スバル「せっかくなので死んだふりをしてみようと思う」 作:空見大
オットーへのドッキリという名の悪ふざけが幕を閉じ、あっという間に時間は過ぎ去り夜。
ナツキ・スバルは寝静まった王城の一角、人通りの途絶えたテラスの縁に腰を下ろしていた。
手元にあるのはどこからか持ち出してきた強めの酒。
それを安物のグラスに注ぎ、月明かりを透かしながら一人緩やかに喉を鳴らす。
ごくりと飲み込むたびにそれは喉の粘膜を焼き、胃の腑に熱が溜まるような不快な熱さがやってくる。
今の彼にとってその刺激は不思議なほど心地よく、現実を麻痺させるには丁度いい毒だった。
酒を口に含めば、自ずと過去の記憶が少しずつ浮き上がってくる。
血の匂いが染みついた最悪な記憶。
仲間たちと肩を並べて笑い合った輝かしい記憶。
どうしようもなくて絶望した時の記憶。
それら全てが酒の熱に浮かされて混ざり合い、輪郭を失って溶けていく。
今のスバルがこの液体に求めているのは、そんな曖昧な混濁だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
思考を止め、ただ夜の闇に同化するだけの時間を彼は欲していた。
開け放たれた部屋の窓から、廊下の窓へと風が抜けていく。
頼りなく揺れるカーテンを眺めるだけの日々。
次なるドッキリの標的も、まだ決まってはいない。
そもそもメィリィやオットーを標的に選んだのも、張り詰めた日常の中でふと思い付いた突発的な悪戯心に過ぎないのだ。
ならば次は、この深夜の城内で自分に声をかけてくるような、物好きで運の悪い誰かにしようとスバルは決めた。
深夜の静寂に包まれた王城。
廊下を歩く影など、この時間には数えるほどしかいない。
ましてや、スバルという存在に積極的に声をかけるような間柄となれば、それはもはや奇跡に近い確率だろう。
だが運命というやつは、往々にしてそうした奇跡を悪戯なタイミングで引き寄せる。
静まり返った廊下の奥から規則正しい、凛とした足音が聞こえてきた。
スバルが特に意識せずぼんやりとその音の主へと視線を投げれば、向こうもまた暗がりに佇むスバルの姿に気づいて足を止める。
「──誰かと思えば卿だったか、ナツキ・スバル。珍しいな、こんな夜更けに」
緑の髪を夜風に靡かせそこに立つ声の主はクルシュ・カルステンだ。
記憶を取り戻し始めてからの彼女はかつての凛々しさを取り戻しつつも、記憶を失っていた頃の柔らかさをどこかに残している。
その複雑な彼女の在り方が、スバルを見かけるたびに声をかけさせる理由なのかもしれない。
今日も彼女はいつものように自然な動作で声をかけてくれた。
それが同時にスバルにとって今夜最後の目標が定まった瞬間でもあった。
「クルシュさんこそ、なんでこんな時間にここに?」
問いかけに応じる彼女の足音が、コツ、コツと規則正しいリズムを刻みながらこちらへと距離を詰めてくる。
夜の静寂を縫うように歩みを進めるその姿は、月明かりを浴びてひどく幻想的でありながらも、確かな実感を伴ってスバルに近づいていた。
「報告書をまとめて提出しに行ったのだが、話が長引いてな。未だ頭の固いものが多くて困る」
やがてスバルのすぐそばまで辿り着いたクルシュは、呆れたように小さく肩をすくめてみせた。
「クルシュさん凄いから周りが追いつくのに時間が掛かっちゃうんじゃないかな。陰ながら俺も応援しているよ」
「今日はもう世事は聞き飽きたんだ。……隣、構わないか?」
「もちろん、どうぞ」
スバルが場所を空けるように少し身をずらすと、クルシュは迷いのない所作で隣の席へと腰を下ろした。
途端、二人の間に夜風に乗って微かな、しかし誤魔化しきれないアルコールの匂いが漂う。
「あいにくコップが一つしかなくてですね……」
「いや、構わない。だが、少し酒臭いな。だいぶ酔っているだろう?」
咎めるような響きはなかった。しかし、彼女の理知的な瞳はスバルの手元にある安物のグラスと、その中身をそれとなく、けれど正確に観察していた。
