「ちょっと一服させて貰っていいですか?」
疲れた。
岩雨の中で煙草を吸うのはあまり気が進まないが、一本だけ吸わせて貰いたい。
自家製の煙草を作れたらいいな。
懐から煙草を取り出しながら考える。
煙草の葉は水はけがよく土地の痩せた場所で栽培するのが良い。高所にあり、高低が激しく土地が痩せた雲の国は煙草の栽培に適している。日照時間が長いのも煙草に最適だ。いずれ雲で煙草栽培をしてみたいが、今のところ雲に行く予定はない。一年くらい前に蕎麦とお茶と山椒を抱き合わせて栽培することを発案して以来、雲には行けていない。
強風の中で燐寸を何本か無駄にしたのを見かねて、大蛇丸が指先から小さな火を灯して煙草に火を点けてくれた。礼を言おうとして見上げたら、物凄い感謝待ちの顔が目に入って口を噤む。
…何てお礼の言い甲斐のない顔だ…。
ちょっと頭を下げて煙草を口に咥えたら引っ叩かれた。この世界の住人は気が短すぎる。
ふと大蛇丸が立ち位置を変えた。
「…?」
何だ、どうした?
まさか岩雨の盾になってくれているのか?
いや、違うな。
遠慮なくバチバチ当たってくる岩雨に顔を顰めて、顔を俯ける。
風は逆から吹いてるじゃないか、このヤロウ。むしろこっちを風除けに使ってないか、おい。
咥え煙草で見上げれば、大蛇丸は薄っすら笑っていた。目は合わない。何か他のことを考え、楽しんでいる顔。
「…どうしました?」
訝しんで声をかけたら、胡乱な目が半笑いのままこっちを見下ろしてくる。
「別に?吸い終わった?」
「ぼちぼち…」
「なら行くわよ」
「行くって…」
「音に帰る」
「おひとりでどうぞ」
「うるさい」
吸いさしを持った手を掴まれた。あっと思ったときには肩に担ぎ上げられ、視界がぼやけた。
あ、あ、クソ。瞬身する気でいる…ッ。
咄嗟に身を縮めて大蛇丸の身体に貼りつく。少しでも抵抗を減らす為に。
ぼやけた視界に一瞬、黒い人影が映った。黒くて大きな人影。
長い腕を両の脇に垂らし、こちらを向いて佇んでいる見覚えのある…見覚えしかないシルエット。
心臓がぎゅうっと縮まって、一時息が止まった。
…あれ…?
…あ…。あッ、あッ、ああ…ッ‼
必死で目を眇める。
黒い外套、紅い雲。
青い肌身と背中に背負った大刀。
「干柿さん…」
呟いたのが聞こえたように、人影が足を踏み出した。
思わず手を伸ばしかけて拳を握り締める。何の権利があって手を伸ばそうというのか。
強い風に黒い外套の裾が翻り、乾いた土に混じって血が匂い立ったような気がした。鼻の奥がツンと痛んで視界が滲んだ。
名前をもう一度呼びたくて呼べなくて、手を伸ばしたくて伸ばせなくて、歯を食いしばって大蛇丸の背に顔を伏せた。
「残念だったわね」
大蛇丸の声が伏せた顔からダイレクトに伝わってきた。
「折角会えたのにねえ」
ハッとして顔を上げ、人影に目を戻そうとした刹那、どんと身体に衝撃が走って視界がぶれた。景色がただ流れ去るだけの色彩になって、目を閉じる。胃が口から吐き出そうな不快感。薄い真綿を挟んでラップか何かでぴったり覆われているようなもどかしく苛立たしい肌感覚。
折れた歯が痛む。だから今私は泣いているんだ。
零れた先から乾く涙を湧くに任せたまま、大蛇丸の背に顔を押し付ける。
「アンタの泣き所は鬼鮫なのねえ」
大蛇丸の笑い含みの声がする。
「弱みを晒すなんて、馬鹿な真似をすること」
薄々知っていたくせに今更何を言う。
だけど確かに馬鹿な真似をした。感情的になっても何の意味もないのに。
この世界で初めて会った鬼鮫を雛の刷り込みのように支えにしている自分を引っ叩いてやりたい。それでなくとも負うものが多い人間に僅かでも縋ろうとする自分の情けなさを引き裂いてやりたい。
「…私の弱みは私自身ですよ。干柿さんじゃありません」
力なく言いながらふと思った。
私が望んでいる干柿鬼鮫の幸せとは何だろう。
あの人は何を望み、何を求めている?
帰属意識?生きている意味?やってきたことの正当化?罪悪感や孤独を払拭すること?それとも向き合うこと?
あれ?それすらまともに考えずに私は何をしているんだ。
酸欠のような状態になって欠伸が出かけた。チャクラに覆われながら瞬身で移動させられるといつもこういう状態になる。チャクラの守護があっても高速移動での呼吸が困難なんだろう。
眠気が差して来た。
目が覚めた時、あの黒い人影を夢だと思い込まないでいたいと思いながら目を閉じた。