ホントにいたなあ。飛段という人。てことは角都という人もいるんだろうなあ。改めて目の前に現れるとびっくりするもんだ。
初めてここに来た時のことを思い出す。初めて干柿鬼鮫に会ったときのことを。
鉛を飲み込んだような気持になった。
無邪気に推しに抱き着いた自分。帰れない自分。変わってしまった身体。大切な祖父母の家。馬刺。
干柿鬼鮫。
二年前、鬼鮫と離れたあのとき、私は大蛇丸について行くことを選んだ。暁に行き、恐らくは拘束されるか下手をすれば弑される状況で何が出来るか、大蛇丸と行き、少なくとも何が起きているかを少しでも知るか。
私は知ることを選んだ。知って生きることを選んだ。
「アンタ暁と会いたくないんでしょ」
大蛇丸が見透かしたように言う。
「…暁に会いたくないというか…」
暁に会いたくないというのは正確ではない。私は暁を知らないし、暁もまた私を知らないのだから。
ただ一人を除いては。
「鬼鮫に会いたくない?」
聞き直されて黙り込む。
会いたくない…というか、会わす顔がない。
未だ鬼鮫に説明出来ることは何もない。自分の身の上も何故鬼鮫に抱き着いてあまつさえ好意を告げたりしてしまったことも、説明出来ない。すれば鬼鮫の死に辿り着く。あなたを一方的に知っていますよと、あなたの死に様を、あなたの最期の思いを、あなたの葛藤を、知っていますよと、匂わせたくもない。
それを隠し通したまま無為に状況に押し流されてしまえば私は自分の生きることを、鬼鮫に生きて欲しいという気持ちを、押し通すことが出来なくなる。
未だ無闇に愛おしい干柿鬼鮫は私にとってどうしても特別な存在だ。不器用で誠実、胡乱で皮肉、整合性を重んじるのに非整合な人。ほんのいっとき傍にいただけなのに、忘れられないあの気配、優しさ、存在感。
「早く土を出ることね。二年経って霜のほとぼりは暁の方じゃ晴れてるかも知れないけど、鬼鮫はどうだかわからないし?何せアンタを逃がしたことは鬼鮫にとったらやらかしですものね」
大蛇丸がまるで他人事の様子で飄々と言い募る。
「執念深い男だから忘れちゃいないでしょうよ」
恨まれているかも知れない…というより、恨まれているんだろうなあ…。
今思えば鬼鮫がかなり譲歩して気を遣ってくれていたのがわかる。色々理不尽ではあったが、鬼鮫は鬼鮫なりにあのとき出来る範囲で気を遣って尊重してくれていた。胸が痛む。
「あちこち出歩いて目立つのは自分の首を絞めるわよ。見つかりたくはないんでしょう?現場で何を支援したってマッチポンプよ。何処の国も土壌や気候の問題を抱えてるんだし?今のやり方じゃ腰を据えて長期的に関わることでしか農業難は解決出来ないでしょうよ」
「土地に合った植物を持ち込み合うことで植生を変えていければ…」
「まどろっこしいことを言ってんじゃないわよ。植物の性質に干渉するやり方を試してみなさいって何度も言ってるじゃない。帰ってそっちの研究を進めなさいよ。それなら私も手を貸さないでもない」
「…それは倫理的にちょっと…」
「何の倫理よ」
「文化的にも社会的にも色々問題があるというか…。安全性も保障出来ないし…宗教観も干渉してきますし」
「何が宗教観よ。無宗教のくせに」
「これでも曹洞宗の寺子ですが」
「アンタんとこの宗教は枝分かれし過ぎてて有難味がないわよね」
「…ジャシン教がないだけ有難いと思いますが?」
「似たようなモンがあるって言ってたじゃない」
「まあ…まあそうですけれども、あそこまで極端な宗教はありません」
「それって平和ボケしてるだけなんじゃない?状況が変わればジャシンどころじゃなくなるような狂った宗教が幾らでもあるでしょ?そう思えるけど?」
「…まあ…そうですね…」
「やってみなけりゃ結果が出ないことにいちいち言い訳をつけて何もしないよりはやってみてから後のことを片付けた方が合理的よ。何もしないでぐだぐだリスクばっかり先回りして考えるのは時間の無駄だわ」
「わあ…。物凄くあなたらしいお言葉…」
「リスクなしで出来ることなんかありゃしないわよ。何かしたいんならリスクは抱き込むことね」
事の正否は兎も角この人が言うと説得力が半端ないな。
「あちこち胡乱になって来たし、暁も活発に動き出してきた。そろそろアンタを好き勝手にさせちゃいられないのよね」
「それで来たんですか」
「まあね。ちょろちょろされてたくないのよ。どうしてもそうしてたいなら、三指の内のどれか一本、よこしなさいよ。アンタが死んだり消えたりしたときの保障に」
「嫌です」
「何でよ」
「何でって聞かれるのにびっくりするわ。そんなこと言われてはいどうぞって人がいますか」
「いなくもない」
「何処に?」
「私の周りに」
「悪のカリスマ…」
「ふ。何言ってんのよ今更」
「…何嬉しそうにしてんです。褒めてませんよ」