指先を揺らすたびに波打つ強い酒。それをスバルがどのような思いで、どれほどの量流し込んでいたのかを探るような、静かで鋭い視線。
「……そうかも?」
ふぅ、と重たい溜息を吐き出し、スバルは残っていた酒をごくりと喉の奥へ流し込むと、逃避するように窓の外の暗闇へと視線を向けた。
その乱暴で危うい手つきを、クルシュが隣で静かに見届けていることなど気にも留めないふりをして。
それから、取り留めのない、どこか温度の低い雑談をいくつかつなぎ合わせる。
「ーーそれにしてもナツキ・スバル。いい加減、敬称も丁寧な言葉使いも無くさないか? 前からずっと言っているが、お互い立場もそう変わらない相手だ。むしろ本来なら、私の方が敬称を使ってもおかしくない立場だぞ」
「俺はクルシュさんを一人の人間として尊敬してるから、自然とこうなるんです~これでも結構、砕けて喋ってるつもりだし」
「フェリスくらいの温度感になれば理想的なのだがな」
「それはフェリスに本気で殺されそうなんで、勘弁してください」
そんな軽口を叩きながら、スバルは懐から一つの小瓶を取り出した。
瓶の中には、白い錠剤がひしめき合っている。
一つや二つではない。十個単位で詰め込まれたその瓶を、スバルは手慣れた様子で開けると、躊躇なく一気に口の中へ流し込んだ。
ごぶ、という喉を鳴らす音と共に、彼はそれを無理やり飲み込む。
明らかに、適切な用量を無視した、破滅的な薬の使い方だった。
「……スバル、あまり感心しないな。良い薬も過ぎれば毒になる。取り過ぎは体に悪いぞ」
「ああ、ごめん」
喉につかえる大量の錠剤を、スバルは残っていた酒で乱暴に胃の腑へと流し込む。
その静かな、けれど鋭い観察の目に射抜かれながらも、スバルは悪びれる様子を見せない。
「どこか悪いのか?」
「いんや、どこも。ビタミン剤みたいなもんだよ、これ」
空になった小瓶をひらひらと振りながら、スバルはおどけたように肩をすくめる。
だが、その声にはいつものような空騒ぎの熱がなく、無理に作った笑顔の裏にはひどく濃い疲労の色が張り付いていた。
「びたみんざい? 何にせよ嘘はやめろ、スバル……風が吹いているぞ」
咎めるようなクルシュの言葉に、スバルはぴたりと小瓶を振る手を止めた。
室内を満たす夜の静寂。スバルはゆっくりと首を巡らせ、ひどく濁った、感情の抜け落ちた瞳を彼女へと向ける。
「それは、どっちが嘘だと?」
「……何?」
残っていた強い酒精を喉の奥へと一気に流し込み、スバルは空になったグラスをコツンと机に置いた。
アルコールの熱が胃の腑で焼けるように広がるのを感じながら、彼はひどく凪いだ瞳をクルシュへと向ける。
「じゃあ、分かりやすく……俺は、身体を壊しているんだ」
微かな風が吹き抜けた。
クルシュの緑の髪が揺れ彼女の端正な顔立ちにわずかな疑念の皺が寄るのを、スバルはひどく冷めた意識の端で見つめていた。
彼女の持つ風見の加護が、今のスバルの言葉に虚偽が含まれていると感知した証拠だった。
「今、俺が飲んだのは薬だ」
またしても、風が吹く。
スバルの言葉が嘘であることを加護が正確に告げている。それはつまり、スバルの身体は壊れてなどいないし、飲んだものも薬ではないという事実の裏返しだ。
冗談にしても悪趣味だと咎めるように、クルシュの表情が目に見えて険しいものへと変貌していく。
「そして、俺が飲んだのは──毒だ」
風が──吹かない。
その一瞬、世界からすべての音が消え去ったかのような、暴力的なまでの静寂が二人の間に横たわった。
窓の外を揺らしていた夜風も、遠くで聞こえていたはずの虫の音も、何もかもが遮断されたような錯覚。
「……な、何を……何を、言っているんだ、スバル」
「俺は、毒を飲んでいる。すぐに死ぬような劇薬じゃないけどさ。……早ければ、今晩中にはお別れだ」
凪いでいた。
一切の動揺も、迷いも、照れ隠しの誤魔化しもそこにはない。ただ透明で、あまりに静かで、ひどく乾いた独白。
