大蛇丸の足が止まった。が、私の足が止まらない。躊躇いなく突っ込んで、大蛇丸の肩から剥ぎ取るように則子を奪い取る。
「ぅぐぇ…ッ」
停止した状態から瞬身に巻き込まれた則子が妙な声を上げた。無意識にしがみ付かれて引き攣った外套の僅かな圧のせいで背筋が痺れる。肩の温もりに目の奥が曇る。二年ぶりのこの頼りない感触。瞠目して息を吐く。気を落ち着かせて足を止めた。肩にのせた則子はぐったりして身動きしない。が、規則正しい呼吸が伝わってくるところをみれば、寝ているだけと思っていい。その温もりを担ぎ直して大蛇丸を振り返る。
四間程離れたところで、大蛇丸が腕組みして面白そうに笑っていた。
「また随分とち狂ったもんね。鬼鮫」
「私のことをあなたにどうこう言われる筋合いはありませんよ」
構えながら答えると、大蛇丸は顎を上げて更に笑った。
「それを連れてってどうしようっての?」
「あなたこそこの人を囲い込んで何をする気でいます?」
「私が何をしようが、それこそあなたに関係ないわねえ」
「話にならないですね。まともに話す気がないようだ」
「そうねえ。アンタと話すことは特にないわ」
大蛇丸が面白そうに言う。
「まあ連れて行きたければ連れて行けばいい。私は取り立ててその女に用はないから。面白くはあるけれど、面白いだけ。今私の役に立つものじゃない」
そんな程度のことで…。
言いかけて止める。
「なら私が連れて行っても問題はないですね」
「私にはね。でもヤマダはどうかしら」
…ヤマダではないんだが。何でヤマダになっているんだ?
「アンタヤマダが何なのかわかってる?」
…いや、ヤマダが何なのか知る由もない。この人はヤマダではなく菅原だ。
「ヤマダがどこから来たか」
「……」
目が眇まる。
大蛇丸は鼻を鳴らして続けた。
「ヤマダがどういう人間なのか」
「……」
「知らないでしょう?」
「そうですね。私はヤマダのことは何ひとつ知りません」
半ば笑いながらの肩の上の則子を抱える手に力を籠める。
「ですがあなたが知らないことを私は知っている。それだけで私がこの人を連れ行く理由は十分にある」
この人は大蛇丸に名前を明かさなかった。私が名前を知ったのも偶然に過ぎないが、それでもいい。私はこの人の名前を、この人が大事にされていたことを知っている。
「面白いだけであるなら二度とこの人に関わらないことですね」
「面白いことってあんまりないのよ」
大蛇丸は肩を竦めて目を細めた。私ではなく、則子を見て口角を上げる。
「退屈しなくてすむのは悪いことじゃない」
「あなたの遊びにこの人を付き合わせる気はありません」
「何の権利があってそんなことが言える?」
「何の権利があるか?そんなものはこれから考えますよ」
「そう。答えが出ればいいけど?」
「あなたが気に掛ける必要はない」
「暁に連れて行く気?」
「それもあなたが気に掛ける必要はない」
「…そう。ならヤマダが目を覚ましたら伝えておいて貰おうかしら」
「伝えませんよ」
「戻って来たきゃ好…」
「伝えません」
「…言うだけ言わせなさいよ。何なのよ、アンタ」
「伝える気もないのに聞いても仕方ないでしょう」
「ふうん?まあいいわ。言わなくてもわかってるでしょうし。アンタはアンタで頭に血が昇ってるみたいだしねえ」
大蛇丸が腕組みを解いて一歩下がった。
「好きにしなさい」
今一度口角を上げて、大蛇丸は消えた。嫌な笑い方だ。見透かしたような、面白がるような。
だが今はそんなことはどうでもいい。肩に担いだ則子を横炊きする。
二年振りに見る顔。
薄く長い睫毛も眉間の皴も変わりない。地味な衣装を好むらしいところも変わりがない。元から色の白い人ではなかったが、この二年でまた日に焼けたようだ。口元に血が凝っている。拭いてやりたいがここではその術がない。
…見つけた。やっと見つけた。
気が昂って息が詰まった。
瞠目して息を吐き出す。何処へ行くかは決めている。長居は出来ないがそこで則子の目覚めを待つ。
目覚めたとき、私を目にした則子は何を言うだろう。驚くことは間違いないだろうが、その先どんな反応をするか。
いずれにせよ二年前知り得なかったことを今なら知ることが出来る。あのときより、則子は”わかっている”。大蛇丸の口振りからしてそれは間違いない。
そしてこの二年何をしていたか、それを知りたい。何をして、何を考えていたか、それを知りたい。
私を忘れていなかったか。
ーそれを聞きたい。