荒廃したディストピア世界で元社畜のおっさんはのんびり傭兵生活がしたい   作:EAT

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第3話 押しかけ

「ソウガ・カラナシは本日限りで我が社と契約解除。これにより、彼が請け負っていた部隊──掃討課第七部隊も解体となります」

 

 ホウデン・インダストリー極東支部長──アザミ・ツネナガの唐突な人事通達に、支部長室へと呼び出された男女五人は絶句するしかなかった。

 

 先日の、本社や各支部合同で行われた大規模作戦──【第七流星】旧日本海奪還作戦──が甚大な被害を出して失敗してから、まだそれほど時間は経っていない。

 

 命からがらに生き残った所属の掃討者(スイーパー)たちはこの作戦の事後処理や、休む暇もなく舞い込んでくる新たな業務に日々を忙殺されている。

 

 それはこの場に集まった五人も同様であった。

 

 そんな中で、極東支部長のその通達は、実に現実味のない話であった。

 

「なッ……!?」

 

 少しの間を置いて、誰かの呆然と気の抜けた声がした。

 

 それとも、その声はその場にいる五人、全員の口から紡がれたものかもしれない。

 件の、全くもって理解の及ばない通達をしてくれた張本人(アザミ)は、実に申し訳なさそうにも、困ったようにとも捉えられるように眉根を歪ませた。

 

 男女五人。年齢も幅広く、国籍も様々、実に個性豊かな彼らの中で、一番最初に直属の上司であるアザミに喰いついたのは一人の女性であった。

 

「どういうことですかアザミ支部長っ! 先輩が──ソウガ隊長が契約解除(クビ)って……何かの間違いですよね!? だって先輩はあの時だって最後まで、誰よりも最前線で戦って──」

 

 その言葉が信じられない。何よりも愛する人に対する酷い仕打ちに怒り震える彼女──クレハ・アカギは、その真紅の長髪を激しく振り乱し抗議した。

 

 それに対し、支部長の返答は実に苦しげであった。

 

()()()()で、彼は甚大な能力の弱体化を身体に負いました。星導力(フォトン)は以前の三分の一以下までその量を喪失し、体内の星導機構に至っては六割以上が焼き切れて、回復の目途が立っていない。星痕(ステラ)の出力も半分以下に落ちているとの報告でした。現代の星力技術を持ってしても、彼が負った傷と代償を元に戻すことは出来ない。そして、それを受けて本社上層部が出した結論が──」

 

「契約解除ってことですね」

 

 アザミの言葉を搔っ攫って、結論を言い当てた男──レイジ・ハザマは、一見冷静そうに大きく深呼吸をした。

 

「──ふざけてんすか?」

 

 ……いや、ただ彼は表面上そう取り繕っているだけであって、その内は引き裂かれるような激情が支配していることだろう。

 

 普段は愛想がよく、その大層整った顔立ちは、気が付けば怒りによって染め上げられていた。

 

「あいつは──ソウガは、こんなところで終わっていい奴じゃない。上のアホ共はいったい何をどう考えたうえで、そんなことを言いだしたんです? アザミさんも上の決定に素直に従ったんですか?」

 

「わ、私も! ……私も彼に『残る気はないか?』と聞いたんです。上層部の決定とは言え、これまで長年、この極東支部を支えてくれた英雄をみすみす解雇するほど、私だって薄情じゃないつもりです。けれど……彼は二つ返事で、なんの不満もなく、寧ろ満足した様子で上の契約解除を了承して、その日に極東支部(ここ)を去ってしまって……」

 

 ともすれば、今にも自らの得物を抜き放たんばかりのレイジに、アザミは慌てたように弁明する。

 

 けれど、そんなアザミの言い分など知ったことではなかった。

 

「……どこ? 父さんはどこに行っちゃったの?」

 

「……やだ、置いてかないで一人にしないでずっと一緒にいて──パパ、パパ、パパ、パパ」

 

