ラグナ基地・シミュレーションブリーフィングルーム。
デルタ小隊の面々が揃う中、
前方スクリーンへ一人の男が映し出されていた。
灰色の長髪の垂れ目。気の抜けた笑顔が目に付く。
そして表示される機体名。
《YVF-22VG》
ざわつく室内。
ハヤテ・インメルマンが眉をひそめた。
「……22?」
チャック・マスタングも口笛を吹く。
「うわ、渋っ」
一方、ミラージュ・ファリーナ・ジーナスだけが固まっていた。
その名を見た瞬間、背筋が伸びる。
知っている。
忘れるわけがない。
アラドが腕を組みながら言った。
「今日からしばらく、外部協力者として来てもらう」
後ろの自動ドアが開く。
足音。
ゆっくり現れた男を見て、ミラージュの呼吸が止まった。
「セス・バルザックと言います。色々分からないところもあってご迷惑をお掛けすると思いますが、仲良くして下さい」
柔らかい笑顔。昔と同じ声。
でも少しだけ疲れた目。
ミラージュは立ち上がる。
「……セス教官」
ハヤテが目を丸くする。
「教官?」
セスは軽く手を振った。
「よろしくねー」
軽い。あまりにも軽い。
チャックが小声で言う。
「なんか普通の兄ちゃんだな…」
「だよねぇ」
マキナも頷く。
その空気をメッサーだけが無言で見ていた。
鋭い視線。
観察する目。
セスも視線に気付くと少しだけ笑みを深くした。
数分後。
模擬戦空域にて、VF-31各機が出撃準備を整えていた。
ハヤテがヘルメットを抱えながら言う。
「で? なんでいきなり模擬戦?」
アラドが答える前にメッサーが口を開く。
「実力確認だ」
短い。
ミラージュが眉を寄せる。
「メッサー隊長…」
「教官だろうが何だろうが、飛べなきゃ意味はない」
セスは困ったように笑う。
「厳しいねぇ。でも、その通りだ。僕の方も力を見させてもらうよ」
「それで」
メッサーが続ける。
「俺が出る」
その発言に空気が少し変わる。
チャックが小声で呟く。
「おいおい」
デルタ小隊最強、メッサー・イーレフェルト。実戦形式で新人へ当てるには重すぎる相手だ。
だが――
セスは嫌そうな顔をしなかった。
むしろ、少し懐かしそうにメッサ―を見る。
「お手柔らかに」
メッサーが目を細める。
「舐めるなよ」
「舐めてないよ」
セスは笑顔で応える。
更に数十分後、模擬戦が開始された。
青空。
ラグナ海上。
そこにYVF-22VGが静かに浮かぶ。
灰色の機体。
紺と白のライン。
そして機首の敬礼する鶏。
ハヤテが通信で吹き出した。
『なんだよあのエンブレム』
『集中しろ』
メッサーが即座に切る。
次の瞬間、VF-31Fが加速した。
一瞬で距離を詰める。
鋭く、無駄がない。完全に撃墜前提の動き。
普通ならここで崩れる。
しかし――
YVF-22VGは、不意に“落ちた”。
『は?』
ハヤテが声を漏らす。
違う。
回避じゃない。
墜落みたいな軌道だ。
機体が揺れる。
滑る。
乱れる。
なのにミサイルも射線も全部外れる。
メッサーの目が僅かに見開いた。
『……何だその飛び方』
セスの声は軽い。
『んー、強いて言うなら“風“かな』
言い終わるや否や、22VGが変形。
ガウォーク形態だ。
海面スレスレを横滑りし、水飛沫が上がる。そのまま急角度旋回。
普通なら失速する。だが機体は滑るように抜ける。
『なっ……!?』
チャックが絶句。
レイナの画面へ大量の警告。
《挙動予測不能》
《機動解析失敗》
ハヤテが呆れ始める。
『何だよあれ!』
ミラージュだけが冷静に見ていた。
知っている。
この飛び方を知っている。
教本でも理論でもない。
空と話すみたいな飛び方。
昔、自分が憧れた空と。
メッサーが再度突っ込む。
今度は近接で攻める。
VF-31Fが食らいつく。だが22VGはまた崩れるように軌道変更。
まるで機体が壊れたみたいな挙動だ。
なのに、気付けばメッサーの背後へ回っている。
鳴り響くロックオン警報。メッサーの目が閉じられる。
数秒の沈黙が流れ、やがて彼は静かに言った。
『……参ったな』
模擬戦終了。
通信が切れる。
格納庫へ戻る途中、ハヤテが興奮気味に叫ぶ。
『何だよあの飛び方! 危なすぎるだろ!』
『まぁね。ある程度実力がつくまでは真似しちゃダメだよ?』
『やらねぇよ!!』
セスは笑う。
その横でメッサーだけが無言だった。
機体から降りた彼にアラドが尋ねる。
「どうだった?」
一拍の間を置いてからメッサーは短く答えた。
「……化け物でした」
その言葉にミラージュだけが少し誇らしそうに目を伏せた。