惑星ウロボロスの夜は長い。
乾いた風が砂を巻き上げ、街外れのガレージへ吹き込んでくる。
薄暗い作業灯の下。
灰色の
「……っと」
機体下から滑り出してきた青年――セス・バルザックは、額の汗を拭う。
オイルで汚れた指先。
口には煙草代わりに咥えた棒キャンディー。
本日の整備もあと一息、その時だった。背後から工具箱が勢いよく置かれる。
「セ~ス~ちゃ~ん~」
聞き慣れた女の声にセスが振り返る。
そこには上司にしてブリタイシティのギルド代表メイ・リーロンが立っていた。
釣り上がった目尻に呆れ顔。完全に説教モードだ。
「また無視してるネ?」
「ん?」
「“ん?”じゃないデスヨ」
メイは端末を突き付ける。
そこには未読メール一覧。
送信者:
アラド・メルダース。
ずらりと大量に、しかも未読だ。
セスは露骨に目を逸らした。
「あー……」
「“あー”じゃない!!」
メイの怒声がガレージに響く。
「何通溜めてると思ってるデスカ!?」
「忙しくて」
「嘘ネ」
即答だった。
メイはずかずか床に寝転ぶセスに歩み寄る。
「この前なんか三時間もボーッと空見てたの知ってるカラネ!」
「休憩も大事だから……」
「セスちゃんの場合は現実逃避って言うノデス!!」
セスは苦笑するが、メイの怒りは治まらない。
「アラドさん、めちゃくちゃ心配してタヨ」
「……」
「“生存確認だけでも返せ”って…」
起き上がったセスは黙って煙草を咥え直して火を点ける。煙草の香りと紫煙が2人の間に隔たりを形成した。
その反応だけで、メイは更に苛立った。
「セスちゃん、ほんっと悪い癖ネ」
「何が?」
「何も言わず消えるところ」
その言葉にセスの手が僅かに止まる。
それをメイは見逃さなかった。
「きっと、昔からそうなんでショ?」
「……」
「限界まで一人で抱えて、急にいなくなる」
メイの推察にセスは再び苦笑してみせた。
「買い被りだって」
「誤魔化さない」
有耶無耶を許さないメイの声は鋭かった。
「私ね、セスちゃんみたいなの結構見てきたヨ」
ガレージに風が吹き込む。
作業灯が微かに揺れた。
「優しくて」
「……」
「空気読めて」
「……」
「誰とも揉めないくせに、誰にも助け求めない」
セスは何も返さない。
その沈黙が、肯定みたいだったとメイは深く溜息を吐く。
「で?」
「ん?」
「本当は何が怖いデスカ?」
セスは少し笑う。
「怖い? 僕が?」
「う~ん、連絡返したら戻らなきゃいけなくなるトカ?」
セスは無反応。構わずメイは推論を述べる。
「会うのが怖い人がいるトカ?」
その瞬間。
セスの目が、ほんの少しだけ揺れた。
図星だ。
「分かりやすいネ。相手は別れた彼女デスカ?」
「いやぁ……」
セスは困ったように頭を掻いた。
「そういう訳じゃないんだけどね」
「でも会いたいんでしょ?」
「……はい」
「気になるんでしょ?」
今度は返さない。
その煮え切らない態度にメイは呆れ顔になる。
「ほんっと面倒臭いネ……」
「いやぁ、ご迷惑おかけして申しわけない…」
セスは苦笑するしかない。しばらく沈黙。遠くで夜風が鳴っていた。やがてセスがぽつりと呟く。
「……元気そう?」
その声は、驚くほど弱かった。メイは少しだけ目を細める。
「アラドさん曰く、不調気味。あれじゃいつか落ちる…ダッテ」
「そっか」
「ひょっとして、セスちゃんのせいカ?」
「やめてよ」
笑って返す。
だがその笑顔は少し痛そうだった。メイは端末をセスの胸へ押し付ける。
「ハイ、今すぐ返信」
「え、今? ここで?」
「思い立ったが吉日ヨ! 早くする!!」
「文章考える時間を……」
「『生きてます』だけで良いノ!」
セスは観念したように端末を受け取る。画面を見るとアラドからの大量のメールに改めて悪い事したなと罪悪感で一杯になる。その中には――
“ミラージュがお前を心配してたぞ”
という一文もあった。
セスはそれを見て、小さく目を伏せる。
そんな彼の様子を見兼ねてメイは静かに言った。
「……帰る場所があるうちに帰っとくベキネ」
セスはすぐには答えなかった。
ただ。
愛機の機首に描かれた――敬礼する鶏を、しばらく黙って見上げていた。