新星インダストリー・次世代可変戦闘機開発局。
その開発ブロック最深部。
巨大スクリーンには無数の空戦データが映し出されていた。
灰色のYVF-22VG。
識別コード:セス・バルザック。
ゼネラルギャラクシー社に潜入させた企業スパイから得た戦闘データだ。
そのあまりの内容に会議室の空気は最悪だった。
「再現率は…」
主任研究員が低く言う。
「4.8%です」
沈黙。誰も口を開けない。
別モニターにはAIシミュレーション結果が赤文字で表記されていた。
《機体損傷率:87%》
《空中分解》
《制御不能》
《パイロット死亡》
失敗。
失敗。
失敗。
延々と並ぶ。
若手開発員が震え声で言った。
「何かのバグでは……」
「違う」
その考察を切って捨てた人物。
白衣姿の主任開発者、レオン・ハーグリーヴスはモニターを睨んでいた。
彼の顔には苛立ち、困惑、そして僅かな恐怖を浮かべている。
「データは本物だ」
映像再生されると同時にYVF-22VGが戦場を滑る。
ミサイル後流へ機体を乗せ、通常なら失速する角度から加速して敵編隊の“隙間”を抜ける。
AIは理解できない。
何故
何故そのルートを選択したのか。
なぜ被弾しないのか。
なぜ墜ちないのか。
理論が存在しない。
解析班が口を開く。
「自己最適化アルゴリズムでは限界です」
「理由は」
「戦況変化への対応が非線形過ぎる」
「具体的に言え」
「……風です」
あまりの返答に室内の誰もが沈黙する。
レオンが睨む。
「は?」
技術者は冷や汗を流しながら続けた。
「このパイロット、敵機だけ見てません」
「……」
「爆発による空気流動、推力干渉、デブリ流、重力偏差まで含めて軌道を組んでます」
若手社員が呻く。
「人間の処理能力じゃないぞ…」
さらに別データが表示される。
セス機視点。
そこには常識外れの挙動が並んでいた。
《推奨回避ルート:無視》
《AI危険判定:最大》
《パイロット選択:突入》
なのに生還。しかも撃墜数まで高い。
レオンが低く呟く。
「馬鹿げてる……」
別の技術者が言う。
「AIへ学習させても破綻します」
「なぜだ」
「“答え”が固定されていないからです」
モニターには、同じ状況で毎回違う回避をするセスの軌道。
普通ならあり得ない。
だが彼は、その瞬間の“空気”で選択を変えている。
つまり、再現不能。
レオンの顔が怒りで歪む。
「……ふざけるなっ!」
彼らはずっと次世代AI戦闘機を追求してきた。
最適化。
効率化。
無人化。
感情を排除した理論戦闘をなによりも優れていると信じてきた。
だが今、目の前にいるのはその真逆だった。
経験。
勘。
感覚。
未練。
恐怖。
執着。
そういう“人間臭さ”の塊みたいな飛び方。
しかも強い。
それが許せない、認める訳にはいかない。
レオンが端末を掴んでセスの飛行を改めて再生する。
YVF-22VGが限界旋回をとる。普通なら墜ちるはずだ。だが機体はまるで“風へ押し戻される”ように生還した。
我慢できず、レオンが端末を床へ叩きつける。
激しい破砕音と共に鉄屑と化す端末。
会議室が凍り付く。
「こんなの兵器じゃない!! ただの怪物だ!!」
理不尽な現実に怒り狂うレオンに誰も反論しない。
いや、できなかった。何故なら自分達の『無人機こそが最強』だという説が崩れ去ったからだ。
同じ技術者としてレオンの感情は痛いほど理解できた。
レオンが荒く息を吐き出す。
「なぜだ……」
唇が震える。
「なぜ人間一人にここまで左右される!」
それは敗北感だった。
AIでは届かない領域。
計算では辿り着けない空。
そこへ、一人の欠陥混じりのパイロットが到達している。
しかもよりによって“旧式化した22系”で。
解析班の一人がぽつりと言った。
「…だからゼネラル社は彼を手放さないんですね」
レオンは答えずにモニターを睨み続ける。
そこには、敬礼する鶏を描いたYVF-22VGが映っていた。
まるでこちらを嘲笑うかのように。