 この部屋の中で最年少──実に十四歳──の金髪碧眼な双子の兄妹、ジャックとメアリーは無邪気に、しかし虚ろ気に、呻くようにこの場にいない愛する人を探し続けている。

 

「ひぃ……!?」

 

 その両手には彼からもらった思い出の品──懐中時計とクマのお人形──が握りしめられていて、その様子も相まって妙な不気味さを演出していた。

 

 思わず悲鳴を上げるアザミを歯牙にもかけず、レイジは神妙な面持ちで質問する。

 

「あいつは……これからどうするのか、何か言ってましたか?」

 

「え? あ、あぁ……確か、傭兵稼業を始めるって言ってたかしら。『最前線で通用しなくなったとしても、()()()()()()()使()()()()()()』……って言っていたわ。ほんと、彼らしいわよね──」

 

「ッ──! そうか、その手があったか……」

 

どこか嬉しそうにぼやくアザミの言葉に、レイジは更に眉間の皺を深くして、何か考え込む。

 

そして、ここまで一言も言葉を発さず、一心不乱にノートパソコンと睨めっこをしていた黒髪の女性──リン・クォクに尋ねた。

 

「──どうだい、リン?」

 

「あ、あ、はい……隊長の居場所、わ、わかりました……。セ、中央(セントラル)じゃなくて、放棄区画……第九に、い、いますぅ……」

 

 何かに怯えた様子で、大胆にも会社のネットワークをハッキング。

 

 つい三日ほど前にアザミとソウガのチャット履歴を見たリンがそう言うと──

 

「放棄区画っ!? 極東の抹消者(えいゆう)である先輩が放棄区画にいるですって!?」

 

 クレハはその大きな双眸をくわっと見開き、愕然とする。

 

 信じられない、ふざけるな、誰が私の旦那様をそんな僻地へ追いやったのだ。譫言のように唸る彼女をレイジが宥める。

 

「落ち着けクレハ。居場所がわかってよかったじゃないか。それじゃあ、早速行くとしよう」

 

「……行くってどこへ?」

 

 やけにあっさりと怒りを引っ込めたレイジに、アザミは思わず尋ね返す。

 

 その返答は彼女自身も分かりきっていた。それでも尋ねずにはいられず、質問された張本人は実に爽やかに返事をした。

 

「もちろん、我らが隊長殿の処へです。……ああそうだ。これ、渡しておきますね」

 

 続けて、執務机の上に置かれた五つの白封筒。それを見て、今度こそアザミは素っ頓狂な声を上げた。

 

「これは?」

 

「我らホウデン・インダストリー極東支部、掃討課第七部隊全員の退職届です」

 

「…………え?」

 

 その封筒には漏れなく『退職届』と達筆な文字で書かれており、更に混乱を極める。

 

 いったい、これはいつ認められたものなか?

 まさか、話を聞いて、この問答をしている間に?

 

 情報の処理が追い付いていないアザミを他所に、五人を代表してレイジが清々しそうに言葉を続けた。

 

「支部長には恩義もあるし、本当はこんなことしたくなかったんですけど……やっぱりアイツが辞めたことに納得できないというか。今回の一件で、会社に対する疑念がありえないほど深まったので、辞めさせていただきます。きっと、支部長はこの後、僕たちをそれぞれ各部隊に再配置するつもりだったんでしょうけど……すみません。僕たち、あいつの下以外で戦う気がないので──それでは、また」

 

 キッパリとそう言い切り、引き留める猶予も与えられずに、五人は支部長室を後にする。

 

 残されたのは、ようやく脳が、いましがたの情報を処理し始めた支部長……アザミただ一人であり──

 

「あぁ、やっぱりこうなったわ……」

 

 彼女はほとんど予期していた結末を前に、唖然とするほかなかった。

 

 同時に彼女の胃は、これから訪れる様々な後処理を憂いて、ストレスで崩壊寸前であった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「ということだから、僕たちを雇ってくれ相棒(ソウガ)

 

「何してんのお前たち……?」

 

