「…あいっかわらずなんっもねえとこだなァ…」
見渡す限り土と岩。岩と土。何にもない。
「こんなとこに畑とか無理だろ」
岩山の上に立ち、周りを見回してうんざりする。
「なーんもねえ。何だかな」
目に楽しくない。俄然山から下りる気が失せた。腰を落として膝に肘をのせ、唸りながら更に四方を見回す。風が強く小さな岩の欠片がビシビシと身体にぶつかってくるのが煩わしい。
「くっそ、いてェんだよ。いった…、いって…ッ。マジこれムカつくわ」
ビシビシビシビシ微妙に痛くて腹が立つ。
「ィいい加減にしろよゴラァッ!ぶっ殺すぞ、ああ⁉」
立ち上がって吠えたらば、強風で翻った外套に顔を叩かれた。
「…クソがよ…」
イライラと外套を捌いて顔を撫でる。その傍から岩の欠片が顔を手を首筋を剥き出しの胸元を、いやもう、全身をビシビシ打ち襲って来る。
「ッがーッ!!!!馬鹿にすんじゃねえぞ、粉々にされてえかてめえ‼」
また吠えて、息を荒げて肩を上下し、流石に気が付く。
「…粉々にしたらますますあっちの思う壺じゃねえか。その手にゃのらねえぞ、バカヤロウ」
帰ろっかな。
岩石雨に打たれてひり付く胸元を撫でて溜め息を吐く。全然まるっきり面白くない。
いやでもな。帰ったところで小物を狩って小銭を稼げってんで角都にケツを叩かれるだけだ。
「…とは言えよ」
荒涼とした眼下の景色を見下ろし、顔を顰める。
「どこに畑があるわけ?ぺんぺん草も生えてねえじゃん?大丈夫なの、この国」
生まれ故郷の湯の国はあちこち勝手に湯が湧いて、山も里も草木がどかどか生えていた。道端に食える雑草が何気なくあり、花屋に行かなくても何だかわからない花がそこらに咲いていた。
それに比べりゃここは地獄だ。何で何にもねえんだ?でもって何だってこんな何もねえとこにわざわざ住んでるヤツがいる訳?辛い思いがしたい連中の集まりってことか?はー、なるほどそういうことかよ。ならデイダラはそういうヤツなんだな。帰ったらせいぜい辛い目にあわせてやっか。喜ぶだろうなァ。ジャシン様に捧げるっつったら案外のってくるかも知んねェなァ。信者になれって誘い方が間違いだったか?捧げものになれっつったら喜んじゃったりすんじゃねえの?はしゃいじゃったりしちゃったりして?
…試す価値あんな。
しかし実際こういう国があるなら畑だ野菜だが大事だってことになんのもわかる。腹が減ってる人間はロクなことをしねえ。ロクなことをしねえヤツばかり集まれば、まあ下らねえことになる。俺は野菜なんかなくても全く困んねえけどな。草なんか食って何になる。旨くもねえし、あんなモンに栄養とかある訳ねえだろ。
野菜がねえなら肉を食え。あれでもアレか。肉の元は草食って育つから草は大事だな。草はあってもいい。野菜は要らねえが。
その野菜を育ててる奴にも大した興味は、ない。
ないが鬼鮫が嫌な顔をするから来た。
自分の首を絞めているなと薄々感じる。
「んー…」
首を左右に回してこきこきと鳴らす。
「ま、いっか。ヤマダちゃーん、どこにいるのかなァ?」
ひょいひょいと岩から岩へ飛び移りながら、視線を巡らせる。さあ、野菜は何処に育ってる?緑が見えたらヤマダがいる可能性が高い。
そう見当をつけて瞬く間に聳え立つ岩山を下りて平地に立つ。高みから見て視界に入らなかった緑を、ここから地道に探さなければならない。地道で面倒だ。
誰かいてくれりゃあな。話が聞けて早ェんだが。
見渡す限りの荒野に人影などある筈もなく、ただ岩石の欠片が降りつける中うんざりする。
「国の面積ってのは広けりゃいいってもんでもねえなあ。人の迷惑考えろってんだ」
瞬身、と思いかけて止める。目当てもないのに高速移動しても全然意味がない。何処に行けってんだ、ああ?