風見の加護は今のスバルの言葉に、微塵の揺らぎすら感じ取らなかったのだ。
彼女にとって、目の前の男が淡々と吐き捨てた絶望的な死の宣告は、決して抗うことの許されない『真実』として受理された。
「……どうし……て」
クルシュの顔面から、一瞬にして全ての血の気が引いていくのが分かった。
先ほどまで彼女が纏っていた王選候補者としての威厳も、当主としての余裕も、瞬く間に霧散する。
代わりに彼女の全身を駆け抜けたのは、理解の範疇を超えた絶対的な戦慄だった。
改めてであるが、加護は静まり返っている。風は微塵も吹かない。
それはつまり、目の前に座るナツキ・スバルという男が、本気で、本当にこの場で死ぬつもりであるという揺るぎない証明に他ならなかった。
そのあまりに残酷な事実が、誇り高き戦乙女たる彼女の強靭な理性を、根元から激しく揺さぶり、無残に叩き折っていく。
だが彼女は黙り込まない、折れない、かつて王を目指したものとしての教示が彼女を奮い立たせた。
「待て、スバル! 冗談にしても過ぎる! 今すぐ吐き出せ! 誰か、フェリ──」
「やめてくれ、クルシュさん」
「何故だ! 何故ここで諦める!! この国は、この世界は! まだまだお前が必要だというのに!!」
堪らず席を蹴立てて身を乗り出したクルシュが、スバルの胸倉を力任せに掴み上げる。
至近距離でぶつかり合う視線。彼女の瞳は混乱と恐怖に激しく揺れ動いていたが、対するスバルの瞳の奥には、目の前の彼女を映しながらも、どこか遥か遠くの地平を見つめるような、底知れない暗渠が横たわっていた。
「もう疲れたんだよ、クルシュさん。……ただ、本当にただ、それだけなんだ」
スバルは逃げることなく真っ直ぐに、クルシュの震える瞳を見つめ返す。
そこには加護の判定など、もはや必要なかった。
「疲れた」というその一言だけは、彼がこれまでに積み重ねてきた数多の死と、すり減らしてきた魂の末に辿り着いた、不純物が一切混じっていない純粋な本心だったからだ。
だからこそ、悪戯のつもりで吐いたはずの嘘が、加護の目をすり抜けて真実へと変異してしまった。
「世界は一応平和になった。これからやるべきことは確かに山ほどあるけどさ、俺が居なきゃどうにもならない話ばかりってわけじゃ──」
乾いた、鋭い破裂音が室内に響き渡った。
クルシュの平手が、スバルの頬を容赦なく弾き飛ばしたのだ。
「いきなりだな、クルシュさん」
「貴様は……! 人の心を何だと、何だと思っている……っ! ナツキ・スバル!!」
絶叫に近い、血を吐くようなクルシュの叫び。
スバルの胸倉を掴んだままの彼女の拳が、抑えきれない感情の波に合わせて激しく震えている。
「…………頼むよ、クルシュさん。お願いだから、どうか、俺を休ませてくれ」
その、縋るような、あるいは呪うような弱々しい懇願に、クルシュは言葉を失った。
これほどの男をここまで追い詰めていた目に見えない重圧の正体を思い知らされたかのように、彼女はただ唇を噛み締め、絶望的な面持ちで彼を見つめることしかできなかった。
「.......................................それでいいのか? お前は、それで満足できるのか?」
「分かんねぇけどさ。……それが今の俺にとっての、唯一の正解だとは思うんだ。だから──」
その言葉を最後に、スバルの意識の端を、強烈な眠気が乱暴に侵食し始めた。
これだけの酒精を空きっ腹に流し込み、精神を極限まで削り合うような対話を交わせば、もともと酒に弱いスバルの身体にはとっくに限界が来ていたのだ。
だが、今ここで眠るわけにはいかない。
眠ってしまえば、この最悪に悪趣味なドッキリの種明かしをするタイミングを逸してしまう。
「なぁ、クルシュさん……。頼む、よ……」
ああ、駄目だ。寝ては、いけない。
ここで瞼を閉じてしまったら、取り返しのつかないことに──。
だが抗おうとする意志とは裏腹に、ナツキ・スバルの意識は深い泥の底へと沈んでいった。
◆
(──どれくらい、寝てた?)
