ラグナの仮設ステージ裏。
ライブ終了直後の控室は、熱気と騒がしさで満ちていた。
「はぁ〜疲れたぁ〜!」
マキナ・中島がソファへダイブする。
「エネルギー消費量、高」
レイナ・プラウラーは床に座ったまま端末を弄っていた。
その横で、フレイア・ヴィオンがジュースを飲みながら唸る。
「今日のお客さん、熱かったんよ〜!」
「お疲れさま」
控室へ入ってきたセスが笑う。
私服姿。
片手には差し入れの紙袋。
その瞬間。
「きた」
レイナが呟く。
「セス君だ〜!」
マキナが勢いよく飛び起きた。
セスは苦笑する。
「元気だなぁ」
「差し入れ!? 差し入れ!?」
「はいはい」
紙袋を開けると、中にはラグナ名物の揚げ菓子。
フレイアの目が輝く。
「わぁぁ!」
「食べ過ぎると夕飯入らないよ」
「うっ」
図星だった。
セスは笑いながら煙草を取り出しかけるが、そうはさせるかとレイナが即座に止める。
「ダメ」
「室内禁煙。それ以上に歌手は喉が命」
「ごめん、癖でつい…」
素直に引っ込める。
マキナがニヤニヤし始めた。
「セス君ってさ〜」
「ん?」
「なんか尻に敷かれるタイプだよねぇ」
「え~そうかなぁ?」
「分かるんよ!」
フレイアまで頷く。
「怒る時あんまり怒鳴らんし、でもちゃんと見とる感じ! 絶対奥さんが怒ってたら優しくしてくれるって分かるんよ」
セスは困ったように笑う。
「歳かなぁ。怒り返すパワーが湧かないなぁ」
「…まだ若いでしょ?」
不意に声が飛ぶ。
控室奥。
美雲・ギンヌメールが鏡越しにこちらを見ていた。
セスは軽く肩を竦める。
「精神年齢は高いつもりなんだけどね」
「嘘」
レイナがばっさりと切り捨てる。
「時々すごい子供っぽい」
「えぇ?」
マキナが吹き出す。
「分かる〜! この前ミラージュちゃんに怒られて拗ねてた!」
「拗ねてないよ」
「“俺だって頑張ってるのになぁ”って言ってた!」
「やめて!?!?」
セスが珍しく本気で焦る。
フレイアがけらけら笑った。
その空気を眺めながら美雲が静かに言う。
「あなた、不思議ね」
セスが目を向ける。
「そう?」
「誰にでも自然に距離を詰めるのに」
「……」
「誰にも踏み込ませない」
空気が少し静かになる。
マキナ達も反応に困った。
セスだけが苦笑する。
「鋭いなぁ、美雲ちゃん」
「否定しないのね」
「まぁね」
軽い返事だ。でも、その目だけ少し遠かった。
フレイアがむっと頬を膨らませる。
「それ、よくないんよ」
「おっと」
「教官、すぐ一人で抱え込むもん!」
「そんな事……」
「ある!」
即答。
レイナまで頷く。
「ある」
「包囲網がすごい」
セスが笑う。
するとマキナが急に身を乗り出した。
「ねぇねぇ!」
「ん?」
「セス君って好きなタイプどんな人!?」
「急だなぁ」
「気になるじゃん!」
フレイアがハッとする。
「ミラージュちゃん系!?」
「えっ」
セスが珍しく固まった。
その反応だけで十分だった。
「うわ分かりやす!!」
「違っ……いや……」
「否定しきれとらん!」
大騒ぎになる控室。セスは額を押さえた。
美雲だけが静かに彼を見る。
そして不意に口を開く。
「あなた」
「ん?」
「
空気が止まった。
セスの笑みが僅かに固まる。
誰も喋れない。
美雲は真っ直ぐ彼を見ていた。
「最初から」
静かな声が楽屋に響く。
セスは数秒黙る。
やがて困ったように笑った。
「……歌姫って怖いなぁ」
だがその返答は否定ではなかった。
◇
夕暮れの格納庫は、昼間よりも少しだけ静かだった。
整備班の姿もまばらで、聞こえるのは機械の駆動音と、時折響く工具の金属音だけ。
