マクロスΔ 空飛ぶニワトリ   作:マルク

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師弟の絆

 

夜の格納庫は静かだった。

 

出撃を終えたVFの冷却音だけが、低く響いている。

 

薄暗い照明の下、メッサー・イーレフェルトは腕を組んだまま無言でモニターを見つめていた。

 

表示されているのは、今日の戦闘データ。

 

その中でも、何度も再生されている機影がある。

 

ミラージュ機だ。

 

「……」

 

編隊維持に微妙な乱れ。

 

判断の遅延。

 

僅かな射線ミス。

 

致命的ではない。

 

だが、メッサーほどのパイロットなら理解できる。

 

調子が戻らない。

 

背後で缶コーヒーのプルタブが開く音がした。

 

「怖い顔してるねぇ」

 

気の抜けた声。

 

振り返らなくても分かる。

 

セス・バルザックだった。

 

メッサーは視線を戻したまま言う。

 

「お前か」

 

「お邪魔だった?」

 

「別に」

 

セスは隣へ歩いてくると、モニターを覗き込む。

 

そして一目見て、小さく息を吐いた。

 

「あー……まぁ、うん」

 

「分かるのか」

 

「そりゃ元教官だからね」

 

軽い調子。

 

だがその目だけは、妙に真剣だった。

 

映像の中でミラージュ機が敵機への追撃を一瞬躊躇う。

 

メッサーが眉を寄せる。

 

「以前なら踏み込めていた」

 

「だろうねぇ」

 

「原因は何だ」

 

セスはすぐには答えなかった。

 

代わりに煙草を取り出す。

 

メッサーが睨む。

 

「ここは禁煙だ」

 

「あ、そうだった」

 

素直に引っ込める。

 

その様子に、メッサーは少しだけ苛立ったように息を吐いた。

 

「で?」

 

「……真面目過ぎるんだよ、あの子」

 

「それは知っている」

 

「いや、メッサー君が思ってるよりずっと」

 

セスはモニターを指差す。

 

「ほらここ」

 

映像停止。

 

ミラージュ機の進路が表示される。

 

「本当なら、ここで機体振って強引に抜けてもいい」

 

「だがリスクがある」

 

「うん。でも、あの子は“正しい飛び方”を選び過ぎる。こだわって、いや縛られているんだ」

 

メッサーは黙る。

 

セスは続けた。

 

「ミラージュってさ、“名家のパイロット”でいようとしているでしょ?」

 

「……」

 

「失敗しちゃいけない。模範でいなきゃいけない。綺麗に飛ばなきゃいけない。常に誰かに見張られているようなぐらい気を張っているんだ」

 

セスは苦笑する。

 

「そりゃ息苦しくもなる」

 

メッサーは腕を組み直した。

 

「よく見ているな。しかし軍人なら当然だ」

 

「まぁね」

 

セスはあっさり肯定する。だが続く言葉は静かだった。

 

「でも、教本通り飛ぶだけならドローン(・・・・)でいいよね」

 

「っ!?」

 

メッサーの視線が鋭くなる。

 

セスは気にせずモニターを見つめた。

 

「空ってさ、人間の“癖”が出るんだよ」

 

「……」

 

「迷いも、性格も、恐怖も」

 

少しだけ笑う。

 

「だから面白い。パイロットの腕の見せ所だよ」

 

メッサーはしばらく黙っていた。

 

やがて低く言う。

 

「お前は、ミラージュを甘やかしている」

 

セスは肩を竦めた。

 

「逆かなぁ」

 

「何?」

 

「俺は、あの子を“ちゃんと失敗させたい”んだよ」

 

格納庫に静寂が落ちる。

 

遠くで整備ドローンが移動する音だけが響く。

 

メッサーはゆっくりセスを見る。

 

「……どういう意味だ」

 

「失敗した事ない人間って、いつか壊れるから」

 

その言葉には妙な重みがあった。

 

メッサーは目を細める。

 

セスは笑っている。

 

いつものように穏やかに。

 

だが今の一瞬だけ、その笑顔の奥に疲労のようなものが見えた。

 

「お前は…何を抱えている」

 

メッサーが低く言う。

 

セスは一瞬だけ目を瞬かせた。それから、いつもの調子で笑う。

 

「やだなぁ、怖い事聞くねぇ」

 

「誤魔化すな」

 

「昔の古傷だよ」

 

「……」

 

「歳取ると色々ガタが来るの」

 

軽い。

 

軽過ぎる。

 

だからこそ、メッサーは確信した。

 

この男は何かを隠している。

 

しかも相当深い。

 

だが同時に理解する。

 

今は踏み込まない方がいい。

 

メッサーは再びモニターへ視線を戻した。

 

「……ミラージュは戻ると思うか」

 

セスは映像の中の彼女を見つめる。

 

ほんの少しだけ、優しい目で。

 

「戻るよ」

 

「根拠は?」

 

「飛ぶの好きだから、あの子」

 

メッサーは黙る。

 

セスは続けた。

 

好き(・・)って感情は、意外としぶとい」

 

その言葉だけは、妙に実感がこもっていた。

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