荒廃したディストピア世界で元社畜のおっさんはのんびり傭兵生活がしたい   作:EAT

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第2話 新生活

 ある日突然、何の前触れもなく七つの流星が宇宙(ソラ)から飛来した。

 

 直径五百メートル~一キロメートルの流星は、世界各地に落下して、未曽有の大災害を引き起こした。

 

 三つは先進国の主要都市へ。残り四つはどれも人の住み付かない樹海であったり、大海原のど真ん中であったりしたが、本当に酷いものであった。

 

 一夜にして多くの人が死んで、都市が滅んだ。それはもう、復興のめどが立たないほどに酷いものだった。

 しかも、それだけでは飽き足らず、飛来した七つの流星は更なる災禍を人類へと持ち込んだ。

 

 その流星はこの世界には存在しない未知のエネルギー物質──星導力(フォトン)を内包しており、これが地球環境に大きな影響を与えた。

 

 まるで、既に完成された絵を無断で塗りつぶすかのように、流星を中心として、その周囲が問答無用で銀の砂と化したのだ。

 加えて流星の落下後、世界各地では未知の生命体──星異物(デブリ)が出現、瞬く間に人類の生存圏は侵害された。

 

 これに流星落下による二次災害も重なり、波濤のように押し寄せる災禍に人類は為す術なく、蹂躙された。

 

 たった三年で人類の生存圏の三割は銀の砂と化し、星異物(デブリ)たちによって奪われた。

 

 更にその数年後には五割を失った。誰もが突如として出現した宇宙からの侵略者に絶望し、滅亡を受け入れようとしていた。

 

 だがそれでも人類は諦めることなく、世界で結束した。

 

 国家という区切りが無くなり、世界保管連盟(WSU)が発足され、跳梁跋扈する星異物の対抗策を見出し、世界規模で侵略者への防衛線が構築され始めた。

 

 民間企業が独自の技術力で以て、兵器の開発や星導力を研究、自己防衛と資源確保の人員として私兵──掃討者(スイーパー)を登用し始めた。

 

 こうして、瞬く間に、そして身近に人々は星異物への対抗手段を得て、必死の抵抗を続けた。

 それでも、宇宙(ソラ)から来た怪物たちの脅威は凄まじかった。

 

 人類の必死の抵抗も虚しく、気が付けば人類の生存圏は三割を下回り、その殆どが星異物たちによって、人類に害を為す銀の砂となった。

 

 今も、七つの流星からは無限に星の怪物たちが産み落とされて増え続け、じりじりと人類を世界の端へと追いやってくる。

 結局、人類はいつ滅んでもおかしくないほど衰退の一途を辿っていた。

 

 そんな荒廃としたディストピアでも、まともに生きていくには金が必要だし、働かなくちゃならない。

 

 ……例え、一度死ぬ目にあって、決して癒えぬ後遺症を負ってしまっても。

 

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「──いいじゃないか」

 

 目当ての物件はすんなりと見つかった。

 

 旧日本首都東京──今は極東生存区域と呼ばれる人類安全地帯のひとつ。

 

 その中でも数々の企業や連盟施設、一般居住区のある中央(セントラル)ではなく。

 

 既に十数年前に放棄され、砂化が進行しつつある、あと余年も居住区として安全性が担保されていない放棄区画(場末)に、そのテナントビル(三階建て)はあった。

 

「3LDKの電気水道ガスも完備。こんな好条件で家賃は破格のなんと三十万WW(コイン)と……」

 

 全くどうしてこんな好物件が今まで手付かずだったのか。その理由は言うまでもない。

 

 更に問題を付け加えるとすれば、建物が老朽化しており、いつ倒壊してもおかしくないほどオンボロなことだが──

 

「まあ、頑丈だろうがオンボロだろうが、壊れるときは全部一緒か」

 

 些細なことである。

 

 何より、即日入居可能、前住居者の家具家電がそのまま残っていることを考えれば文句なしだ。

 

