新統合軍アカデミー、飛行訓練空域。
青空を裂くように二機のVFが交差する。
鋭い旋回。
急減速。
加速。
訓練機同士とは思えないほど激しい機動戦。
「くっ……!」
コックピットの中で、若き日のミラージュはは歯を食いしばっていた。
照準が合わない。
相手が読めない。
講習で教わったとおりに動いているはずなのに全部先回りされる。
『そこ、旋回遅い』
通信越しに、気の抜けた男の声。
ミラージュが苛立つ。
「まだやれます!」
『うん、気合いはあるねぇ』
その瞬間、敵機が急減速。視界から消える。
「なっ――」
背後を取られ、警告音が鳴る。
完全に手玉に取られた。
『はい撃墜』
ミラージュは悔しさで操縦桿を握り締めた。
『戻ろっか』
通信が切れる。
数分後、格納庫にて。
ミラージュはヘルメットを抱えたまま、不機嫌そうに歩いていた。
「なんなんですかあの飛び方……!」
教本通りじゃない。
なのに理不尽に強い。
着陸した灰色のVFの前では、一人の男が整備員と話していた。
細身で灰色の長髪、やや垂れ目。
そして、気怠げな笑み。
「お疲れ、新人ちゃん」
軽い声。
ミラージュは思わず背筋を伸ばした。
「ミラージュ・ファリーナ・ジーナス候補生です!」
男は少し目を丸くする。
「あー、
「……はい」
その瞬間、ミラージュの肩が僅かに固くなる。
まただ。
“ジーナス”の名前。
誰もがそこを見る。
期待。
評価。
比較。
だが男――セスは、それ以上踏み込まなかった。
「へぇ」
それだけ。
拍子抜けするくらい軽い反応だった。
セスは工具を弄りながら言う。
「でも君、飛び方硬いね」
思わずミラージュの眉がぴくりと動く。
「硬い?」
「うん」
セスは機体を見上げる。
「真面目過ぎる」
「軍人として当然です!」
「まぁそうなんだけどさ」
困ったように笑う。
「飛ぶの、楽しくなさそうだった」
その言葉にミラージュは固まる。
思ってもみなかった指摘だった。
セスは続ける。
「ちゃんと飛ぼうとし過ぎなんだよ」
「……」
「失敗しないように、綺麗に飛ぼうとしてた」
ミラージュは反射的に言い返す。
「綺麗に飛ぶ事の何が悪いんですか」
セスは少しだけ黙った。
それから笑う。
「悪くないよ」
訳が分からない。
「でも、空ってもっと自由だから勿体ないよ」
その声音は妙に優しかった。
ミラージュは思わず彼を見る。
セスは煙草を咥えながら自分の機体へ目を向ける。その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
ミラージュはふと気付く。
(この人、飛ぶ事が好きなんだ)
技術でも、任務でもなく。
もっと純粋に。
空そのものを。
「……教官」
「ん?」
「先程の機動ですが」
「うん」
「教本に載っていませんでした」
セスが吹き出す。
「載せたら怒られるからねぇ」
「怒られるような飛び方をしたんですか!?」
「うん、そう」
悪びれない上官にミラージュは頭を抱えた。だがそんな彼女を見て、セスは楽しそうに笑っている。
「まぁでも…。君、才能あるよ」
彼は軽く言った。
ミラージュが目を瞬かせる。
セスは続ける。
「ちゃんと悩める奴は伸びるんだ」
「……」
「今は“上手く飛ぶ”事しか考えてないけど、そのうち変わる」
その言葉は、妙に胸へ残った。
ミラージュはまだ知らない。
この男が、自分の飛び方も、生き方も、全部変えてしまう存在になる事を。