雲海上空。
灰色の空。
雪混じりの乱気流。
その中を一機の灰色VFが飛んでいた。
YVF-22VG。
低いエンジン音、獣の唸りみたいな振動。
コクピット内でセスは静かに息を吐く。
レーダー反応。
数は六。
高速接近。
識別――空中騎士団所属機。
セスが小さく呟く。
「……多いな」
通信が入る。
『所属不明機。進路変更を要求する』
若い声だ。張り詰めた口調にセスは苦笑する。
「無理そうだなぁ」
次の瞬間、警報と共にミサイルが一斉射される。
22VGが急加速して機体が悲鳴を上げる。
通常機なら回避機動。
だがセスは違う。
機首を下げて急降下。雲へ突っ込む。
敵パイロット達がざわつく。
『馬鹿な!』
『失速するぞ!』
違う。
落ちていない。
“滑っている”。
雲の流れへ沿うように22VGが姿勢を変える。
セスの目が細まる。
風、流れ、乱流。
全部見える。
背後だ。
敵機二機が追随。
若い騎士が声を張り上げる。
『追い込んだ!』
瞬間。
22VGがガウォークに変形し、雲海スレスレを水平滑走する。
敵パイロット達が目を見開く。
『なっ!?』
高度が低過ぎる。
回避不能。
セスは振り返りもせず撃つ。
短射。
狙いは正確に一機の脚部を撃ち抜く。
もう一機のセンサー破壊。
撃墜ではない、行動不能だ。
騎士達に動揺が広がる。
『機体損傷!』
『何だあの機動は!?』
『22系だと……!?』
セスは更に加速する。
だが敵はまだ四機。上下左右を包囲された。
完璧な連携、さすがウィンダミア空中騎士団。
間違いなく精鋭。
普通のパイロットなら終わっているだろう。
通信が飛ぶ。
『貴様……何者だ!』
セスは少し考える。
「臨時教官かな?」
『ふざけるな!』
レーザー交差。
22VGが捻じれるように回避
いや、回避ではない。
“風へ逃がしている”。
敵パイロットの一人が息を呑む。
『あり得ない…』
『機体制御が追いついていないぞ!』
実際、22VGの挙動は限界だった。
けたたましく鳴り響く警報。
負荷警告だ。
だがセスは操縦桿を握る。
優しく、まるで暴れる獣を宥めるみたいに。
「大丈夫」
22VGが唸る。
更に加速し、そのまま敵編隊の隙間へ突っ込む。
普通なら自殺行為。
しかし、“風“が変わる。
セスの瞳が揺れる。
見えた。
空の流れ。
敵機の癖。
推力差。
旋回遅延。
全てが
22VGが滑り込む。
敵同士が回避不能。
『うわぁっ!?』
二機接触寸前。
隊列が崩壊したそこへ灰色の翼が通り過ぎる。
あまりの速さに騎士の一人が震え声を漏らす。
『黒い……嵐……』
背後を取った一機がセスへ照準を合わせる。
完璧必中。
だがセスだけが少し寂しそうに呟いた。
「残念」
22VGが急停止。
空中で有り得ない制動に敵が硬直する。
『止まっ――』
次の瞬間、ガウォーク脚部スラスター全開。
横滑りで射線外し、至近距離でセスの視線と若い騎士の視線が交差する。
その目には恐怖ではなく、理解不能が浮かんでいた。
『貴様……風を……』
セスは答えない。ただ空を見る。
その一瞬だけ彼の結わえた髪の中で何かが淡く輝いた。
騎士達が息を呑む。
『貴様、まさかっ!?』
あり得ない光景に意識を奪われて致命的な隙を晒す。
終わりだ。
そう思った時、通信が割り込む。
低い声による静かな威圧。
『そこまでだ』
騎士達の表情が変わる。
『キース様!』
雲の向こうに浮かぶ白銀の機影。
Sv-262Hs ドラケンIII。
そしてキース・エアロ・ウィンダミア。
彼は22VGを見つめる。
長く、静かに、まるで“同じ空の匂い”を感じ取るように。
セスもまたその機体を見る。
訪れる僅かな沈黙。
やがてキースが呟く。
『……なるほど』
その声には敵を見る冷たさはない。どこか、理解者を見つけた響きがあった。
◇
灰色の空。