 着の身着のまま──とは言っても大した私物もありはしないが──で入居できてしまう。

 

仲介業者(ブローカー)の話じゃ、前居住者はこじんまりとした掃討者の個人事務所に使ってたって言ってたし──たぶん、死んでそのままなんだろうな」

 

 実によくある話だと思いながら、ソウガはオフィス兼応接室であるリビングにあるソファーへとゆっくり腰を下ろす。

 

 とりあえず拠点──色々と訳ありではあるが──は確保できた。

 

「後でアザミさんに住む場所が決まったことを伝えて……社宅の荷物を送ってもらわなきゃな──」

 

 宙ぶらりんになっていた荷物の手続きに、これから始めていく傭兵稼業の方の準備も、色々と進めていかなければ。

 

 一息付けたと思ったところで、それは仮初の平穏でしかない。

 自営業で働き方は自由に決められるとはいえ、自堕落に過ごすつもりはなかった。

 

「さしあたって……まずは部屋の掃除だな」

 

 なかなかの好物件ではあるが、手入れはそこまでされていないのか、随所に汚れや埃が目立った。

 

 ソウガは一息で身体を持ち上げると、周囲をぐるりと見回す。

 

 そして、一番最初に空気の入れ替えとして、軽く錆びついた窓を開け放った。

 

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 新卒から勤めていた会社を辞めて、数日が経った。

 

 僅かばかりの私物はすぐに新居へと届き、これで完全に前職関係の手続きは終わった。

 ここからが本当の意味で心機一転、新たな人生の再出発だと言えた。

 

「業務に追われず、なんの憂いもなく吸えるヤニがこんなに美味いとは思わなかったな」

 

 早朝、会社勤めの習慣で早起きをしたソウガは、そのまま二度寝と洒落込む気分になれず、ソファーに深く腰掛けながら紫煙を燻らせていた。

 

 ゆらゆらと所在なさげに天井へと溜まっていく煙をぼんやりと仰ぎながら、彼は思考を巡らせる。

 

 ──傭兵稼業と言っても、やることは何でも屋みたいなもんだ。

 

 連盟や大手はもちろん、中小企業ですら採算が取れないからと無視する小口の依頼を請け負って、のんびり金を稼ぐ。

 

 今の彼ではそれすらもかなり危険なことに変わりなかったが、それ以外に金を稼ぐ方法も、やりたいこともなかった。

 

 世界各地に星の怪物どもが蔓延るようになって数十年。人類の生存圏を侵害する星異物(デブリ)の駆逐と駆除は全人類の悲願であり、何としても成し遂げなければいけない至上命題である。

 

 だから連盟も星伐企業も様々な策謀・思惑はありながらも、協力し合って星異物たちを掃討している。

 

 件の星異物を駆除できる存在──掃討者(スイーパー)の数はいくらいても腐ることはない。

 

 手厚い福利厚生や特別支援の恩恵が得られる連盟や、星伐企業所属の掃討者になることは難しくても、野良の……それこそ〈傭兵〉と呼ばれる有象無象になるのは、そう難しいことではないのだ。

 

連盟資格(ライセンス)があれば誰でもいつでも歴とした掃討者……ってな」

 

 身体のどこかに埋め込まれた──ソウガの場合は首──認識チップを軽く撫ぜた。

 

 組織に所属せず、個人的に活動して金銭を得られるし、起業して会社を設立することだってできる。

 

 開業手続き? 青色申告? 社会保険? 年金? そんなの荒廃したディストピア世界では無き事だ。

 

 色々と不自由な世の中ではあるが、だからこそ自由な面だって存在する。

 

 企業に勤めていた時と違って、傭兵というのは自分の足で仕事を見つけてくるのが常であるが、そこら辺に関してはソウガには当てがあった。

 

 長年の企業勤め、今まで築き上げてきた実績(キャリア)は決して無駄ではない。

「ソウガ・カラナシ」と言えば、それなりに業界で名は通っているし、知り合いや顧客だっている。

 