灰色のYVF-22VGは、そんな静寂の中にゆっくり佇んでいた。
その機首に描かれているのは、相変わらず妙なノーズアート。
――敬礼する鶏。
「……やっぱり変です」
機体を見上げながら、ミラージュ・ファリーナ・ジーナスが真顔で言った。
機体下で工具箱を漁っていたセスが吹き出す。
「まだ言う? 今更でしょ」
「言います。何故、鶏なんですか」
「可愛いから」
「可愛さで軍用機のノーズアートを決めないでください」
「えぇー」
間延びした返事。
ミラージュは呆れたように溜息を吐いた。
だがその視線は、自然と機首へ戻る。
敬礼する鶏。
どこか間抜けで、力が抜ける絵。
なのに不思議と印象に残る。こんな機体に落とされた敵に同情してしまうほどには。
「……でも」
ミラージュが小さく言う。
「ずっと気になっていました」
「ん?」
「何故、“敬礼”なんですか」
セスの手が止まった。
ほんの僅かに。
それは本当に短い沈黙だった。だがミラージュは見逃さない。
セスは工具箱を閉じると、機体のタイヤへ腰掛ける。
「軍隊だとさ」
穏やかな声。
「敬礼って、色んな意味あるんだよ」
「上下関係だけでは?」
「もちろんそれもある。でも、出撃前とか……あと別れ際にもする」
ミラージュは黙って聞いていた。
セスは機首を見上げる。
夕焼けの光が、灰色の機体を赤く染めていた。
「敬礼って、“無事を祈る”時にも使うし」
少し笑う。
「“さよなら”にも使う」
ミラージュの眉がぴくりと動く。
その反応を見て、セスは困ったように笑った。
「そんな顔しないでよ」
「縁起でもありません」
即答だった。
セスは苦笑する。
「まぁ、そうなんだけどさ」
ミラージュは腕を組む。
「最初から別れを前提にしているみたいです」
その言葉に、セスは何も返さなかった。
ただ少しだけ視線を逸らす。
それだけで十分だった。
ミラージュの胸が重くなる。
この人は本当に、ずっと“去る側”の人間として生きてきたのだと分かってしまった。
セスは軽く笑う。
「まぁでも、鶏にしたのは半分冗談だよ」
「半分?」
「鷲とか狼とか、格好良すぎるでしょ。僕には似合わない」
「……」
「その辺にいる鳥くらいが丁度いい」
ミラージュは彼を見る。
柔らかい笑顔。
飄々とした態度。
けれど時折、その奥にどうしようもない諦めが見える。
それが嫌だった。
「私は」
ミラージュが静かに言う。
「このノーズアート、嫌いです」
セスが目を瞬かせる。
「おっと辛辣」
「“さよなら”なんて、簡単に言わないでください」
その声は、思ったよりずっと感情的だった。
セスの笑みが少しだけ止まる。
ミラージュは続ける。
「あなたは、すぐいなくなろうとする」
「……」
「冗談みたいに笑って」
格納庫が静かになる。遠くで作業灯が点滅していた。
セスはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。
「癖なんだよ」
「え?」
「長く居座ると、困らせる気がしてさ」
その言葉はあまりにも自然で、だからこそミラージュは胸が痛くなった。
この人は、自分が誰かの側に居続ける事を最初から許していない。
ミラージュはゆっくり機首へ近付く。
そして、敬礼する鶏を指先で軽く叩いた。
「変えましょう」
セスが笑う。
「えぇ?」
「別の意味に、です」
「例えば?」
ミラージュは少しだけ考え込む。
それから真っ直ぐ彼を見る。
「……“また会う”という意味です」
セスの目が、ほんの少しだけ見開かれた。
夕焼けの光の中、彼は困ったように笑う。
でもその笑みはいつもより少しだけ弱かった。