荒廃したディストピア世界で元社畜のおっさんはのんびり傭兵生活がしたい   作:EAT

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第1話 契約解除

 耳鳴りがする。

 

 重機が低くエンジンを唸らせるようにごうごうと、やけにこびりついて煩い音。

 意識は……ギリギリまだあった。けれどもう限界だ。

 

「先輩ッ!!」

 

 酷く焦った女の──もう随分と長い付き合いになる部下──声がすぐ側でした。

 

 ふわりとぐちゃぐちゃの身体が持ち上げられる。

 

「逃げ、ろ……」

 

 今にも泣きだしてしまいそうな彼女に、辛うじて言えたのはそれだけ。

 

 作戦は失敗した。

 

 何とか、目の前にいた大きな障害は取り除けたが、それは一時しのぎにしかならない。

 先に逃していた他の部隊は既に壊滅したか、死に物狂いで撤退を完了させていた。残るは殿を務めた自分たちの部隊だけ。死に体のおっさんがいるのみ。

 

 どうせ自分はもう助からない。それを確信していたからこそ、男は部下の腕を払いのけようとしながら命令した。

 

「私は、もうダメだ……、新しい星異物(デブリ)が湧く前、に──みんなと逃げろッ……!」

 

 星の暴力を振りまく怪物──星異物。

 

 ここでもたもたと、助かる確率の極めて少ない命に構っていては奴等に飲み込まれてしまう。ここは、そういう場所だ。

 

「そんなの絶対に嫌です! 先輩を置いて逃げられるわけ──!!」

 

「まったく……」

 

 聞き分けのない部下に、男は諦めたような笑みが零れる。

 

 ようやくここ最近は貫禄が出てきて、心配なく仕事を任せられるようになってきたと思っていたが、

 

 ──泣き虫なのは変わらないな……。

 

 ぐずぐずと涙を零しながらも、女は男の身体を担ごうとしている。

 

 それではやはり間に合わない。道連れだ。

 

「クレハ、もういい。もういいから──」

 

 諭すように彼女の名前を呼ぶが、彼女──クレハは止まらない。

 

 それは他の星異物を殲滅するために散り散りになっていた他の部下たちも同様であった。

 

「なにを弱気になってるんだソウガ! 絶対に生きて帰るぞ!!」

 

 同期の腐れ縁。靡く紺色の髪と爽やかな甘いマスクがいけ好かない相棒が、二丁の拳銃を乱射する。

 

「そうだよ父さん! 絶対に俺たちが助けるから。父さんはなにも心配しないで! 一緒に帰ろう!!」

 

「そうよ! まだ私たち、パパとやりたいことがいっぱいあるんだから!!」

 

 血は繋がっていなくとも、自分を父と慕ってくれる双子の少年少女は大鎌を携えて、舞うように迫り来る星の怪物たちを斬り払っていた。

 

『る、ルートは割り出せました、よ! 絶対にしな、死なせない! だから死ぬなんて言わないでよ、た、隊長っ!!』

 

 インカム越しに酷く音割れした女性オペレーターの声がした。

 

「お前たち……」

 

 誰もかれも、これまでの壮絶で絶望的だった作戦の進行で体力も気力も底を尽き欠けているはずだ。

 

 だというのに、こんな足手まといの為に更なる負担と危険を冒してくれている。

 

 いつの間にか、周囲を取り囲むようにまた新たに湧き出てきた星の怪物たちを前にしても怯むことはない。

 これまでに潜ってきた死線の数が違う。その双眸に宿る光はどれも諦めておらず、爛々と生への渇望を漲らせていた。

 

 ──全く、どいつもこいつも諦めが悪い……。

 

 いったい、どこの誰を見てこんな利かん坊・暴れん坊になってしまったのか。

 

 甚だ疑問であったが、悪い気はしなかった。

 

 寧ろ、こんな無能で、生き残ったところで使い物になるかもわからない自分なんかを、本気で救ってくれようとしている彼らの気持ちが嬉しかった。

 

 ──願わくば、無事に生きて帰ってくれ……。

 

 例え、途中で放り投げても構わないから、大切な仲間たちだけは生き延びてほしかった。

 こんなクソったれな世の中だ。最後くらいは自分の命を優先してほしいと心から思う。

 

 ──……こりゃあ本格的に駄目だな……。

 

 本来ならば、彼は仲間たちの雄姿を最後まで見届けるべきだった。

 

 だが、予想以上に男は今回の作戦で心身ともに損耗し、限界であった。いつの間にか仲間に背負われ、乱雑に身体が揺らされる中であっても、男の瞼は重しを乗せたようにのそりと閉じてしまう。

 

 ──ああ……結局、何も成し遂げられなかったな……。

 

 耳鳴りはまだ止まない。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ──きっとここで死ぬ。

 

 そう思わずにはいられないほど、男──ソウガ・カラナシが負った傷は深く、重篤であった。

 