ふとした瞬間に、ナツキ・スバルの意識が暗闇の底から浮上する。
うすぼんやりと開いた視界は、未だ深夜の重たい闇に包まれていた。
体感としては、ほんの数分だけまどろんでいたようにも、あるいは永遠のような長い時間が過ぎ去ったようにも思える。
自分が直前まで何をしていたのか。何のために、こんな場所にいたのか。
混濁する思考の中でそれを思い出すのに数秒の時間を要したが、やがて視界の端に揺れる深い緑の髪が映り込んだ瞬間、スバルはすべての記憶を乱暴に繋ぎ合わせた。
どうやら自分は、あの最悪に気まずい空気の中で、限界を迎えて眠りこけてしまったらしい。
そして、恐ろしいことにクルシュは、未だにその場を離れずにそこにいた。
一瞬だけ意識を飛ばしていたと誤魔化すには、今のスバルの頭は嫌になるほど冴えわたっている。
机の上に無防備に投げ出されたスバルの手。その上に、クルシュは自身の両手を重ね合わせるようにして、包み込んでいた。
耳を澄ませば、深夜の静寂を切り裂くような、微かな音が聞こえてくる。
それは衣擦れの音であり、スバルの横たわるソファーのすぐ隣で、誰かが力なく床に膝をつく気配だった。
スバルの冷たくなり始めた手が、ひどく温かく、そして激しく震える両手によって強く、痛いほどに握りしめられている。
「…………ぁ、……っ」
漏れ聞こえてきたのは、悲鳴と呼ぶことすら憚られるような音だった。
ひどく痛々しく、ただ空気が喉から擦れて漏れ出すだけの、純粋な絶望の吐息。
スバルの頬に、ぽたり、ぽたりと熱い雫が落ちた。
(……え、泣いてる? あの、クルシュさんが?)
完全に、想定外だった。
彼女は誰よりも気高く、カルステン公爵家の当主として、そして剣に生きる戦士として、他者に己の弱さを見せることを何よりも忌避する女性だ。
だが、今まさにスバルの手を握りしめている彼女は、ボロボロと、ただ無言で大粒の涙を流し続けていた。
なぜ、彼は誰にも告げずに独りで逝こうとしたのか。
なぜ、自分は彼の絶望に気付けず、引き留めることすらできなかったのか。
加護が彼の死を『真実』だと告げてしまったからこそ、彼女の真面目すぎる思考はスバルの仕掛けた絶望の迷宮に完全に迷い込み、己の無力さを残酷なまでに抉り続けていたのだ。
クルシュは一度も席を立たず、隣室のフェリスに助けを呼ぶことすら諦め、ただスバルの冷たい手を自分の温もりで溶かそうとするかのように。
一心不乱に、嗚咽すら殺して、彼の死にゆく姿を看取ろうと泣き続けていた。
それがどれほど長く、彼女にとって地獄のような時間だったのか、スバルには想像もつかない。
だが、ただ一つだけ確かなことは、これまでの誰への悪戯とも比較にならないほど、取り返しのつかない最悪の大失敗をしてしまったという事実だけだ。
スバルの背筋を、かつてないほどの巨大な罪悪感と恐怖が駆け抜けた。
(……マズい。これ、ネタバラシした瞬間に、本気で首と胴体を物理的にお別れさせられるんじゃねぇか……?)