 ならば、その辺りの伝手を使って独立したことを宣伝し、そこから仕事に繋げることは難しくはない……はず。

 

「とりあえず連盟の知り合いと他企業の同期……あと、義妹にも一応連絡しとくか──」

 

 ポチポチと携帯端末で思いついた知り合いにメール文を送り付ける。

 

 ずっと現場仕事ばかりしてきた弊害か、実におっさんらしくメール文をしたためるソウガのタイピングは拙い。

 

 一時間ほどかけて関係各所にメールを送り終えれば、深くため息を吐いてまた新しい煙草に火を点けようとした。

 

「……いかんいかん。煙草も高級品。自重せにゃな」

 

 フィルター部分を口に咥えたところで、グッと理性を働かせる。

 

 耳障りよく言えば「自営業」、最悪の言い方をすれば「無職」である。金はあるが、悠々自適と嗜好品を嗜むのは憚られた。

 

「──返事は……まあ、ないよな」

 

 まだ早朝、いましがた送ったメールに対する返事はない。もしかしたらあの女医ならば、あるいは──と思ったりもしたが、ソウガの考えすぎであった。

 

「……そんじゃ、のんびり実績でも作りに行きますか」

 

 煙草も気軽に吸えず、途端に手持ち無沙汰になったソウガは立ち上がった。

 

 昔取った杵柄があるとはいえ結局、傭兵とは専属と違って不安定なことに違いない。

 ならばやはり、地道に周辺のパトロールをしたり情報収集を行って、自分の足で仕事を見つけてくる必要があった。

 

「装備は……着慣れてるやつのほうがいいよな」

 

 寝室へと赴き、数少ない衣服類が吊るされているクローゼットを見遣る。

 

 そこから一つ、黒のスリーピーススーツを手に取った。

 

 傍から見れば、それはなんの変哲もないスーツであるが、その実、そのスーツは星の技術が用いられた最高硬度を誇る防御装甲に違いなかった。

 

「やっぱ落ち着くな……」

 

 新卒時から、度重なる修繕や改修を行いながら使い込まれ、草臥れたスーツは身体に良く馴染む。

 

 恙なくスーツの着用を終えれば、最後にベルトホルスターに無骨な黒鞘に納められた刀を佩けば準備は完了である。

 ざっと戸締りに不備はないか周囲を見回して、それを終えるとさあ出発だ。

 

 ピンポーン。

 

 そう思った刹那、やけに子気味のよい呼び鈴がリビングに響き渡る。

 

「……誰だ?」

 

 その予想だにしない、違和感を覚える音にソウガは首を傾げた。

 

 この事務所兼自宅であるビルに越して来て数日──正しくは四日ほど──ソウガは自分がここに住んでいると、誰かに教えた覚えはなかった。

 

 ……いや、正確に言えば、社宅の荷物を送ってもらうために、元上司であるアザミには教えたが、それ以外は皆無である。

 

「……アザミさんか?」

 

 もしかして、件の彼女がさっそく、()()()()()()訪ねに来たのかとも思うが、直ぐにそれはないと頭を振る。

 

 大手星伐企業……その支部長ともなれば多忙に多忙を極める。

 それこそ、この前の大規模作戦の後始末で地獄のような忙しさのはずだ。

 

 そんな彼女がここに訪れる可能性は極めて低かった。

 

 ……それでは誰か? 『ピンポーン』と催促するようにもう一度、やけに明るい音が響く。

 

「あーはいはい、いま出ますよ」

 

 それに急かされたわけではないが、ソウガは反射的に動き出した。

 

 果たして、訪問者はいったい誰なのか、

 

「えーっと、どちら様で──」

 

 不用心にもキーチェーンも掛け忘れて、ドアを開ければそこには──

 

「やぁっと見つけましたよ……先輩?」

 

「……は?」

 

 実に見慣れた()部下たちが、ゆらりとまるで幽鬼のように、どんよりとした雰囲気を纏って扉越しに立っていた。

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