おかしいな。
折れた前歯のずきずきした痛みに気を取られながら、考える。
岩雨は降り止まない。飛段らしきあの人は大丈夫だろうか。飛段さんなら不死身な筈だから大丈夫…だろう。多分。いやそれにしてもまあ血を見て興奮するって完全に捕食動物だろ。どうなってんだ、一体。
どうなってんだって言ったら、まず何であの人生きてるんだ?二尾の人柱力を討伐した後、飛段と角都は死ぬか死ぬに等しいことになってる筈じゃなかったか?確かそうだったような気がする。早い段階であのふたりは前線から消えていなかった?
勘違いか?いや、違う。確か火の国の寺のお坊さんを襲ってアスマを弑して、イノシカチョウとかカカシに引導を下されてた。シカマルが煙草を吸ってたのが印象的でよく覚えてる。あと角都がガンダムでヒジキだった。
流れが変わってきている。
ここは私の知る元の公式の世界ではなく、並行世界になってしまっているんじゃないか?
内側に沈み込んで探るように考えごとしていたら、不意に水面に小石が落ちるイメージが浮かんだ。
どんなに小さな石でも、水面に水紋を描く。
私がここに現れたことで何かが変わったのだとすれば。
すれば…ったって、仕方ないな。何もかもに収集はつけられないだろうし、つける必要も多分ない。
あると思い込むのは思い上がりだ。
元からここで生きてきた人たちの道行きが変わったとしても、それはその人たち自身が新しく枝分かれした道を、改めてその人らしく選び直して行くだけのこと。その選択に責任を感じるのは勘違い、思い上がり、不遜だ。
大体他人の命運を須らく気にかけ修正するなんて壮大な真似は出来ない。私は私で最良と思えることを出来る限り最善を尽くして生きるしかない。
「出歩くなって言ったでしょう」
物思いしながら歩く斜め後ろから、不意に野太い声が聞こえた。
あーあー、来た来た。
眉根が寄る。もう、何処に行ってもすぐ見つかる。何なんだ、これ。未だに慣れない、この瞬身とかいうヤツ。何なんだ、この物理法則を無視した力業。いきなり現れるんじゃないよ。おかしいだろ。
「出歩くのも仕事の内と言いましたよ」
口の中が痛むし血腥くて話し辛い。散々だ。
「仕事?仕事って言っていいのかしらねえ。それにしちゃいっそも稼げてないわよね}
皮肉げに言われて、思わず笑ってしまう。
「稼いで欲しいんですか?そんなに困ってるようには見受けられませんが」
好き勝手出来る潤沢な資金が何故かある。真っ当じゃない方法で資金を回してるんだか奪ってるんだか、何れこの人が金策について頭を悩ませているところは見たことがない。
「まあねえ。困ってるとは言わないわ」
斜め後ろの声が殊更のんびり答える。マッドサイエンティストにはパトロンが付き物ってヤツかな。まあ、私は知らない方がいいことだろう。
「どこからお金が湧き出てるんだか、ねえ」
嗽したいと思いながら適当に答えれば、笑い含みの声が返ってくる。
「知りたい?」
「いいえ。取り立てて」
「ふん?賢いわね。関わりないことには首を突っ込まないに限るわ」
「全くです」
「もっと関わりあいたい?」
「誰がそんなこと言った?」
「でもねえ。あなた、役には立たないものねえ」
「ねえ。そうなんですよ。」
「面白いだけ」
「私を面白がってくれるのはあなたくらいなものですよ」
「他には理解出来ないでしょうからね、あなたの面白さは」
「……」
溜め息が出る。
「大蛇丸さん」
「何よ」
「歯が折れました」
「あ?」
「労災はおりますか?」
「何にもおりないわよ。アンタ何やってんの?転んだ?」
「…いくら私だって転んだ際には顔を庇いますよ…」
「なら何だって歯なんか折った?」
「何で転んだ以外の選択肢がない?」
「…ぶつけた?」
「…何によ?」
「岩?」
「惜しい」
「ああ。口開けて歩いてて岩雨にやられたのね?」
「そりゃびっくりするくらい馬鹿な絵面ですねえ」
そうは言ったもののそれに近い。背後にあった気配が横に並んだ。
「あら。派手にやったじゃない」
うっそりと顔を覗き込む蛇の目を見返して、口元を拭う。乾き始めた血が口の周りでカサついて不快だ。
蛇の目が薄く笑って形を歪めた。
「治して欲しい?」
「治せるんですか?」
「一緒に来たらね。まだここにいる気?そろそろここは胡乱よ」
「胡乱?何故?」
敢えて聞く。
「四尾を狩りに来るわよ。暁が」
「……」
そうだ。多分、干柿さんが来る。
いや…。もしかして飛段さんが来たのか?四尾の老紫さんの討伐に。…そんな感じはしなかったけど、いつもあんな感じなのかも知れないしな。