 左腕は捥げて、右脚は叩き潰された。右眼は抉り取られ、腹の中心には伽藍と空洞が穿たれ、ドクドクと鮮血を垂れ流していた。

 

 我ながら、これでよくまだ生きていられると感心してしまうほどだ。だからソウガは、仲間に自分なんか見捨てて逃げろといった。

 

「……どうにも天国じゃなさそうだ」

 

 間違いなく死んだと思った。次に目が覚めるなんて思いもよらなかった。

 

 そこは消毒液の匂いと脈拍を測る音が木霊する静かな病室。

 

 結果から言えば、彼は一命を取り留めた。しかも、五体満足。前述した負傷の数々は見る影もなく。何もかもが元通りで、傍からすれば奇跡としか思えない恢復を果たした。

 

 星の怪物なんぞが蔓延る現代だ。人類の医療技術はそれなりの発展を遂げて、腕や脚、眼球を治すことなんてわけない。……それ相応の、金は掛かるが。

 

「労災で、落ちるよな……?」

 

 金額が金額だけに不安が過るが、そこは世界トップの大手星伐企業。大丈夫だと信じたい。

 

 それよりも問題は、今後の事であった。

 

「こりゃまたズタボロだな……」

 

 傷一つないごわついた自身の腕の具合を確かめて、ソウガは僅かに眉根を顰めた。

 

 腕や脚、目玉にその他もろもろの傷は確かに治った。

 

 動かすたびに妙な引っ掛かりや違和感は感じないし、表面上は確かに完治だった。

 

 けれど、()()が酷い。全盛期の五割──いや、三割に満たないほど、彼の体内に巡る力とその機構は力を喪失していた。

 

 戻る見込みは──ない。それは先日の作戦で無茶をしたツケでもあった。

 相当な無理をすれば、一時的に今までと同等の性能(パフォーマンス)は発揮できるかもしれない。けれど、その後にどうなってしまうかは未知数。

 

 最善は死亡。最悪は周囲に甚大な被害を齎しての自爆。といったところか。

 

「──ふぅ……潮時ってやつなのかもな」

 

 病室の窓から差し込む鈍い陽光を視界の端に捉えて、ぼんやりと呟く。

 

 まだ医師(ドクター)からの問診や、精密検査の結果を聞いたわけではないから、断定するには早いかもしれないが、ソウガはその瞬間に覚悟を決めた。自分の身体の事だ。誰に言われるよりも、理解しているつもりだった。

 

 そもそも、一度は失ったと思っていた命だ。だから、これ以上を求めるのは贅沢だ。

 

 それでも、

 

 ──もう二度と現役(あのとき)のように戦うことは出来ない。

 

 ならば、

 

「仕事、辞めるか」

 

 存外、その結論はあっさりと出てきた。

 

 約十八年ほど、学園を卒業してから今日まで社会に貢献するために、偏にあの星の怪物どもを殲滅するために、働き続けてきた。

 

 その十八年に幕を下ろす。世界がいつ滅亡してもおかしくない時代である。ソウガはいつかこんな時が必ず訪れると覚悟していた。

 

「我ながら、よく持った方じゃないか?」

 

 心残りはあるし、悔いだってある。結局、何一つ取り戻せなかった自分に辟易とした気持ちもある。

 

 けれど、そんなのよくある、別に何のドラマ性のないありふれた話であった。

 

 戦いで致命的な後遺症を負った掃討者(スイーパー)が、怪我を理由に最前線を退くことなんて、溢れかえるほどありふれている。

 

 だから、これは特別な決断なんてものじゃあない。戦いの中で死ねなかった奴が、最後は必ず行きつく選択肢に過ぎない。

 

「煙草は──流石に病院だしアウトだよな……」

 

 だから、ソウガは実に呆気なく自らの運命を受け入れることができた。

 

 ……それは彼を雇っていた星伐企業〈ホウデン・インダストリー〉社も同じ考えであった。

 

「カラナシくん。君には本当に長い間、我が極東支部の掃討課を支えてもらった。感謝してもしきれないよ」

 

「そう言ってもらえると幸いです」

 

 医師からの診断は概ね予想通り。もう最前線で戦うことは叶わないものだった。

 

 事実を再確認するかのように診察を受け入れて、呆気なく退院した次の日には出社。

 まだ人気の少ない朝一で、支部長室へと赴いたソウガは、直属の上司に手ずから認めた退職届を手渡した。

 

 それを受けて、妙齢の女性──極東支部長アザミは酷く悲し気に、そしてまだ納得がいかない様子で言葉を続けた。

 

「だからこそ、本当に惜しくて仕方がない。上の決定とはいえ……考えを改めるつもりは──」

 

「上の考えに疑問はありませんし、ここから何を言ったところで無意味でしょう。所詮、私は辺境のしがない平社員です。それは、アザミさんが一番よく知ってるでしょう?」

 

「そう、だね……」

 

 キッパリとしたソウガの返答に、アザミはからからと無気力に苦笑を浮かべた。そして、それでも食い下がるようにソウガを見遣った。

 