 会社を退職して一週間。久しぶりに再会した元部下たちから、とんでもないカミングアウトをされた。

 

 ソウガは呆れを通り越して、愕然と一言コメントを付け加えるが、そんな彼の物言いに彼女は納得がいかないようだった。

 

「それはこっちのセリフですよ先輩! 無茶をして死にかけるし、無事に恢復して、先輩の事だからすぐに現場に復帰すると思ってたのに、蓋を開けてみたら契約解除(クビ)ってどういうことですか!? し・か・も! 私たちに碌な挨拶もなしに!!」

 

 滑らかで鮮血を想起させる長髪をポニーテルに結ったクレハが、ぷりぷりとその垂れ下がる房を揺らしながら詰め寄ってくる。

 

 そんな彼女に加勢するかのように、新卒からの付き合いである同期のレイジが続けた。

 

「クレハの言う通りだね。合間を縫ってお見舞いに行こうとしたら面会謝絶だし。いきなりキミのクビを知らされた時の、僕たちの気持ちがわかる?」

 

「ぅぐ……いや、まあ確かに挨拶をしなかったのは、今更ながら悪かったと思ってるけど──この業界、別に次の日に同期とか後輩、仲間がいなくなってても不思議じゃないし。今生の別れでもないんだし、いいかなぁって……」

 

 まさか、自分が辞めたから「じゃあ私たちも仕事辞めます」と、その日に会社を退職してくるとは……思いもよらなかった。

 

 てか、なんで辞めてきたの? とソウガは本気で思ってしまっていた。

 

 彼が所属していたホウデン・インダストリーと言えば、今をときめく最大手の星伐企業だ。

 その技術力は世界最高峰で、このご時世に世界各国の生存区域に支部を持っている。

 

 忙しいには忙しいが、年間休日は120日だし、それとは別で夏季と冬季に特別休暇だって付与されるし、福利厚生も至れり尽くせり。しかもそこらの企業と比べて給料だって高い。

 

 ハッキリ言えば、採用された時点で勝ち組。将来安泰なんてもんじゃない。

 

 ──毎年、どれだけの掃討者がこの会社を受けると思ってるんだ……。

 

「仮に僕たちがバラバラになって、他の部隊に配属されたとして上手くやっていけると思う? ……いや、そもそも僕たちはソウガの下でしか戦う気がないんだけど」

 

「そうです! 私は先輩にしか絶対に服従しませんっ!!」

 

「あのねぇ……」

 

 だというのにこの部下たちときたら……。

 

 隊長が怪我を理由に引退したからと言って、後追いで辞めるなんて論外である。

 

「もう絶対にいなくならないでね、父さん」

 

「メアリーたちとずぅっと一緒よ?」

 

 なんともトンデモない同期と後輩に改めて呆れ果てていると、両脇から酷く甘えてくる声がして、ついでにぎゅうっと腕を抱きしめられる。

 

 金髪碧眼の、まるで西洋人形のように容姿が完成された双子の兄妹。

 

 彼らはソウガの住処に辿り着いてから、ずっと彼の腕にコアラのようにしがみ付いていた。

 その様は彼らの言葉通り、絶対に離れてなるものかと力が込められている。

 

「ジャックとメアリーも、もう十四なんだからそろそろ親離れしないと……」

 

「やだ!」

 

「いやよ!」

 

 そんな二人の熱烈な好意を受けて、ソウガは困り果てる。

 

 この双子を拾ってからもう七年。ちょっと育て方を間違えたかもしれないと、ソウガは思っていた。

 

 ──根は優しくて、いい子たちなんだけどなぁ……。

 

 なにぶん、子育てなんてしたことが無かったし、その出自がちょっと特殊すぎるし、教育環境も殺伐とした場所だったので贅沢は言えない。

 

 寧ろ、あの環境でよくここまで心根が優しく、素直に育ってくれたまであった。

 

「はぁ……それで、どうやって私の場所を特定したのかは──聞くまでもないね、リン?」

 

