「……」
遠目に青く茂る、蔦の群れ。四角く区分けされ、整然と手入れされているのがわかる。
…蔦の手入れ?
一時目を細めて考えたが、すぐ得心した。
傘か。
あの蔦の絡み合った下に畑がある。あれは岩雨除けだ。
岩雨に打たれながらちょっと笑う。
成る程。考えましたね。
最早ヤマダが則子であることに疑いはないと思っている。あの三指を使って作物や有用な植生を増やし育てているのだろう。そして場合に依っては有害な植生を駆逐しているのかも知れない。出来るだろう。あの三指を使えば。
しかしそれを接触的にやっているかどうかはわからない。あの下生えの枯れ果てた露天での則子の様子を思い出してそう思う。人でないものすら生温い倫理観を以て見る。抜本的な違いを感じるあの違和感。
今もそのままでいるのだろうか。
整備された区画の周りに人影はない。作業する時間ではないのか、それとも岩雨の激しい間は人の出はないのかも知れない。
四方を見真渡しても他に目立ったものは見当たらない。後は僅かに人の気配を感じさせる程度の小さな町場が少し離れた場所にあるだけ。
中央にいけばもっと栄えているのだろうが、辺境なこんなものだろう。どこの国も大差ない。町場があるだけマシですらある。しかしこの土地柄では点在して家を構えることも困難だろう。岩晒しで家がすぐ傷む。身を寄せ合って暮らした方がまだ互いが風除け岩除けになる。
何がなしの虚しさを感じた。
どの国も貧しいまま忍を使って鎬を削り合う今の形がただただ歪に見える。その歪さの中で身を削って蠢く忍のその存在価値は何なのか。殊私のような、節操のない人殺しは。
矜持はある。しかし信じられるものがない。理念はある。しかし拠り所になる根拠がない。
後悔はない。しかし疑問は残る。
ぐるぐると回り続ける輪の中で考え続けることに飽いてきた。信じるに足ると、少なくともそう信じさせてくれる何かが欲しい。私が私として、選び取り得る何か。
辺りをぐるりと見回す。
手掛かりは人のいるところ…。
思いかけて目を眇める。
そうか?あの人が人のいるところで何をする?岩雨で作業出来ない中、村里にいて他と親しんで過ごすようなタマか、あの人は?
岩山の丈高く聳える荒れ地の方へ目を向ける。
私があの人なら厳しい環境で根付くものを増やし、土壌を安定させることを考える。
であれば、岩雨で身が空いたときにはそういう植生の採取に時間を割く。
人里に背を向けて岩山に向き直る。
四尾は後だ。あれはどこにいるかわかりきっている。焦ることはない。
しかし則子は違う。不確実な足取りはここで見失えば次何処でどう掴めるかわからない。
迷わず荒れ地へ向かったところで馬鹿を見つけた。
「…何やってるんですか、飛段…」
何かのオブジェのように細い枝に絡みつかれて身動きできない状態の飛段が、異様な様相でー寝ている。
「飛段」
「ふわ…?」
今一度声をかけたところで飛段が目を覚ました。
「ぅお、鬼鮫。何やってんだ、おめェ」
「完全にこっちの台詞ですよ。何をやっているんですか、あなたは」
則子に会ったことは一目でわかった。先を越されたということだ。そして、飛段はしてやられたということ。
「この状態でよく寝てられますねえ」
岩雨に吹きつけられながらイガつく小枝に巻き取られ、身動きもならないまま、寝る。
流石飛段だ。
全く理解出来ない。
「ヤマダさんはどこです?」
敢えてヤマダの名で則子のことを尋ねれば、飛段がパチンと完全に覚醒した。
「そォおだよ、ヤマダ!あのクソッ垂れ。気持ち悪ィ目にあわせやがって!」
「…その気持ち悪い状態のままよく寝に入れましたね」
「ちみちみしたこたァ性に合わねんだよ、こちとらよ!」
見れば唯一拘束されていない左手で引き千切ったと思われる小枝の破片が飛段の足元に、申し訳程度に散らばっている。地道に引き千切るのに早々と飽き、こともあろうに寝入った訳だ。
「寝て起きたら解決してるとでも思いましたか」
呆れて言えば、だははと笑い声が返ってきた。
「実際おめェが来たじゃん?結果オーライだよなァ」
何が結果オーライだ、この馬鹿者が。
ますます呆れて腕を組む。
「…何で私があなたを助けると思えるんです?つくづく能天気な人ですねえ」
飛段が口を開く前に畳みかける。
「それで?ヤマダさんはどうしました?会ったんでしょう?」
飛段は口を開きかけて閉ざし、暫し斜め上を見て考え込んだ。
「あれがヤマダで正解なんだよな?」
「…つまり?」
「右の指に指掛けをつけてた」
「親指、人差し指、中指」
「そう、その三本な。俺ェ弓使いかと思ったんだが…」
確かに弓を使う際にそうした指掛けを使う者がいる。
あれも丁度則子が庇う三指と同じ三指を覆う形だ。手袋をするより便利がいい。霜の則子の家の押し入れに仕舞い込んだ羊革の手袋を思い出して納得した。この二年であの指に振り回されながら対処を変え仕様を覚えしながら付き合ってきたのだろう痕跡が伺えて、何故かしら笑えた。
きっと文句を言いながら手を変え品を変え思考錯誤を続けてきたのだろう。その則子を思ったら、笑わずにいられなかった。
そのとき傍にいたかったと、ちらと思う。文句を聞きながら口を挟んで、下らない言い合いをしてみたかった。そのときの則子と言い合うことはもう出来ない。時は進んで戻ることはないのだから。