そう考えて、そういう自分に顔が火を吹くような思いがした。
愚か過ぎる。
下らない。何を考えているのか。
あの口減らずの理屈っぽい女とそうまで話したいのか。
ああ、クソ。そうだ。話したい。
私を先んじて則子と会った飛段に煮えくり返る程度には。
「その三つ掛けの女はどっちにいきました?」
「あっち」
茫洋と顎をしゃくられてこめかみに青筋が走った。が、色々堪える。この何もない場所であれば、方角を示すことも定かでなくなるのは仕様事ない。
「わかりました。あっちですね。では私はこれで」
「待て待て待て待て!こいつを何とかしてから行けよ!」
「自分で地道に何とかしたらいいですよ。暇潰しには最適なんじゃないですか?」
「待て!何か知らねェが悪かった!ー気がしねェでもねェって言っといた方がいいような気がしてきた!」
「だから?」
「ヤマダの話をしてやらァ。だからこいつを何とかしろ」
「はあ」
しつこい飛段の拘束の具合を改めて見る。
利き手を固定されたまま地面についた鎌はみっちりと植生に覆われている。下半身も同様。悪いことにはただ覆うだけでなく、この植生は地に根を張っている。相当に動き辛かろうが、左腕の辺りに植生が這っていないところに甘さを感じる。自力で抜け出す猶予を与えている。
その甘さに則子を感じた。
「このまま植物の餌になったらいいんじゃないですかね、あなたは」
「何これ肉食系の植物?そんなンいんの?」
「朽ちて微生物に分解されれば肥料になります。今が今捕食されずとも何れ吸収される。そういう意味では肉食と言えなくもない」
「朽ちて?バッカ、俺は死なねぇんだよ。死なねぇのに朽ちることあるか?え?」
「さあ、どうなんでしょうね。あなたの不死がどういうものなのか私には興味がない。身体は物でしかないからいずれは朽ちますよ。循環が必要なものを永久運動させるのは不可能だと私は思いますが、まあそこで試してみたらいい。身体が消えても思考は残るかも知れませんし?ああ、結果を報告する必要はありませんよ?興味ありませんから。地道な作業を飽きて投げ出して寝ているうちに何らかの結果は出るでしょう。それを呑気に待っていたらいい」
「すンげェ悪意を感じるんだが?」
「正解ですよ。よくわかりましたね」
「何にそこまで怒ってんだよ?いや、おめェが嫌がんだろってことをわざわざやった俺も悪ィけど。悪ィけどそこまで怒んなくてよくねえか?」
「私が何にどれだけ怒るかをあなたが測る必要ありますかね?」
「…手に負えねえ…」
「…そのザマ、ヤマダさんに後れをとったということですよね?」
「うるせえな。たかだか霜相手のクソ雑魚任務にコケた奴に言われたかねえよ」
口角が上がる。
未だこう突かれるほどには下らない失敗だったことは認める。結果が何も持ち帰れなかったのは確かに失態だ。
だが得たものが何もなかった訳ではない。実際今こうしてあのときの芽が”ヤマダ”という形で枝葉を伸ばしている。それをどう回収するかは私次第だ。
「俺だってやられっ放しってわけじゃねえって言えば、ねえとも言える。うん。ヤマダは歯っ欠けになったしな」
飛段の言葉に眉が上がった。
「歯が欠けた?」
「連れてこうしとして抱えて走ったらヤマダの前歯に岩雨があたっちまったんだよ」
自由に動く左手で自分の前歯を指さして、飛段は痛そうな顔をした。
「ちっとばかり気の毒だったかな。折る気で折ったンなら何てこたねえけど、あらフカコウリョクってヤツだからよ」
拘束された体で不自由そうに肩を竦めて飛段が首を傾げる。
「どうせならぶん殴ってへし折ってやりゃよかった。可哀そうなことしたぜ」
「…可哀そうの基準が狂ってますね」
「可哀そうに基準なんかねェだろォ?こっちが可哀そうだと思や可哀そうだ。ヤマダにゃ気の毒なことをしたぜ。岩雨なんかにやられちまって可哀そうに」
「だから殴りつけてやれば良かったと?」
「意味なく折れちまうよか折ろうと思って折られた方がマシじゃねえか?」
「さあ、どうでしょうね」
「ま、どっち道こんどあったらただじゃおかねえよ、ヤマダは。俺をこんな目に遇わせやがって、ただですむ道理がねえよな?」
「道理をどうこう言う前に今の状況を何とかした方がいいでしょうね。飽きっぽいあなたがその拘束を解けるのか」
「おめェが解けよ」
「人を見てものを言いなさい。つくづく馬鹿な人ですねえ」
「いいじゃねえか。おめェが四尾を狩ってる間に俺がヤマダをぶん殴って捕獲する。時短ってヤツだ、時短ってヤツ」
「……」
飛段の言うことを聞き流しながら視線を巡らせれば、地面に血の染みが点々とある。
「…派手に折れたようですね」
「折れただけじゃなく口に傷もついたんだろ。何せ岩雨だからな」
事も無げに言う飛段に目をくれず、鮫肌の柄を握る。
「痛がってましたか?」
「いやー…どうだったかな。結構平気そうだったけどな。泣きも騒ぎもしなかったし?」
「そうですか」
血の染みを見下ろしながら鮫肌を背から抜く。
「…あの人らしい」
呟いてそのまま飛段の足元の地面を鮫肌で抉った。
「だ…ッ、ば…ッ、ぅぶ…ッ」
足元を抉られた飛段が顔から地面に倒れ伏した。辛うじて左手で受け身をとったようだが、そのまま起き上がることも適わずごろりと転げて口から土を吐き出す。
「何すんだこの…ッ」
喚く飛段を尻目に、血の染みの傍に歩み寄る。
大きな血痕が幾つもあり、それが小さな足跡に踏まれて乱れた跡を残している。
屈み込んで、血痕に触れる。まだ湿って生々しい手が指先に付いた。
そう遠くには行っていない。
立ち上がって辺りを見回す。
先ほど飛段が雑に指し示した方に目を凝らすが人影はない。いや、ところどころにある大岩が遮って定かに見えないだけか。
鮫肌を背に戻し、飛段を見返った。
「根は払いましたよ。後は自分で何とかしなさい」
「中途半端な真似すんな!これじゃ立ち上がれねえじゃねえかよ」
「拘束が解けたら大人しくアジトへ戻ることです。角都が赤の墨汁を買って来いと言っていましたよ」
「赤の墨汁ならデイダラが腐るほど持ってら。わざわざ買いに行くこたねえよ」
何だ、こいつも知っていたのか。イタチさんの団子複利システムの崩壊は早いかも知れない。
「おめェは四尾を狩って来いよ。ヤマダは俺に任せろって」
まだ言うか。
殺されないだけマシと思って貰いたいところだが。