 

「幾つかの国で一緒にいる姿が見られている。普通の人間はそう何度も大蛇丸と同道しない」

 

「…そうでしょうね」

 

 

 

 

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