腰を落として、膝に肘をのせる。はーあと溜め息を吐いて目を細めたその視界に、動くものがあった。
「ーんん?」
ぐっと目を眇める。確かに遠く遥かに何かが蠢いている。もしかしたら何かの動物かも知れないが、何もないよりあった方がいい。移動のし甲斐がある。
ぐっと足を踏み込み、すっと足抜きで走り出す。瞬身ほど馬鹿げた速度は出ないが、まあ速い。足抜きは走るときだけではなく、立ち合いにも居合いにも使える。相手の後ろを取るときなんかにゃ特に便利だ。軽くて早くて察地され辛い。身体を動かすんじゃなく、身体の重さを使った動きだから。
こいつは俺の性に合う。考えなくても身体の重みに身を任せて、ちっとばかり力を加えて舵をとってやりゃいいだけだから何しろ楽だし面倒がない。
さあ、ありゃ人間か動物か。
ま、動物だって構わねえ。あんま期待はしねェよ。したってあんまりいいこたねえ。ハナから期待してなきゃがっかりもしねえですむし?その方がカシコイってモンだ。
期待したって裏切られるだけだしよ。ホントこの世は期待外ればっかりだァ。思い通りになんかなかなかなりゃしねえし、周りは呆れるくれえ欲の深ェバカばっかり。どいつもこいつも人ン足元見てねえで、大人しくジャシン様に身を捧げてろってんだ。
それだけが”本当”なんだからよ。
考え事しながら走ってたら、目標を通り過ぎた。
おっと。いやもう、だからもの考えんのは嫌いなんだよ。たく、反って馬鹿みてえなことになりやがる。
足を止め、踵を反したらば、そこに人がいた。
いや、そこにったって、もう随分遠くに通り過ぎちまって、まあいるなって程度に目に見えるくらいじゃあるが、人がいる。
「よお」
聞こえる筈もないのはわかっていながら声をかけつつ手を上げれば、遠くから会釈が返って来た。
山羊や羊は会釈しねえから人で確定。まずまず幸先悪くねェんじゃねえか?よしよし。
視力には自信がある。何せ俺は細けェものは見ねェから。目が過保護。箱入り眼球。
人影は女と見た。ますます悪くねえ。男より女が断トツいい。ちっとは優しい気になれる。ばあさんなら尚いいなァ。もっと優しくなれる気がしなくもねえ。
っつても、こんな荒れて石ころの降って来る地獄みたようなとこにばあさんなんかいる訳もなく。
普通に普通の女が、通す袖のない分厚い外套の、頭巾をすっぽり頭から被ったその陰から、眼鏡をかけた目が覗かせている。真っ黒い目だ。吊り上がった真っ黒な目。
「よお。こんにちは」
「…はあ。あー…こんにちは」
用心して引いてんのかと思ったが、違う。驚いてる。こんなとこで人に会うとは思わなかったってか。同感。俺も誰かいるなんて思わなかったもんなぁ。
「ちょっと聞きてえことがあんだけど」
腰を曲げて顔を覗き込んだらば、二三歩下がって右手を抱え込む。右手に変な手袋をつけてる。ちょっと見たことがあるな。弓を扱う連中がつけてた親指と人差し指、中指だけ覆う三指の手袋、あれが薄くなったようなヤツ。
「…アンタ、弓使い?」
「いいえ」
「じゃ何よ。その…何っつった?あの、弓を引くヤツが付けてる…」
「三つがけのことですか?同じ形をしていますがこれは弓を引く為のものじゃありませんよ」
「じゃ何だ?」
「聞きたいことって、それですか」
「いいや」
頭巾の中身をぐぅっと覗き込む。
「違えよ」