新統合軍マクロス・エリシオン。
士官区画の一室。
簡素な机。
壁に掛けられた部隊章。
そして、その空間には場違いなほど張り詰めた沈黙が流れていた。
「……」
机を挟んで座るのは、アラド・メルダース。
その向かいには珍しく背広姿のセスが、居心地悪そうに座っていた。
灰色の長髪は後ろで纏められ、煙草も吸わず、背筋まで伸ばしている。
だが逆に、それが胡散臭い。
アラドは深々と溜息を吐いた。
「お前」
「はい」
「何だその格好」
「面接なので」
「誰が面接官だ」
「アラド隊長?」
「疑問形で返すな」
セスは困ったように笑った。だがアラドは笑わない。
机の上には端末。そこには大量の未返信メール履歴。
ざっと3ヶ月分。
よくも溜め込んだなとアラドは眉間を押さえる。
「生きてるなら返事くらい寄越せ」
「すみません」
「謝るなら最初から無視するな」
「いやぁ、その……」
セスは視線を逸らす。
その反応にアラドは確信する。
こいつ、今から言い訳を始める気だ。
案の定だった。
「実はほら、ウロボロスって通信環境悪くて」
「軍用回線まで死ぬか」
「仕事が忙しく」
「お前フリーだろ」
「機体整備が」
「3ヶ月も?」
「うぐっ」
「どうした? 続けろ」
セスは観念したように合掌して拝む。
アラドは腕を組んだ。
「で、本当は?」
数秒の沈黙。
セスはネクタイを少し緩める。普段着慣れない服なのだろう。妙に窮屈そうだった。
「……隊長さぁ」
「なんだ」
「人の逃げ道塞ぐの上手いですよね」
「年長者だからな」
即答。
セスは吹き出した。だが笑った後、少しだけ静かになる。
「戻ったら」
「……」
「色々向き合わなきゃいけない気がして」
アラドは視線で先を促す。セスは机を見つめたまま続ける。
「ミラージュの事とか」
「……」
「デルタ小隊とか」
「……」
「普通に接してくれるからさ」
その言葉にアラドは小さく目を細める。セスは苦笑した。
「慣れないんですよね、ああいうの」
「お前なぁ……」
アラドは額を押さえる。
「それで逃げる理由になるか」
「ならない」
「分かってるなら帰って来い」
「……はい」
「ミラージュの調子が悪い」
その瞬間、セスの表情が止まった。
ほんの一瞬。だがアラドは見逃さない。
「お前が原因の半分だ」
「半分も?」
「残り半分はハヤテだ」
「それはまぁ……うん、なんとなく解りますけど」
アラドは続けた。
「お前、あの子に何教えた?」
「飛ぶ楽しさです」
「ここでのあいつの飛行を見ても、同じこと言えるか?」
「…それは」
アラドは深く息を吐いた。
「お前の後任は“ちゃんと飛ぶ”事しか教えられなかった奴だ。頼む、もう一度ミラージュを指導してやってくれ」
最初はハヤテに期待していた。軍事教育されていない完全な民間人。なのに飛行センスは光ものを持っている稀有な少年だ。型破りな彼なら良い刺激になると考えたが浅はかだった。逆にミラージュはストレスが溜まり、今にも潰れかけている。
何よりハヤテ自身も通常訓練に座学など手がいっぱいだ。最悪このままでは共倒れになるだろう。
「次の出動で無事に帰って来れる保証はできん。頼れるのは元教官だったお前しかいない。頼む、この通りだ」
静かな声で深々とアラドが頭を下げる。依頼ではなく、ほとんど願いだった。
それに対してセスは少し俯く。
やがて、ぽつりと漏らす。
「……責任重大だなぁ」
「他人事みたいに言うな」
「はは」
笑う。
だがその笑顔は少しだけ、弱い。
アラドはしばらく彼を見ていた。
背広姿。
煙草なし。
取り繕った態度。
まるで“ちゃんとした大人”を演じているみたいだった。
だが中身は昔から変わらない。
傷付く前に距離を取る男。
だがアラドは敢えてキツめに口調で言った。
「考える十分時間はあっただろ。こうして遠路遥々やって来たのは、お前なりに思うところがあると考えられるが?」
「…痛いなぁ。仰るとおりです。彼女の教育を途中で放り投げたのが気がかりで、仕事に集中し切れませんでした」
そう言い終わるとセスは改めて姿勢を正し、アラドと同じく頭を下げた。
「僕からもお願いします。デルタ小隊の皆さんに加勢させてください」
アラドはセスの返事に満足気に笑みを浮かべながら手を握るのだった。