世は全て事もなし   作:エンギウック

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第7話

着替えは不本意なものに終わった。

 

ワードローブは軒並み着物なんだか民族衣装なんだかさっぱりわからない微妙に珍奇なものに変態していて、何をどう選んだらTPOに沿うのかいっかにわからないものと化していた。

 

「常識の土壌にぺんぺん草も生えない状況だな、これは…」

 

今着ているタンクトップとショートパンツがそのままなのは、これに近いものがこの世界にあるからだろう。

 

惜しい。

非常に惜しい。

 

タンクトップとショートパンツがあって、何で普通の服がない?タンクトップもショートパンツも変な着物や崩れ民族衣装にそぐわないだろ、どう考えても。

 

「…まさかあのなりでトランクスとかボクサーパンツなんか履いてるのか?干柿鬼鮫…」

 

考えかけて止めた。

滅茶苦茶にどうでもいいことに割く頭が勿体ない。

 

あれでも、干柿鬼鮫、あの暑苦しい外套の中身はそれこそタンクトップと、普通のパンツじゃなかったか?カーゴパンツを短くしたような…。あれ、それはカカシとかガイとかか?

 

うん?どうだっけ?

 

どっちにしても普通らしい服もある筈なのに、このワードローブの珍妙具合は何だ?

 

…まさかこの世界観における私の趣味の具現なのか?いやいやいや。

私はそこまで素っ頓狂じゃない。その筈だ…。

それともこの世界じゃデニムやパーカーが珍妙なものに変換されるシステムなのか?そうか?そうなのか?

 

「…納得いかない…」

 

途方にくれながら仕方なく丈の短い浴衣みたいな衣装を手にとる。

薄墨色の地味なものだ。薄紅の巾の広い帯を選んで腰に巻き付ける。

何のつもりか帯と一緒に荒縄みたいなものもぶら下がっていたが、何に使うんだあんなモン?何で衣装と並べて収納されてる?正月に玄関に下げるものだろ、あれは。

 

ーいや。いたな。腰に荒縄巻き付けてる奴が…。

サスケだったか?確か本格的な反抗期に入ったサスケが縄で腰を縛っていた気がする…。

 

首をひねりながらまた全壊した台所を横目に干柿鬼鮫の居る部屋に戻る。

 

襖戸を開けると、干柿鬼鮫は本棚の前に立ち、その中の一冊を手にとって眺めていた。

 

「…また随分手間取りましたね」

 

チラリとこちらを見てまた本に目を戻し、素っ気なくいう鬼鮫の手にあるのは宮沢賢治のよだかの星。

 

…選りに選って何を読んでいるんだこの男…。自分を概念化でもしてるのか…。

 

「…そんなに気に病むなよ、市蔵…。市蔵はイケてるよ?」

 

思わず声をかけたらば、嫌な顔をされた。

 

「誰が市蔵です。私はよだかじゃありません」

 

「意地悪な鷹なんかひと飲みにしそうですよねえ、あなたは…」

 

「馬鹿なことを言ってないで座りなさい」

 

ぱんと本を閉じて、よだか改め干柿鬼鮫は着替えた私をしげしげと眺めた。

 

「また随分地味で薄ボケた格好をしてきましたね」

 

「…そりゃあなたの真っ黒な外套に真っ赤っ赤な雲柄からしたら薄ボケて見えるでしょうね。薄墨と薄紅じゃ…」

 

意図せず中途半端な概念暁を身に纏ってしまったことに気付いて、タンクトップとショートパンツに戻りたくなった。

襟元に指を引っ掛けて着替え直すかどうか思案しかけて、はっとする。

 

本は化けていない。

 

「…あれ?何でだ?」

 

呟いて本棚に近付き、その並びを目でなぞる。

 

「…何でだ?」

 

意思思想は変化しないということ?

 

…そりゃそうか。私も私で変わってないもんな。

 

「…不思議ですねえ?」

 

傍らの、思いがけなく近くに立っている鬼鮫に思わず話しかけてしまう。

 

「何がです?」

 

よだかの星を本棚に戻しながら鬼鮫が聞き返す。

腰を屈めて一層近くに寄った鬼鮫から、血が臭った。

 

…ああ、人を斬ってそのまま動いているんだ、この人は。

 

暁の外套が黒いのは、返り血を目立たなくする為なのかも知れない。

よくよく見れば、外套は微かに湿っている。

何処かで水でも浴びて、最低限返り血を流したのかも知れない。

 

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