「それにしたって、仲間に挨拶もなしで直ぐに退職というのはどうなんだい?」

 

「立つ鳥跡を濁さず……ってやつですよ。もう、まともに前線に立てなくなった役立たずが、最後に出張ったところで蛇足でしょう。……それに、あいつらは私がいなくても十分にやっていけますよ」

 

「そうかなぁ?」

 

「そうですよ」

 

 心底、不安げに首を傾げるアザミにソウガは力強く頷いてみせた。

 

 新卒の時からお世話になっている上司は、今のように困ったことがあると、人好きのする微笑を称えながら首を傾げるのが癖だった。

 

 そんな彼女の不安を拭い去るように、ソウガはいつも根拠のない肯定の言葉を紡いでは、更に彼女を困惑させていた。

 

 けれど、今回ばかりは違う。その言葉通り、部下たちは実に優秀。自分には勿体ないくらいの精鋭揃いだ。

 

 自分がいなくなっても問題なく、上手くやってくれることだろう。そういうように、育て上げてきた自負がソウガにはあった。

 そんなソウガの思いを知ってか知らずか、アザミは一つ深呼吸をすると尋ねた。

 

「それで、そんな役立たずを自称するキミの、次の展望はもう決まっているのかな?」

 

 長い間、支えて支えられてきた部下の旅立ちである。気にならないと言えば、嘘であった。

 

 そして、ソウガの答えは実にやんわりとしていた。

 

「なんとも言えないですけど……まあ最前線に出張れない身体になったとはいえ、それでもまだこの力の使い道はあると思うんです。だから、のんびりと自分のペースで、無理なく動ける傭兵でも始めてみようかなと」

 

「極東の英雄様が傭兵稼業か……それはいい。何か困ったことがあれば、遠慮なく頼らせてもらおうかな?」

 

「その呼び方は辞めてください……この前みたいな滅茶苦茶な依頼でもなければ、喜んで引き受けますよ」

 

 冗談交じりに笑うアザミにつられて、ソウガも口元を柔らかく緩める。

 

 そこで二人の会話は終わりを告げた。

 別に、今生の別れというわけでもない。先ほどの会話の通り、この業界に居続ける限り、そして死なない限り、またどこかで出会える。

 

 ならば、堅苦しい別れの挨拶などは不要だ。

 

「それじゃあ、アイツらにもよろしく言っといてください」

 

「ああ……うん。まぁ、伝えるだけ伝えてみるよ」

 

「……?」

 

 最後に、煮え切らない返事を返した元上司に後ろ髪を引かれながら、ソウガは約十八年勤めた会社をその日に即日退職した。

 

 このご時世である。使い物にならなくなり、解雇通知を受けた従業員は即刻、荷物を纏めて会社を去るのは特段、不思議なことでもなかった。

 

 企業の上層部──お偉い方さんたちからすれば、死んで退職するのも、戦えなくなって退職するのも、どちらも同義なのである。

 

 だから、退職届を提出し、上長の確認印が押された瞬間にはもう用無しだ。

 

「さて、これで晴れて無職になったわけだが──」

 

 勤め慣れた立派なビルを一瞥して、ソウガは一息吐く。

 

 思いのほか、気分は晴れやかで鬱屈としていない。それは一時とは言え、自由を手に入れたからなのか。

 

 ソウガ自身でさえ、判然としていなかった。

 

 気になる蓄えは……それなりにある。

 何せ、この前までずっと仕事ばかりの生活であった。散財する暇もなかった。

 

 それに、退職するにあたって退職金も貰えた。当分は遊んで暮らせるくらいに余裕はあった。

 けれど、ソウガはその金を当てにして、好き勝手に暮らす気にはならなかった。

 

 当分とは言っても、限度はある。時代も時代だ。金なんていくらあっても足りない。

 ……それこそ、フリーランスの傭兵として活動していくのならば、それなりに準備だって必要である。

 

「まずは、拠点と物件探しだな」

 

 これまでは社宅暮らしであった彼の目下の目標は、生活の地盤を整えること。

 

 やることは意外と山積みだ。

 

「暇よりはいいな」

 

 歩みは軽やかに、淀みなく。

 

 中年に差し掛かっている齢三十六の男は、新たな道を進んでいく。これからどんな出会い、日常が待ち受けているのか。

 

 それを思うと自然と彼の胸は興奮するように跳ねた。

 

 そして、そんな彼に待ち受けていた現実は──

 

「先輩が私のことお嫁さんにしてくれるって言ったもんッ!」

 

「「父さん(パパ)と一緒じゃないなんてありえないッ!」」

 

「仕事辞めてきたから、雇ってくれない?」

 

「ひひっ……わ、私みたいな根暗陰キャが、隊長以外の部隊で馴染めるわけがない……。だだ、だから見捨てないで!?」

 

 何故か、全く変わり映えのしないものになろうとは。その時のソウガには思いもよらないことであった。

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