 この突撃訪問が実現した原因に半目を向けて尋ねる。

 

「え、えへ……や、やっちゃった……」

 

 その小さな身長と同じくらい長く、深い漆黒の髪に埋もれるようにして、彼らの頼れるオペレーター──リンはにへらとぎこちない笑みを浮かべた。

 

「やっちゃったじゃないよ。また無断で会社の情報回線から支部長の社用端末とプライベート端末をハッキングしたね? バレたらタダじゃすまないよ……?」

 

「だだ、大丈夫。痕跡を残すポカなんて、しない、から……。だから、安心して、ね?隊長?」

 

 普段はビクビク、おどおど、自信がなくて、ずっと自分の部屋に引き籠っている根暗陰キャだというのに、こういう時ばかりは大胆不敵にしれっと犯罪紛いのことをしでかす。

 

 彼女を敵に回すと面倒なんてものじゃないことを、ソウガは身に染みて理解していた。現にこうして居場所を特定されているのだから。

 

「はぁ……そういうことじゃないんだけどねぇ」

 

 五者五様の、全く普段と変わらない様子の()部下たちを見て、ソウガはもう何度目かもわからない溜息を吐く。

 

 理由はどうあれ、辞めてきてしまったものは仕方がない。今更、「やっぱり辞めるのをやめます」と会社に戻れば……まぁ、何とかなりそうな気はするが、彼らにその気は微塵も感じられない。

 

「……話を戻すけど、ここで雇って欲しいって──それ、本気で言ってる?」

 

「もちろん。僕たちはいつだって本気だよ」

 

 改めて確認するが、やはり彼らの意思は固い。

 

 どこに視線を向けてみても、その双眸は獲物を見逃すまいと眼光を光らせる捕食者(ハンター)そのものだ。

 ソウガは背筋に薄ら寒さを感じながら、頬を引き攣らせる。

 

「──そもそも完全に見切り発車というか、傭兵集団(クラン)を作るつもりなんてなかったんだけど……というか、私に着いてきたからと言って、稼げる保証はないよ?」

 

「そこら辺は大丈夫でしょ。()()()()仕事を依頼したいって層はそれなりにいるし……そういった情報収集とか、依頼斡旋はうちの凄腕サポーター様がすぐに何とかするだろうし──」

 

「え、えへへ……メールだけのやり取り、なら余裕……」

 

 ぎこちなくダブルピースをする藻女の姿はなかなかに煽り性能が高い。

 

 次から次へと退路を塞がれていく事実が、更にソウガをゾッとさせる。

 

 ──ダメだこいつら、本気でまた()の下で働くつもりでいる……。

 

 何が彼らをそこまで突き動かすのか。ソウガには全く想像がつかない。

 

 だが、これ以上問答を続けていけば分が悪いのはどう考えても彼の方であった。

 

 ソウガは押しに弱いし、理詰めに弱いのだ。

 

 考えなしの退職はやはり納得できないが、頼もしくも自分を慕ってついてきてくれる仲間。何より、今の自分のなんとも()()()現状。

 

 それらを加味し、しっかりとモノを考えてみると彼らの存在を拒む理由がない。

 ちょっとした急展開、突飛な理由での押しかけに驚いただけで、ソウガは眼前の五人を、人生で出会ってきた人間の中で一番信頼している。

 

 そう思えるくらいの情や絆は、長い社会人時代で培ってきた。

 

 ならば、もう彼に残された選択肢は一つ──

 

「はぁ……後悔しても知らないからね?」

 

 折れるしかなかった。

 

「先輩と一緒にいて後悔……? ありえないですね」

 

「お前と一緒ならその先が地獄でも喜んで付いて行くよ」

 

「「家族はずっと一緒!」」

 

「え、えへへ……隊長しか勝たん……」

 

 どこか自嘲気味に苦笑を浮かべるソウガを見て、その五人は本当に嬉しそうに破顔した。

 

 こうして、問題の集団が元の鞘に収まるかのように出来上がってしまった。




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