だが、このまま彼女を終わりのない絶望の底に置き去りにし続けるわけにはいかない。
それは悪戯の域をとうに超え、彼女の高潔な魂に一生消えない呪いのような傷を刻みつけてしまう。
スバルは腹を括り、意を決して、ひどく、ひどく気まずそうに重たい瞼を震わせた。
「…………て、てってれー…………なんちゃって」
静まり返った部屋に響いたのは、蚊の鳴くような、ひどく情けない、弱々しい声。
その瞬間、スバルの手を握りしめていたクルシュの動きが、文字通り一瞬で凍りついた。
ゆっくりと、機械仕掛けの人形のように顔を上げた彼女の瞳は、真っ赤に腫れ上がり、痛々しいほどに潤んでいる。
彼女は数秒間、瞬き一つせずに、生き返ったスバルの顔を凝視していたが──。
「…………貴様ァ」
地獄の底を這いずるような、低い、低い怒りの声が漏れた。
◆
「──卿の行動は、王の騎士として、いや、一人の人間として、断じて容認できるものではない」
そこから始まったのは、オットーの呆れ声やラムの毒舌とは比較にならないほど重く、理路整然とした、氷のように冷たい正論の弾丸だった。
命というものを軽んじることへの怒り。他者の信頼と真心を弄ぶことの罪深さ。
クルシュは頬を濡らした涙の跡を隠そうともせず、しかし当主としての圧倒的な威厳を取り戻した冷徹な口調で、スバルの愚行を一つ一つ、正確無比に断罪していく。
冷たい床の上に正座させられたスバルは、あまりの気まずさと、彼女に与えてしまった苦痛への申し訳なさで、今度は自分の方が完全に涙目になっていた。
「ぐすっ……本当、すいませんでした……。ドッキリついでに、あの加護って気合いで何とかなるのかなって悪戯心が出てきて、ちょっと試してみたくて……」
「試すために死を偽り、私の目の前で……! 私が、どれほどの覚悟で、お前の最期を……っ」
言いかけて、クルシュの語尾がわずかに震えた。
彼女は悔しそうに自身の膝の上で拳を握りしめ、ふい、と顔を背けて黙り込む。
彼女がこの数時間で背負わされた恐怖と絶望の重さを、スバルは今更ながらに骨の髄まで痛感し、深々と畳に頭を擦りつけることしかできない。
「もういい……。最後に一つだけ、教えてくれ」
重苦しい沈黙の果て。クルシュは深い疲労の色を滲ませながらも、再び真っ直ぐに、射抜くような眼光でスバルを見据えた。
「なぜ、あのような悪趣味な真似をした? 加護を試す以外に、何か理由があったのではないか?」
その真っ直ぐな問いに。
スバルは項垂れたまま、ふっと自嘲するような、遠い目をして力なく笑った。
「……ちょっと早めの、生前葬だよ。……本当にごめんなさい、クルシュさん」
その言葉に、果たして嘘の風は吹いていただろうか。
クルシュは一瞬だけ目を見開き、少しだけ疑い深く、そしてひどく哀しげな視線を彼に投げた。
風見の加護が何を告げたのか、彼女は口にしない。ただ、スバルの内にある危うさを正確に感じ取ったことだけは確かだった。
「なぁスバル、やはり私の所に来ないか? ヴィルヘルムもそれを望んでいる。フェリスは……まぁ、私が何とか説得しよう」
「お言葉は本当に嬉しいですけど、さすがに厳しいですよ。……ありがとう、クルシュさん」
「釣れないな。この一件については、私の情けない姿を見られたこともある。他言無用にしておいてやる」
クルシュは小さく息を吐き出すと、決意を込めた強い瞳でスバルを睨みつけた。
「だが、忘れるなナツキ・スバル。私への貸し一つだ。……これをキッチリと返してもらうまで、絶対に私は、お前から目を離さないからな」
その執念すら感じさせるクルシュの重たい宣告に、スバルはもはや、ただ曖昧に笑い返すことしかできないのだった。