雲は低く垂れ込み、戦場全体を鉛色に染めている。
警報と爆炎、交差するミサイル軌道。
その中心を二つの機影が高速で駆け抜けていた。
一機は濃紺色のドラケンIII。
もう一機は灰色のYVF-22VG。
「来る…!」
キース・エアロ・ウィンダミアのドラケンが急加速する。
推力偏向。
鋭角機動。
空そのものを裂くような突進。
対するセスは僅かに目を細めた。
『速いなぁ……!』
YVF-22VGが後退翼を変形させながら回避へ移る。
だが、それをキースは読んでいた。
機首が閃く。ビームが機体を掠めた。
警告音。
左翼装甲が焼ける。
『っ!』
セスが機体を捻る。
普通なら回避不可能。けれどもYVF-22VGは異様な挙動で失速寸前から姿勢を立て直す。
キースの目が鋭くなる。
「……ほう」
機械任せではない“人間の飛び方”。
だから読みにくい。
ドラケンが急上昇。それをYVF-22VGが追う。
二機は雲海を突き抜け、青空へ飛び出した。
その刹那、セスが機体を反転。背面飛行のまま一斉射撃する。
キースはロール回避。光条がドラケンの脇を掠めていく。
「妙な飛び方だ」
通信越しにキースが呟く。
セスは苦笑した。
『褒め言葉として受け取っとくよ』
「貴様」
ドラケンが加速する。
「何故そこまで死を恐れない」
『……』
「いや、違うな」
キースは見抜く。
「貴様は死を受け入れ過ぎている」
セスの笑みが僅かに止まる。
次の瞬間、ドラケンが突っ込む。
空中騎士団随一の機動にYVF-22VGが押される。
警報音。
Gで視界が軋む。
だがセスは笑っていた。
『ははっ……!』
それと同時にYVF-22VGが常識外れの軌道を描いた。
急減速、反転――ドラケンの真下へ潜り込む。
キースの瞳が見開かれる。
「何っ!?」
そのまま始まる至近距離射撃。
ドラケンが強引に回避。
火花が散る。
互いの機体がすれ違う。
ほんの一瞬、キャノピー越しに二人の視線が交差した。
キースは見た。
灰色の機体。
そして機首。
敬礼する鶏。
「……チキン野郎か」
思わず漏れる。
セスが吹き出した。
『なにそれ!?』
「悪くない異名だ」
『いや悪いでしょ!』
だが次の瞬間、キースの表情が変わる。
殺気が弾ける。
ドラケンを急加速させ、真正面から突っ込ませる。
セスの目が細まった。
『やるっ…!』
発射されるはミサイルの嵐、回避不能軌道だ。
YVF-22VGが雲の中へ飛び込む。
爆炎。
視界ゼロ。
警報音だけが鳴り響く。
だがその煙幕の中から灰色の機影が飛び出した。
キースの背後。
「なっ――」
近い。
セスの声が通信に乗る。
『アンタさ』
「……!」
『真面目過ぎるよ』
至近距離射撃をドラケンが強引に回避する。しかし翼端を削られた。
飛び散る火花。
キースは舌打ちした。
「貴様……!」
『もっと肩の力抜いた方が飛べる』
「貴様に言われたくない!」
らしくない怒声。
だがキース自身は理解していた。
この男、どこか壊れている。
死線の潜り方が、あまりにも自然過ぎる。
それなのに。
「……何故笑う」
キースが低く問う。
セスは少し黙り、静かに答える。
『空が好きだからかな』
その返答にキースは一瞬だけ言葉を失う。
純粋だった。
まるで少年みたいに。
だが同時にどうしようもなく危うい。
コクピット内に響く撤退命令にキースは我に返る。
両機が距離を取る。
キースはドラケンを旋回させながら最後にYVF-22VGを見た。
灰色の機体。
敬礼する鶏。
そして――死を背負ったような飛び方。
キースは静かに呟いた。
「……次は、墜とす」
すると通信越しにセスの笑い声が返る。
『お手柔らかに』
ものすごく今更だけどセスの乗るYVFー22VGはヴァリアブルファイター・マスターファイル VF22シュトゥルムフォーゲルⅡのものを採用させてもらいました。